第28話 ドワーフ族の廃棄集落

 長く続く洞窟通路の天井や壁は鍾乳石と石筍が、床はちょろちょろと地下水の流れる段状の皿が連なったようになっております。――このあたりは光り苔と魔晶石でわり光量があるため、石灰電池の節約のため、ライトを使わず、奥を目指しました。


 実際、大洞窟〝ズィン〟は迷宮で、いくつもの通路に枝分かれしているのですが、ところどころに目印や案内板を置き、後続の探究者達が迷わないように配慮が施されています。これらは母や私といった歴代〝夢見姫〟とその一行が歩いた跡でもありました。――ところが、そういう目印や標識の中にはときたま、現人類〝サピエンス族〟以外の文字や記号も混じっております。


 私の婚約者(候補)で獣魔使い〝ティマ―〟でいらっしゃる大鳥様が召喚なさった双頭の犬〝オルトロス〟さんの背中には、パーティー女性陣である寧音さんと私・千石片帆が乗せて戴いておりました。

 〝世界樹の大空洞〟で全方位ビームをなさった寧音さんは、通力を切らしたご様子で、ぐったり放心なさっておられます。――ですから後ろに座った私は、彼女を背中から抱っこする恰好です。


 対して寧音さんの婚約者である吉田先生と、大鳥様のお二方、男性陣はオルトロスさんの前を歩いておいでで、ときたま雑談を交しては盛り上がっていらっしゃいました。


「大鳥署長、アルゴリズムってご存じですか?」

「暗号機とか計算機につかうプログラムのようなものだったかな?」

「おお、博学ですね。……とある問題を解決するのには方法論が必要になる。例えば計算の結果2という数字をだしたいときに、1+1でもよければ4÷2でもかまわない。いろいろな式ができあがるわけだが、利用者は、よりよい形にしたいと考える。――それがアルゴリズムの研究です」

 そんなお話しをなさっていらしたとき、石灰電池のライトが前方にある、幾何学模様のタイルを映したのです。

 吉田先生がしゃがみ込んで、しげしげとそれを眺め、

「これも、前に来たときはなかった施設だな。――ドワーフの標識にしては情緒エモさに欠ける」


 〇△□意匠の組み合わせからなるタイルは一辺一メートル弱の正方形で、全部で十六枚からなっています。大きさからして、四腕巨人ガク族のものかもしれません。


 そこで急に、大鳥様がオルトロスさんの背にいる私の方にお振り返りになり、

「現在我々がいるのは、大洞窟ズインの第何階層に、いるのだろうか?」

 寧音さんが正気を取り戻したようなので私は、オルトロスさんの背から降りて、お二人の横に並び、野帳フィールドノートをポシェットから取り出しました。

「全七百七十階層中第十八階層のようです」

 その幾何学模様を私が素早くスケッチしていると、大鳥様が、敷き詰められたタイルの一枚に触れてしまわれたのです。


 ――トラップだ!――


 吉田先生がそう叫び、さらに大鳥様と私とを何度も呼ぶ声がいたしましたが間もなく、カメラのストロボ・フラッシュのような閃光に私は包まれ、薄暗い隠し部屋に転移させられてしまったのです。

 隠し部屋は剃刀カミソリを隙間に通さないほどに、精密に積み上げられた壁で囲まれていて、出口がありません。

 この状況になっても大鳥さんは、冷静でいらっしゃいました。


「アメリカの大学に留学していたころの友人がこんなことを言っていました。――彼はウィスコンシン州リック湖畔周辺にある〝ンガイの森〟の散策ツアーに参加したとき、たまたま、深い谷間に架かった吊り橋を渡ったそうです。このとき、最後に残ったのが、若く魅力的な女性です。彼女は高所恐怖症で、女性は吊り橋を少し進んだところで足がすくんで、しゃがみ込んでしまった。――彼は吊り橋を引き返して、その人の手を取り、目を閉じるように言い含め、エスコートして難所を渡り切った。……数年後、二人は結婚することになる」


