王子からの追放宣言

「マリオン・ブルー! 特待生でありながら在学期間中にまともな研究成果を一つも残せていない。貴様のような無能を飼っておくほどこの研究学園は甘くない! 本日をもって貴様を退学とする!」


 学生たちが冬休みに入る前日。

 研究学園の講堂で学園長挨拶の後。

 壇上に上がった生徒会長の王子の宣言に、会場の端っこで話を聞いていたマリオンは突然名指しされて飛び上がりそうになった。


 そして壇上に上がるよう、金髪碧眼のイケメン王子に命令されて突きつけられたのが、何と学園からの追放だった。


「……僕の名前。ご存じだったんですね。殿下」


 ピンクブラウンの髪に水色の目が見えないほど分厚い瓶底のようなレンズの眼鏡をかけた少年、マリオンはぽそっと呟いた。


(この学園に来てから、お前とか貴様とかしか呼ばれなかったけどさ)


「そもそも、何なのだ貴様は? 学生の分際で見すぼらしいなりをして! 指定の制服はどうした!」

「……服は関係ないはずです。白衣を着ていたのに剥ぎ取ったのは殿下たち生徒会じゃないですか」

「学園内で白衣の着用が認められているのは教師と保健医のみ。学生の貴様にその資格はない!」


(……この人ほんと何なんだろう。僕は学生じゃないよ)


 それに、マリオンが着ているのは故国ではハイティーンの若者の一般的な服装だ。グレーのスラックスに革靴、白い清潔でプレスのきいた綿シャツに薄手の紺のニットベスト。


 これでも家族が誂えてくれたオーダーものなのだが、この国は芸術が盛んなので貴族はもちろん庶民でも装飾や色の派手な服が好まれるから、地味に見えるのは仕方ない。




 そもそもマリオンは他国出身の魔導具師で、この国の研究学園側から求められてやってきた特別講師のはずだった。

 今年まだ17歳。確かにこの国ではまだ学生の歳だが、故郷の国では既に魔導具師として独立した、れっきとした職業人なのだ。


 ところが、到着して赴任の挨拶に学長室に行ってみれば、当の学園長は国際学会への参加で長期不在。

 事前に受け取っていた手紙では、学園内の教師たちに話は通してあるからと書かれてあったのだが、同僚となるはずの教師や講師たちはマリオンに冷たかった。


 決定的だったのは、在学中の生徒会長にしてこの国の第二王子のエドアルドだ。

 そもそも、違う国で活躍していたマリオンを自国の研究学園に熱心に口説いて招聘したのは彼のはずなのに。


 だけど今年の春にマリオンがこの国へやってきたとき、エドアルド王子は出迎えにも来なかった。

 不思議に思いつつも研究学園を訪れたら、責任者の学園長も留守で、本来予定されていた上級客室どころか職員寮にも入れない。利用は不可だと言われてしまって、訳がわからなかった。

 仕方ないから敷地内にある使われていなかった物置小屋を整理し修繕して何とか今日までやってこれたものの。




 これまでの出来事をマリオンが思い返していると。


「ピューッ!」


 甲高い獣の声がした。

 いや、獣ではない。魔物の鳴き声だ。


 マリオンは分厚い瓶底眼鏡の奥で、水色の目を瞠った。


「ルミナス!?」


 エドアルド王子の取り巻きの男子生徒の一人が、真っ白な毛玉を抱えて壇上までやってきた。

 暴れるその毛玉は小型犬ほどの大きさの仔竜、ドラゴンだ。

 綿毛竜コットンドラゴンという、鱗の代わりに白い羽毛の生えた竜種である。

 マリオンが昔、一族の恩人から譲り受けて卵の頃から世話をした大事な友達だった。


 もうとっくに、研究学園での名誉職の特別講師の座も、幼馴染みだった王子への情も失っていたマリオンも、囚われの友達を目の当たりにして一気に目が覚めた。


(そんな。物置小屋に隠しておいたのに)


