第3色 丸内林檎の逮捕状
ことの発端は遡ること数十分程前。
私、
「トウマくん、とびっきりおいしい紅茶を入れて貰ってもいいですか?」
「りんごちゃんかなり上機嫌だね。 何か、いいことでもあったの?」
トウマくんは机のポットに茶葉を入れながら聞いてくる。
「聞いてくれますか!? 実は昨日、この実家の八百屋の三軒隣の服井さんの営む、服屋にとてもダンディでかっこいい帽子が売っていたんです。 でも、その帽子はかなりのお値段で考えたあげく昨日は買わずに帰ったんです。 ですが、その夜、あの帽子が気になってなかなか寝付けませんでした。 そして、たった今ダンディ帽子、略してダン帽を買うことに決めたのです」
「なんだかとても温かそうな帽子だね」
私はちゃぶ台の前に正座をして、トウマくんの淹れてくれたハーブのいい香りがする紅茶のはいったティーカップを手に取る。
「和室のちゃぶ台で正座をしながら、紅茶を飲むなんて、なかなかシュールだね」
私の格好をみながら、トウマくんは笑う。
今日は、尊敬するおじいちゃんの格好をマネしてみたんです。
……ざわ……ざわ……
「?」
紅茶の記念すべき一口目を味わおうとした時、ふと、外が騒がしいのに気が付いた。
「何か、騒がしいですね」
ティーカップをちゃぶ台の上に置き、席を立ち、二階の部屋の窓から外の様子を覗った。
すると、三軒隣のお店の外に人だかりができていた。
「あそこは服井さんのお店兼家じゃないですか?」
少し離れていてよく視えませんでしたが、場所的に服井さんのお店ですね。
「何だか、人だかりがあるね」
「何かあったんでしょうか? ちょっと見に行ってみますか」
私は机の横に畳んで置いてあった羽織を羽織ると、部屋を出て階段を降り、一階の親の営む八百屋の中を通り外に出た。
「何かの事件があったみたいですね」
辺りを見回すと、服井さんのお店の前に数台のパトカーが止まっていた。
「こんにちは、米田さん」
人だかりの一番後ろにいたのは、この商店街のお米屋さんの米田さんだ。
「やあ、リンゴちゃんとトウマくん、こんにちは」
米田さんは挨拶を返してくれたが、何だか暗い顔をしていた。
「服井さんのお店で何かあったんですか?」
「ああ……実は……」
「?」
米田さんは少し口ごもり重い口を開く。
「服井さんが亡くなったらしいんだ……」
「えっ!?」
衝撃の一言に私とトウマくんは一瞬言葉を失う。
「服井さんが……そんな……」
「お気の毒です……」
私は服井さんが亡くなったという言葉にかなりショックを受けていたが、ふと、何かが気になった。 しかし、それが何かは分からなかった。
「トウマくん、とりあえず服井さんのお店に行ってみましょう」
私達は人だかりをかき分けて一番前に着いた。 そこには、一般人が入れないように黄色いテープで仕切りがしてある。
仕切り越しに私は服井さんのお店の中を覗く。
「…………?」
店内には何か違和感があった。 服井さんが亡くなっていたであろう場所には白いチョークで線が描かれていた。 しかし、店内は荒らされた……いや、『争った』様子が一切なかったのだ。
「何か妙ですね」
「何が妙なの?」
「いえ、何かは分からないのですが、なんとなく、私の勘が『何かがおかしい』と言っているんです」
自分でも意味の分からないことを言っているのは理解していますが、今は、それ以外言いようがありません。
「確かに、僕も何か変な気がするんだけど、それが何か分からないな」
トウマくんも何かを感じたらしく、首を傾げる。
「やはり、トウマくんもですか」
仕切り越しに一通り現場を観た私達は一度その場を後にしようと背を向けた。
すると、
「そこのお前ちょっと待て」
背後から声を掛けられた。 何人もいる中でその声は自分に向けられているものだと感じ私は振り返る。
「はい、何でしょうか?」
そこには、灰色のスーツで赤いネクタイをピシッと着た男性がおり私の方に歩みよってきた。
「髪を七三に分けた赤髪の少女。 お前が丸内林檎だな」
「はい、そうですが」
返事を返すと、男性は胸ポケットから一枚の紙を私に突きつけこう告げる。
「丸内林檎、お前を『殺人容疑』で逮捕する!」
「!?」
「えええええ!?」
トウマくんが私以上に驚く。
「失礼ですか、あなたは?」
突き出された紙を一瞥し、男性に聞く。
「私はセーラン警察署の刑事、
彼は、刑事さんのようだ。 見せられた、手帳を確認するが、本物みたいですね。
「刑事さんでしたか、お勤めごくろう様です」
「りんごちゃん悠長に挨拶してる場合じゃないよ!」
トウマくんはかなり慌てた様子。 しかし、やってもいないことに焦る必要はないので私は冷静に返す。
