奪われた業績。そしてついにじいじが……

「もう、お兄ちゃんたら! 逃げたって先輩は来世だって追いかけてくるぞって教えたかっただけなのに!」


 夢うつつで前世の妹の呆れた声が聞こえた気がした。




◇◇◇




 その日は朝から冒険者ギルドは騒がしかった。


 昨日、マリオンたちは早めに食事を終えて姉妹と宿泊棟へ戻ってしまったから知らなかったのだが、あの後で地方に魔物討伐に出ていたエドアルド第二王子が王都に帰還していたらしい。


 そして、あのマリオンの告発文が載った新聞を読んで、帰還したての疲労を吹き飛ばす勢いで慌てて事実確認に動いたとのこと。

 そう、マリオンが逃げてきた研究学園に乗り込んで。


「今頃エド君、父親の王様と謁見してる頃じゃない?」

「どうするのかしらね。もう王妃のせいだろって新聞ではバレバレみたいだけど」


 朝食後、お茶を飲みながらハスミンとガブリエラ姉妹が呑気に今朝の新聞を眺めている。

 マリオンの事件はタイアド王家の久々の『やらかし』で、しばらく紙面を賑わせる話題になりそうだ。


「王宮に行く? 国王に会うぐらいなら私たちの顔も聞くわよ」


 とガブリエラに聞かれたが、マリオンは不要と断った。

 彼女たちはとても有名な魔力使いのファミリーの一員なので名前を出せば様々なところで顔が利く。けれど今は必要なかった。


「本物のエドが動いてるなら勝手にやるでしょ。僕的にはもっと大問題があるんだよ」


 マリオンは今朝、朝一で冒険者ギルドにまだ少ない手持ちの中から簡単な依頼を出していた。

 低ランクの子供が銀貨一枚(約千円)で引き受けてくれて、さっき成果を受け取ったばかりだった。


「それは?」

「魔導具師ギルドのお知らせだよ。会報は月一だけど、お知らせは毎週発行されてるんだ」


 会報が発行される月初前に魔導具師ギルドに登録された新作についてや、ギルドの所属員たちへのお知らせが紙一枚に掲載されている。

 マリオンが依頼したのはまだ入手していなかった最新版だ。


「僕が研究学園にいたとき開発した魔導具の設計図が、偽王子たちに取り上げられてるんだ。最初は学園側に提出してたけど、しばらくすると他人の業績として会報に載ってたから出さなくなった。そうしたら」

「マリオン君から盗むようになった?」

「そう。それもすぐ気づいたから以降の発明品の設計図には細工して、作成してもおかしな仕上がりになるようにしてる。本物の設計図は」


 ここ、とマリオンは自分のピンクブラウンの頭を指先で突っついた。




「マリオンが設計した魔導具の設計図を奪って、成果の横取りをしてたってこと? それが本当なら大問題だわ」


 姉のガブリエラの顔色が僅かに青ざめている。あまり表情の動かない彼女には珍しい。


 今の時代、魔法使いも、下位互換の魔術師も数が減っていて、人々の大半は魔石を原動力とする魔導具に頼りきりだ。

 魔導具師は魔導具の開発やメンテナンス要員なので、どこの国も喉から手が出るほど欲しがっている。


 それに、開発した魔導具には魔導具師ギルドが特許を管理して、開発者の利権を保護している。

 開発された魔導具によっては莫大な利益が発生することもあるので、数多ある利権の中でも魔導具利権はとても厳しく保護されていた。

 ……そのはずだ。


「設計図の横取りが数回あって、でもその後はちゃんと対策を講じたんだ」


 まず、学園側には自分から殊勝な振りをして歪みを混ぜ込んだ設計図を提出する。もっとも、マリオンが持ち歩いているファイルから勝手に偽王子たちが奪っていくこともあったが。


 安全な学園外に出たときに、頭の中にある正しい設計図を作成し、密かに故国の魔導具師ギルド送付するようにしていた。


 本来ならギルドはどこも中立のはずだが、マリオンを招聘したはずの研究学園からしてこの有様。

 この国の魔導具師ギルドもマリオンは信用していなかった。

 そもそもマリオンが開発したはずの魔導具を横取りして自分の成果だと会報等で発表した魔導具師は、ここタイアド王国の王都支部の副ギルドマスターだったので。

 この辺からして怪しさ爆発だった。


 マリオンがここまで経験した流れからすると、王妃と偽王子、タイアド王国の魔導具師ギルドの副ギルドマスター、この辺はすべてグルだ。


 正しい設計図を送る際、故郷の魔導具師ギルドには事情を説明する手紙を同封してある。

 あちらからの手紙も、魔導具師ギルドではなく、国家権力から完全独立した冒険者ギルド経由で送ってもらうよう頼んでいた。




「そこまでやってて、おじいさまのダリオン君によく隠し通せたわね……? これダリオン君に号泣されるんじゃ」

「ピュイッ」(おこだよ、絶対ダリオンめちゃおこだよ!)

「じいちゃんには全部終わってから報告するもん」


 マリオンは唇を尖らせて拗ねた。

 変装用の魔導具眼鏡で今はわからないが、素顔だったら可愛さのあまり抱きしめたくなるような顔のはず。


「ダリオンじいちゃんは力が有りすぎるよ。頼れば何でも解決するけど、それだと僕はいつまでたっても『じいじの可愛い孫ちゃん』のまま。僕も頑張らなきゃいけないんだ」

「そ、そう?」

「そうかしら……」

「ピュイ……」(あ、これダリオン絶対泣くやつ……)


 祖父の心、孫知らず。




 王都全体がマリオンをめぐる王族争いで揺れて、今日はもう冒険者活動に出るどころではなかった。


 マリオンはルミナスをもふりながら、食堂のテーブル席ひとつ占拠して、新しく買ったノートと鉛筆で魔導具のアイデア出し。


 ハスミンはギルドの食堂の端っこで、得意の占いで女の冒険者たちや職員たちと盛り上がっている。


 ガブリエラは調理スキル持ちなので、焼き菓子を焼く合間に厨房の料理人を手伝っていた。

 今日は冒険者たちも酒場を兼ねた食堂で駄弁っている者が多かったので利用客が増えている。


 そしてついに昼過ぎに彼が来た。


「マリオン! マリオン、わしの可愛い孫ちゃん! どこだ!? じいじに顔を見せておくれーっ!!!」


 短く刈り込んだピンクブラウンの髪に鮮やかな水色の瞳。

 よく日焼けした色艶の良い肌、大柄な身体。

 七十代の年寄りだが、老いてなお色気のあるイケジジ。


 そんなマリオンの祖父ダリオン、到着である。



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