side王子 王子様は仕事が早い

『エドアルド王子様は幼い頃に一度会ったきりの私のことなどすっかり忘れてしまわれたようです。

 数年前までは親しく手紙のやりとりもしていたのに……


 あんなに仲が良かったのに、僕のことを“田舎の泥臭い下民が!”と罵りました。僕はもう耐えられそうにありません』



 そして、次に何かされたらもう研究学園を出てしまおうと思っていたら、学期末集会でエドアルド王子から退学追放を言い渡されたという。



『私は本国ではまだ未成年の17歳ですが、タイアド王国の研究学園には魔導具師の特別講師として招かれていたはずです。

 なぜ、講師が学生と勘違いされたのか?


 タイアド王国と私の故郷アケロニア王国の国交が回復して百年。

 一魔導具師に過ぎない私の境遇如きで両国の関係が再び悪化することを、私は望みません。

 タイアド王国には速やかな事態の調査を願っています』



 以降、研究学園での滞在時、誰にどのような態度や仕打ちを受けたかの名前と出来事が列挙されている。


 筆頭はエドアルド第二王子だが、補足に「変装用の姿変え魔導具の装着を視認している。別人である可能性高し」と書かれていた。

 そして元の人物の髪や目の色、顔立ちの特徴なども。


「意味がわからないです。俺は父上のご命令で討伐任務に出てて学園を休学中だったじゃないですか?」

「う、うむ。そのはずだな」

「じゃあ、俺のいない間に研究学園でマリオンを虐げたエドアルド王子って誰なんです!?」


 ここに真・エドアルド王子がいるのだから、研究学園にいた偽王子はいったい誰なのか?




 と散々溜めに溜めて緊張感を作った後で、エドアルド王子はフッと笑うと、自分が謁見室まで引いてきた荷車を蹴り飛ばして中身を床にぶち撒けた。


「!?」


 すると、たくさんの顔のある大型野菜に紛れて、両手両足首を身体の前でまとめて拘束され、猿ぐつわで口を塞がれた学生服の男子生徒三人が転がり落ちてくるではないか。


「さて、ここでご報告が。研究学園で第二王子エドアルドの名を騙って好き勝手していた罪人たちを捕らえております。この三名は王子の取り巻きだったそうで」


 ピューッとダリオンが小さく口笛を吹いた。仕事が早いと感心しているようだ。


「エドアルド。お前の偽物はおらんのか?」

「一歩遅かったようで逃げられてしまいました。でもご安心ください!」


 げしっと男子生徒のひとりの背中に足を乗せて、父親の国王の隣に、にっこり笑いかけた。


「既に自白魔法を用いて黒幕の名前が判明しております。誰の名前を白状したと思いますか? ねえ、王妃殿下?」

「ひっ!?」


 王妃が小さく悲鳴をあげて、目に見えて震え出す。

 誰の目にも真犯人が明らかになった瞬間だった。




「王家の争いなんぞ、どうでもええわい。王子だろうが王妃だろうが、わしの可愛い孫を虐げたことに変わりはないからな」


 ハッと国王と王太子がダリオンを見る。


「わしは結婚が遅かったからの。娘が産まれて、結婚して孫まで生まれると聞いたときは嬉しさに咽び泣いたものよ。だが出産日になっても任務に出ていたわしは産まれた孫になかなか会えなんだ。だがそんな不甲斐ないジジイに、娘夫婦は孫の名付けを託してくれた。そう、マリオンとな」


 あれっ、何か語り始めたぞ? と皆思ったが、口を挟める雰囲気ではない。


「冒険者ギルドのギルドマスターだったわしは、大陸北西部の支部長に就任したばっかりに、なかなか孫ちゃんに会えなかった。初めて歩いたときも、初めて家族を呼んだ瞬間にも立ち会えなかった。マリオンが最初に呼んだのは母であるわしの娘を『まー』。次はばあさん、わしの奥さんを『ばー』。娘の旦那は親戚の姉ちゃんふたりの後の五番目だ、ざまぁみろ!」


「「「………………」」」


 この話、まだ続きます?

 続くようだ。


「わしがマリオンに『じいじ』と呼んでもらえたのは近所の野良猫4匹の後だ……いや、順番などどうでもよい。孫ちゃんに呼んでもらえた、そのことに大金貨の山より尊い価値がある!」

「だ、ダリオン殿、不幸な行き違いでお孫殿を不遇に陥らせたことは謝る! できたら穏便に話し合いで解決できたらと思うのだが!」


 ただの冒険者ギルドの一支部のギルドマスター相手ならば、国王のほうが権力が強い。

 だがこの男、ダリオンは一国の統括支部長を更に超えて、大陸北西部をまとめた広域の統括支部長だ。

 その影響力は世界屈指の大国タイアド王国の国王といえど無視できるものではなかった。




「……新聞によるとマリオンは既に研究学園を出ている。ダリオン殿は行き先をご存知ですか?」

「エドアルド王子様よう。知ってたとして、わしがお前さんに可愛い孫ちゃんのこと教えると思ってる? だとしたら相当、頭の中にお花咲いてんぞ?」


 もう全然、取り付く島もなかった。

 だが反論はできない。エドアルド王子は小さく溜め息をつくと、騎士服の腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜いて、ドンっと謁見室の床、正確には捕らえてきた不届き者たちのすぐ横を突いた。


「!?」


 鞘のままの剣が床にめり込んでいる。

 いや、そんなことより、剣を持つエドアルド王子の全身から、ネオンオレンジの魔力が陽炎のように立ち昇っていた。


「兄上。俺はあなたが素晴らしい次期国王となられることを楽しみにしているのです! そのとき、王弟として側近の一人としてお役に立てることこそ我が喜び。……ですが」


 ギロリ、と兄を見る。

 びくりと震える王太子。

 普段は愛嬌のある顔で朗らかに笑う顔しか見せない異母弟の顔が、キリリと引き締まっていた。


「この件について、的確に処断されることを望みます」


 言外に「適切な処断ができなければ王太子としても次期国王としても認めない」と匂わせて、兄の王太子、父の国王、そして義母の王妃を最後に見た。


「俺はマリオンを探しに行きます。後のことはお任せしますね!」


 そう言って元気よく謁見室を出て行った。


 残されたのは国王と王太子、王妃、それに先に謁見していたダリオンなのだが。


「ここの第二王子様、聖なる魔力持ちかよ。確か剣士だったか? こりゃあ将来は剣聖様ですかねえ、王族の皆さん?」


 この世界で、聖女や聖者など“聖なる魔力”を持つ者は、魔力がネオンカラー、即ち蛍光色に光る。

 エドアルド王子はネオンオレンジの魔力を持っていた。

 昔、ダリオンの家にまだ幼かったエドアルド王子が遊びに来ていた頃はただのオレンジ色だったから、成長するに従って覚醒したことになる。


「ろくな話し合いもできませんでしたが、わしも失礼しますよ。しばらくは王都の冒険者ギルドにおりますから連絡をお待ちしておりますぞ」



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