「ところで刑事さん、私を逮捕ということは何か証拠でもあるのでしょうか?」
私は話を切り出すと、刑事さんは話しだす。
「被害者の死亡推定時刻は、昨日の午後七時頃で、向かいの本屋の息子によると、午後の六時頃、最後に現場を訪れていたのが、八百屋の娘、丸内林檎という証言を得た」
「それだけですか?」
あまりにも証拠として不十分過ぎる説明に私は少し眼を見開いて驚く。
「服屋の店主と深刻そうな顔で話していたそうだな」
「それは欲しい帽子があったので買うか迷っていただけです」
「それだけの証言でりんごちゃんを逮捕っておかしいと思います!」
トウマ君もおかしいと反論する。
「十分な証拠だ」
トウマ君の反論も空しく、刑事さんは近くの警官に「連れて行け」と告げ、私の横にいた2人の大男がじりじりと歩みよってくる。
「これはまずいですね」
トウマくんの言う通り、それだけの情報で私を犯人だというには不十分過ぎます。 ですが、刑事さんは私が犯人だと思っている様子です。
彼の態度的に揺るぎがないのは確かで、このまま連いていって本当のことを話しても信じてもらえるか分からない……いや、もしかしたら、『聞く気がない』のかもしれない。
恐らくですが、このまま連れて行かれたら、ほぼ100%私が犯人にされてしまう……どうにか打開しなくては……
「待て」
背後から声がして、後ろの人ごみから腰に剣をかけて手にシルバーを巻いているまるでコスプレイヤーのような黒髪の青年が現れた。
「あっシーニの彼氏さん」
「彼氏じゃない」
この人はシーニこと
どういうことかというと、
この世界には
クーの件では、声だけの認識でしたが、それ以降、数回程シーニの研究所に遊びに行った時に姿を拝見しました。
「魔法犯罪科取締りの奴が何のようだ」
「たまたま通りかかっただけだ」
糸池刑事が黒崎さんを睨みつける。
「こいつはちょっとした知り合いでな、殺人なんてバカなことをする奴じゃない」
カレシーニさんは、私に目を向けると刑事さんにいう。
「それだけの理由で無実が証明出来ると思っているのか?」
しかし、さらに睨みを利かせる。
「そっちこそ、あれだけの証拠でこいつを逮捕していいと思ってるのか?」
二人は静かに言い争ったが明らかに敵意をむき出しだった。 他の警察官や糸池刑事さんなどが黒崎さんに注目している。 すると、誰かが私とトウマくんの手を引っ張り人ごみの外へと出してくれた。
「今のうちだよ」
「米田さん!」
その手の主は米田さんだった。 その他にも私とトウマくんを隠す様に商店街の皆がいた。
「おれたちはリンゴちゃんが人殺しなんてバカなことする様なやつじゃあないって信じてる。 だけど、おれたちにはこれしか出来ない、だから、今は逃げるんだ、これは《悪い逃げ》じゃない《無実をみつける為の逃げ》なんだ」
米田さんは言葉を続ける。
「もちろん、おれたちもリンゴちゃんが犯人じゃねえって証拠を見つける為に協力する」
米田さんの言葉に皆さん頷く。 そして、米田さんは真剣な顔でトウマくんをみる。
「リンゴちゃんを頼んだよ」
米田さんの言葉に続きみんなが口ぐちに「がんばれ」や「気を付けて」などの言葉を掛けてくれた。
「はい、りんごちゃんを護ります」
トウマくんが気合いを入れていう。
「頼もしいですよ、トウマくん。 皆さん感謝します」
トウマくんに向けて言った後に商店街のみんなに向けてそう言い残し、私とトウマくんは商店街の裏道に続く道に走って行った。
◆ ◆ ◆
「そこまで云うなら、そいつが無実という証拠をみせてみ……何!! いない!」
「!?」
糸池の言葉で黒崎は振り返り、丸内と荒谷の姿が消えていることに気が付いた。
「丸内林檎が逃げた! 早く追え!」
糸池は部下の警官に告げると鬼の様な形相で黒崎を睨みつける。
「犯人を逃がしたな黒崎!」
「知らん、あいつが勝手に逃げただけだ」
黒崎は興味がないといった感じに澄まし顔で返す。
「逃げたということはやはりあいつが犯人ということだ」
「何を焦ってるんだ?」
「何!?」
「セーランのエリート刑事さんが何を焦ってるんだ?」
黒崎は煽る様に口角を少し上げて笑いながらいう。 すると、糸池は舌打ちをし「覚えていろ」と吐き捨ててその場を後にした。
「はぁ……まったく丸内の奴、面倒事に巻き込まれやがって」
黒崎はもう一度小さくため息をすると少し微笑み独り言の様に呟いた。
「やっぱりアイツと《同じ》と云ったところか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます