きのこのポタージュと野菜キッシュ

 朝、ルミナスのふわふわもふもふの羽毛に包まれて眠っていたマリオンは、漂ってくる美味しそうな匂いで目を覚ました。


 マリオンとルミナスがいるのは冒険者ギルドの宿泊棟、遠縁のお姉さん、ハスミンとガブリエラ姉妹の宿泊室。台所を間借りしている。


「起きたのね、おはよう。ごはんの前に顔を洗ってらっしゃい」

「はあい……」

「ピュイッ」


 マリオンが身を起こすとルミナスが大型から小型化する。


 洗面所から顔を洗って戻ってくると、ちょうど寝室から妹のハスミンが欠伸しながら起きてきた。


 姉のガブリエラが朝食に作ったのはミルクで仕上げたキノコのポタージュと、ブロッコリーやインゲン、ニンジン、ジャガイモなどの入った野菜のキッシュだ。


「マリオン。あなたのおばあさまから、故郷の食材を預かって来たの」

「ん、ミルクとチーズだね。この匂い、久し振りだなあ。……でもこのキッシュに入ってるニンジンって……」

「ピュイッピュ」


 食卓の上では仔犬サイズになったルミナスが嬉しそうに、昨日見たマンドラゴラもどきを齧っている。

 その断面はニンジンと同じ鮮やかなオレンジ色だ。


 何やら「ヒエエエエエ……」とマンドラゴラもどきが呻いている悲鳴が聞こえたが、多分気のせいだろう。


「昨日も言ったけど、今ここタイアド王国では顔の付いた野菜が大量発生しててね。私たちはギルドの依頼でしばらく調査と討伐で滞在するわ」

「本来の目的のあなたと早めに再会できて良かったわー。もっと長期戦を覚悟してたのよう」


 姉妹の話を聞きながらもマリオンは食事に夢中だ。

 久し振りの家庭料理、それも故郷の食材を使ったやつ!


 香味野菜のスープベースのポタージュは胃袋に染みた。もうずっと温かいスープなんて飲んでいなかったから。

 少しだけキノコやタマネギなどの具材を荒く残したタイプのポタージュだ。これはリゾットにしても美味い。


 キッシュは生地から手作りだ。小麦粉はタイアド王国産のようだが、バターはマリオンの実家、ブルー男爵領産のものだ。良質の牧草を食べて育った乳牛から取れる乳製品の数々は王家御用達になるほど美味なのだ。

 しかも熱々の焼きたて。ほんのり塩味の卵のアパレイユの中にナツメグが香る。間違いなく故郷の味だった。


「お昼は生チーズでサンドイッチにしましょう」

「生チーズ!」


 そう、それこそがマリオンの故郷で最初に王家御用達になった逸品だった。

 真っ白で新鮮なスライスした生チーズにオリーブオイルと岩塩をかけ、トマトと食べても、パンに挟んでも、そのままピッツァにして焼いても美味しい。




 一息ついたところで姉のガブリエラが聞いてきた。


「この後、食堂で焼き菓子を焼き終えたら、郊外に調査に出かけるわ。マリオンはどうする?」

「僕も行きたい。滞在費を稼がなきゃ」

「……あなたのおじいさまもおばあさまも、とても心配してたわ。帰国しなくていいの?」


 ポタージュをお代わりして、キッシュは一切れだけ。

 もっと食べたかったが、この9ヶ月の間ずっと粗食で過ごしていたマリオンにはちょっと重かった。

 キッシュはまだ一台の半分残っている。日持ちする料理だからまた食べさせてもらおうと思いながら、マリオンは顔を引き締めた。


「王子のことも気になるけど、未払いの報酬や盗まれたものも結構あって。その辺のこと調べるにもまだここにいないとね」


 もう研究学園からは脱出できたから、あとは身バレを防ぎながら調査していくつもりだった。


「僕、泣き寝入りとかそういうの絶対しないから」

「「それでこそブルー男爵家の男子!」」


 顔は可愛いけど決して甘くはないのだ。



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