 整髪剤で整えた長髪、白いスーツ、彼は片手で〝壁ドン〟をして、私に迫っておられます。


「対人関係は距離によって、公的・社会的・対人的・親密的からなる四種類のゾーンがある。公的ゾーンは三・三メートル、社会的ゾーンは一・二から三メートル・三・三、対人的ゾーンは〇・六から一・二、親密的ゾーンは〇・六メートル以内。言い換えるならば、公的ゾーンは赤の他人関係、社会的ゾーンは同じ学校の子・会社同僚・ご近所さん関係、対人的ゾーンは手を伸ばせば届く友人レベルの関係、そして親密ゾーンは恋人として触れ合える距離がバロメータになっている」


「はあ?」


「よく言うだろう。……幸せしか体験したことのないカップルの恋は楽しい。しかし、ともに逆境を克服して生き抜いてきたカップルの恋は激しいってね」


 ――大鳥さん、近過ぎです。結婚前だというのに、やはり殿方は信用ならない。


 ……ですが一方で、私の瞼は閉じゆこうとするのです。


 ――駄目よ、片帆。危険だわ。今、目を閉じちゃ駄目なの!


 このときどこからともなく、煙草の匂いが漂ってきて、さらにクッキーをパリッとかじる音がしました。

 ふと見上げると、天井の一遇に通気口があり、そこから吉田先生、寧音さん、さらには双頭になったオルトロスさんのお顔まであり、こちらを覗いていらっしゃったのです。


「兼好、あれが大人の恋?」

「たぶんな」


 ――お二人とも、なんて意地悪なんですか!


 私の両頬が膨らんでいるのを感じます。

 吉田先生と寧音さんのお二人によって、大鳥様と私は救出されました。


   *


 魔鉱石を採掘するドワーフたちが、最低限ながらも整備している〝街道〟があり、私達・三人と一頭は、またしても地下大空洞に出ました。


 火を点けていない煙草をくわえていた吉田先生が、顎に手を当てて、

「天井まで百メートル、左右の断崖幅五十メートルというところか。――ここは、前に来た時と、変わらないようだな」


 吊り橋を渡り、南流する細長い渓谷の端をたどって行くと、市壁が見えてきました。市門には扉が吊り上がったままの状態で、開いたままでした。

「――どうやら放棄されたドワーフ族の拠点都市の一つのようですね」


 百戸ほど並んだ町屋の中央には、礼拝堂として使われていたらしい尖塔があり、そこに絡まるように、翼竜ワイバーンがつかまって、こちらを睨んでいます。


 私と一緒に、オルトロスさんの背に乗せて戴いている、寧音さんが指さして、

「姫先生、竜の尻尾から背中にかけて一列に並んでいる背びれだけど、バンバンバンって、立ち上がって行くんだけど……」

「いけない、放射熱線ファイアー・ブレスじゃないですか」

 吉田先生が、

「このままだと四人と一匹は丸焼きになってしまう! ――この弾丸はただの弾じゃない!」

 とおっしゃり、特別製の弾丸を一発だけリボルバーに詰めて、撃ち込みます。


 私達が消し炭になる刹那、市門吊り扉が、ガタンと落ちて、弾かれた炎が上空に噴きあがって行きます。

 翼竜成獣が翼を拡げると、飛行機ほどの翼幅になります。鉄扉の向こうでは、巨大な両翼を羽ばたかせているのでしょう。轟音とともに粉塵が舞い上がりだしました。


 大鳥様が、寧音さんと私を乗せたオルトロスさんの肩を叩いて、

「たぶん、翼竜の放射熱線は一発吐くと、次まで時間がかかる。その間に、どこか物陰に身を潜めるんだ」


 吉田先生がうなずいて、

「激しく同意。でも大鳥署長はどこでそんなことを――」

「なんとなくだ」

「さすがは大鳥署長、博学ですね」


 ドワーフが掘った坑道から、見知った顔が見えたので、オルトロスさんともどもそこへ逃げ込みますと、吉田先生と大鳥様も後に続きます。

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