【魔導具師マリオンの誤解】 ~陰謀で幼馴染みの王子に追放されたけど美味しいごはんともふもふに夢中なので必死で探されても知らんぷりします

真義あさひ

思い出は幼い日、桜の花の下で

 異世界人が持ち込んだ、桜という樹木がある。

 春になるとほのかにピンクがかった可憐な花を満開に咲かせて、そして吹雪のように美しく散る。


 まだ幼かったマリオンは、両親と一緒にお花見するはずだった、ひときわ大きな桜の木の下で泣いていた。

 お弁当やおやつをたくさん作って皆で宴会をするはずだった。


 だが、その両親は領内の視察先で事故に遭い揃って亡くなってしまった。ほんの数日前に葬儀も終わって、棺を一族代々の墓地に埋葬し終わったばかり。


 屋敷にいても祖母や使用人たちは皆、マリオンを心配してくれていたが、誰もお花見に誘おうとはしなかった。

 男爵家の当主夫妻が亡くなったことで、今年はどこの桜の木の下でも、誰も彼もがお花見を自粛している。


「おとうさん。おかあさん。どうしてぼくをおいてっちゃったの……」


 それは小さな子供の呟きで、誰に聞かれるはずもなく、また誰も側にいないはずだったのだが。


「みつけた」

「!?」


 いきなり声をかけられて、びっくりしたマリオンが振り向くと。

 そこには、太陽の下でキラキラ輝く金髪と、鮮やかなエメラルド色の瞳の、綺麗な顔立ちをした少年が立っていた。

 歳の頃はマリオンと同じくらい。背は少年のほうがちょっとだけ大きい。


「さくらの妖精さん。おばあさまが心配してたよ。いっしょにおうちに帰ろうね?」


 差し出された手を取るか迷っていると、向こうからがしっと力強く手を握られて、温かい手の感覚を感じながら一緒に屋敷まで帰ることになった。

 戻った屋敷で教えられたのは、この金髪碧眼の少年が同盟国の王子様で、桜の花が散る頃まで屋敷に滞在するということだった。


 エドアルドという名前の王子様は、マリオンに自分をエドと呼ぶことを許してくれて、同い年でもあったからすぐ仲良くなって毎日一緒に遊んでいた。

 彼が帰る日には泣いて引き止めてしまうぐらいは、仲良しになったのだが。




「エド。エド、やだ、やだよ、かえっちゃやだ……!」

「マリオン、手紙をかくよ」

「ほんと? ぜったいだからね!」

「うん。約束する」


 そこで最後に別れのハグをして、頬に口づけし合おうと思ったら。


「……あれ?」


 ちゅっと音がした。頬からではない。自分の唇のところから!


「マリオン、大好き。また会おうね」


 そうして金髪碧眼の王子様は帰っていった。



『今度はぜったい逃がさないから。』



 そんな囁きをマリオンの耳元に残して。




 後から知った話では、王子様には前世の記憶があって、マリオンは彼の前世での大切な人だったという話。


「ぼく、エドのうんめいのひとなんだって。すごいねえ。すてきだねえ」


 その後、エドアルド王子から貰った手紙にはわかりやすくそんなことが書いてあった。

 ロマンチックな話だ。まるで絵本の中の王子様とお姫様みたい。

 マリオンは王子からの手紙を擦り切れそうになるぐらい、何度も何度も読み返しては興奮して、熱い溜め息をついた。

 

 互いに違う国に住む者同士で、それ以来一度も会うことはなかったが、文通だけは続けていた。


『いつか、絶対にまた会おうね。大好きだよ、マリオン』


 手紙の最後に、王子はそのような一文を書いてくることが多かった。


「ぼくもだいすき。エド」


 まだ子供のマリオンでは王子の国に行くことはできない。

 移住するかまではまだわからないけど、一人で旅行できるようになったら、最初に行く国は幼馴染みの王子様の国と決めていた。




 だけど、それから年月を経て、いつの間にかエドアルド王子からの手紙も途絶えてしまった。


(仕方ないよね。あっちは一国の王子様、こっちはしがない男爵家の息子)


 ところが去年、マリオンが16歳になった頃、何年か振りの手紙が届いた。


 その頃には、マリオンは自国の学園を飛び級で卒業して、家業の魔導具師の資格を取って自宅近くに工房を構えていた。

 いくつか開発した魔導具でコンクールに入賞したり、国から表彰されたりと、順調なスタートを切っていた。


 そんなマリオンの活躍を知ったエドアルド王子から、彼の国の研究学園での特別講師の依頼だった。


(ずっと僕のことなんて放ったらかしだったくせに。何で今ごろ)


 けれど、子供の頃に遊んだことや、ファーストキスと、初恋だった思い出を考えるとどうにも断りきれなかった。


 赴任は来年、マリオンが17歳になる年。



『引き受けてくれてありがとう。また会える日を楽しみにしている』



 子供の頃よりずっと整った力強い字で届いた手紙を握りしめて故郷を出発したマリオンはまだ知らない。

 大好きだったエドアルド王子の国で、あんなに酷い目に遭うなんて、この頃には思いもしなかったのだ。



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