 どうやらマリオンのいない間に小屋に忍び込んで、仔竜を連れ出してきたらしい。


「ど、どうしてルミナスがここに!?」

「見よ、諸君。この者は能無しであるばかりか、魔物を学園内に引き込んだ悪漢でもある。学園を混乱に陥れようとしたことは疑いもない」

「誤解です! その子、綿毛竜コットンドラゴンは知性の高い竜種で危険なことは何もない! それにその子を連れてくることはこの国の国王陛下から許可を得ています!」

「嘘を言うな! ドラゴンが危険なことは子供でも知っている! 王子の私や生徒たちを害そうと持ち込んだのだろう!」

「違います! 綿毛竜コットンドラゴンは草食で大人しい竜種だ! 人間を傷つけるなんてことは……!」



「グギャアアアアアアー!」



「!?」


 小さな仔竜が出したとは思えない大音量の咆哮が会場内に響き渡る。

 だがすぐに、仔竜は自分を抱えていた王子の取り巻きに殴られて、ぐったりとしてしまった。


「ルミナス! やめろ、乱暴はしないで!」


 必死のマリオンの訴えにも関わらず、王子や取り巻きたちはいやらしく笑っている。




 何とか仔竜を取り戻そうとマリオンが必死になっていると。



「グォオオオオオオオッ!」



 講堂内に白い閃光が走った。


「え……?」


 綿毛竜コットンドラゴンのルミナスの魔力の電撃を浴びて、王子たちが苦痛に身を捩り唸っている。

 そこでマリオンは見た。

 これまでエドアルド王子に見えていた者が、髪も目も顔立ちも何もかも違う別人になっているではないか。


 だが、王子らしき人物はすぐに我を取り戻すと、手首のブレスレットに触れた。

 すると再び元の王子の姿に戻った。


(あれは姿変えの魔導具? 嘘だ……じゃあ、じゃあ僕がこれまでエドだと思ってたのはまったくの別人!?)



「ピューアッ!」



 綿毛竜コットンドラゴンの鳴き声に我に返った。

 仔竜を抱えていた男子生徒は電撃でまだ痺れていて、仔竜を壇上の床に落としている。


「ルミナス!」


 マリオンは頭脳労働派の魔導具師であまり身体能力に優れたタイプではなかったが、このときばかりは迅速に動いた。

 床に落とされてしまった友達を拾い上げて胸に抱え、一気に壇上から飛び降りた。


「に、逃すな! 出入り口を封鎖しろ!」


 王子の命令に、会場内の衛兵たちが会場後方の出入り口前に立つ。


「ルミナス、窓から逃げるよ!」


 講堂は平屋の建物だが、明かり取りの窓が建物の壁際の上部に設置されている。

 その場で仔犬サイズの仔竜はピュイッとひと鳴きすると、2メートル半ほどの成竜になって大きく翼を広げた。

 純白のふわふわの羽毛を全身に纏ったその姿は、講堂に集まっていた誰もがうっとり見惚れるほど優美だった。

 先ほどまでマリオンを罵倒し糾弾していた王子たちもが、呆気に取られて綿毛竜コットンドラゴンを見つめている。


 王子たちや生徒、教員たちが言葉もなく綿毛竜コットンドラゴンに見惚れているうちにマリオンはドラゴンの背に飛び乗った。


「行くよ、ルミナス!」

「ま、待て、おい衛兵ども逃すなー!」


 王子の命令に会場の衛兵たちが捕縛用の縄を投げてきたが、綿毛竜コットンドラゴンの魔力を帯びた羽毛に弾かれていた。


「おい、偽物」


 宙に浮くドラゴンの背からマリオンは王子たちを見下ろした。


「よくも僕を騙して酷い目に遭わせてくれたな。この借りはぜーったい返すからな!」


 そして綿毛竜コットンドラゴンが吐いたブレスで窓枠ごと窓ガラスを割って、マリオンは苦しいだけだったタイアド王国の研究学園から脱出したのだった。



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