第29話 翼竜《ワイバーン》
――
当然のことながら、大鳥様と吉田先生、それに私同様に、オルトロスさんの背に乗っている寧音さんは、〝屍鬼衆〟の唐突な登場に、戸惑っておられる様子です。
関東大震災のときもそうでしたが、夕子叔母様は私がピンチに陥ったときに、必ず救いの手を差し伸べに来られた方です。
「このあたりから先の探索は難易度があがります。加勢いたしますわ」
白いスーツ姿の大鳥様が長い髪を指ですくい、
「夕子様、これは岐門の伯爵様のご差配ですね」
「溺愛する孫娘を自分で助けに来たいところなのに、ツンデレな父だから、私達が代わりに来たのよ」
「ありがたき幸せ」
坑道出入り口から、地面すれすれに滑空する、翼竜の巨体が垣間見えます。
それを尻目に夕子叔母様が、
「翼竜に制空権を取られていますね。屍鬼衆には盟友がいます。召喚いたしましょう」
――此は神々の主、世界の主なり。此は四方位の恐るる者なり。聖訓に声発しける、万物の主、王、支配者、そして援助者なり。我が声を聞きたまえ。そして、全ての霊を我に従わしめよ。大空の霊、エーテルの霊、地上と地下の霊、襲う炎の霊、全ての霊を我に従わしめ、広大なる一者、神のあらゆる魔力と天罰を、我に従順ならしめたまえ。……ケテル、コクマー、ビナー。ケセド、ケブラー、ティファレント!/(※イスラエル・リガティー:著 片山章久:訳 『柘榴の園』より)
屍鬼衆の皆様四人が方陣を組んで召喚したのは、頭に角、背中に蝙蝠のような羽、尻尾も生えている。さらには全身をゴムのような被膜で覆っている黒い生物。――そうです、
夕子叔母様以下、岐門屍鬼衆の四人が次々と、四体いる夜鬼さん達の背に乗って行きます。
吉田先生が、
「皆さんのご助力に改めて感謝いたします」
すると叔母様が、
「なにをおっしゃるの、主役である貴男達の夜鬼も呼んでいるわよ」
「えっ、でも僕達は夜鬼に乗ったことがありませんよ」
「夜鬼との意思疎通は念話できます。乗りこなせなくとも先様がこちらを気遣って下さいますわよ」
「恐れいります」
さて――
ふと視線を移すと、いつの間にか、さらに四体の夜鬼さんが、坑道奥にいらっしゃいました。都合八体がいらっしゃいますね。――私達はそれぞれ分乗し、翼竜の間隙を縫って飛び立って行きました。
そこで、百メートルほどある大空洞の天井近くまで飛翔した翼竜が振り返り、
翼竜は一度、放射熱線を放ちますと次までに、数分〝溜め〟をしなくてはなりません。――これは好機です。
夕子叔母様は、
「ほーほっほっ……、私に刃向うだなんて、六千と五百年ばかり早くってよ。――ジュラ紀から出直していらっしゃい!」
なんだか、悪役令嬢っぽいです。
夕子叔母様は薙刀を、家令の山川さんは長槍を、家政婦長の稲葉さんと従僕の白井さんは銃剣を手にしておられます。――対して本来のパーティーである吉田先生と白鳥様は拳銃を、私は
すっかり場を仕切っていらした夕子叔母様が、
「翼竜は、片翼になったら落とせます。皆さん、右の翼を狙いますわよ」
夜鬼の皆さんに分乗した私達は、前後左右から波状攻撃で右翼の一点にダメージを与え続けます。そのためついには風孔が空き、翼竜は地面に叩きつけられて、粉塵を巻き上げました。
落ちた翼竜はしばらくもんどり打っていましたが、情け深い家令の山川さんが、太刀で首のところにある〝逆鱗〟を刺してご介錯なさると、ほどなく絶命いたします。
早速、翼竜の解体が始まりました。
家令さんが、
「死した者の
夕子叔母様によると翼竜の肉や部材は、屍鬼衆と夜鬼の皆さんで分配することになったようです。翼竜一体で集落を一年養わせることができるそうで、夜鬼の皆さんに差し上げました。解体の際にあふれ出た血液と、骨や角、鱗といった部位は、屍鬼衆の皆さんが戴くのだとか。
血液の利用については、吸血鬼でいらっしゃる屍鬼衆の皆様の食料となることは容易に想像がつきます。骨や角、鱗は、幻夢境においても
翼竜の解体をしていたとき、寧音さんが、
「ねえ、兼好、宙に浮いたあの黒い箱みたいのって何?」
「言葉通りの〝ブラックボックス〟略して〝ボックス〟だ。結界というか幽世というか、中はかなりでかい空間で、倉庫代わりにできる。血や肉は術者が生きている限り腐らず、鮮度がいいまま保存できるし、翼竜一体くらいなら、楽に収納もできるようだね」
「それは便利、私も欲しい」
「屍鬼と夜鬼でも一部の者でしか使えないという。一般人には無理だな」
寧音さんは地面を蹴って、至極残念そうでした。
以前、岐門町で起こった
双頭犬のオルトロスさんは白鳥様が、
ドワーフの廃棄集落で休息した私達は、そこから夜鬼に乗って、
*
先にも申し上げましたように、入り組んだ迷路には各種族によって、丁寧に順路が記されておりますので、私達はさほど労せず、そこへたどり着くことができました。
狭い通路から、薄明の大空洞へと向かいます。
「四腕巨人は肉食で、カンガルーもどきのガーストを主食としている。
とはいっても、四腕巨人は屍鬼を苦手としていますので、屍鬼衆が同行してくださる間は襲われることがないかと存じます。
寧々さんが、
「なんか、寒気がする」
狭い通路から急に開け、高さ数百メートルはあるでしょう、回廊となった薄明の大空洞へと出ました。
平野部の向こう側に、五十メートルほどはありましょう重厚な市壁があり、道は市門へと続いていました。
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