あれは僕が中学生になって間もない頃の出来事だった。やけに気だるげに感じる平日の日のことでね。その日も変わらず僕は煩わしい体を布団から叩き起こし、学校に行く準備をしていたよ。今日の授業が何かを確認したり、制服に着替えては身なりを整えたりしてね。そしていつもと同じ八時頃には家を出たんだ。……もちろん朝食はしっかり食べたさ。

 あの日は確か日光がしつこいほど眩しかった気がするよ。それがより一層、今日も一日が始まるのだという憂鬱さを彷彿とさせたな。


 僕はいつも幼馴染といえる二人と一緒に登校していてね。うん、小学生ではないから集団登校とかはなかったからね。その日も変わらない道のりを、三人で下らない話をしながら歩いていたんだ。

 そこまでは普段と同じだったんだけど、学校までの道のりの三分の一くらいまで来た時だったね。道路の真ん中に何かが落ちていたんだよ。でも僕、なにぶん目が悪かったからね。そう、今は眼鏡をしているんだけど、この時の僕はカッコ悪いと思っていたとかで眼鏡を持っていなかったんだ。だからそこからでは何が道の真ん中にあるのか分からなかった。

 二人はその段階ではまだ気づいていなかったんだろうね、そのまま通り過ぎていったんだよ。僕も最初はまあいいか、ってそのまま足を進めたんだけど……。でもあれが何なのかどうしても気になっちゃって。二人に一度声をかけてから見に戻ろうとしたんだ。

 そしたら二人もついて来てくれたよ。まあ時間はあったしね。


 そしてそれは何だろうって近づいて見ると、柔らかそうな毛糸の束のようなものでね。初めは編み物か何かかと思ったよ。けど違ったね。ズバリ言うと、それはキジ柄の子猫だった。

 二人はどんな思いで見ていたんだろう。けどねそんなことは目もくれずに僕はその子をそっと手で拾い上げたんだ。

 その子の体は今にも潰れてしまいそうな繊細なものだったよ。でもしっかり一つの生き物なのだという逞しさも感じられたね。

 ただそれがもう生命としての活力を失っているのだということも手に取って伝わって来たよ。——重々しくひたすらに冷たい体だった。

 そのまま僕は手の中で包み込まれたその子を、そばの植え込みに優しく乗せたんだ。その時、道路の傍らにあったお菓子のダンボール箱とは何か因果関係があるのだろうか、といった思いなどが色々と僕の中で交錯していたね。


 まあそんなこんなで一仕事終えて、登校の最中であるという意識を思い起こしていると、一人がこんなことを言ってきたんだ。


「その手、学校に着いたらちゃんと洗えよな」


 その発言にもう一人も同調している様子だった。

 親切心だったのかもしれない。他意なんてなかったのかもしれない。

 けど僕にはそれが皮肉に聞こえてね。その瞬間にね、僕には怒りとも悲しみともつかない感情が生まれたんだよ。ただその感情の矛先が二人に向いているかどうかは分からなかった。

 もう中身のない子猫。少なくとも良いようには思われていない子猫。そんなことを思うと、僕はふと何かを力の限りに殴りつけたい気分になったよ。そして殴っては手を怪我して、猫に対する代償でも受けたい気持ちだった。

 その時、僕は二人に何も言い返さなかったね。というか「幼馴染」という関係性故に何も言い返せなかった、と言うべきかな。そこからはその話題に触れることはなかった。

 これがね、僕の中でいつまでも忘れられずに記憶として残っているんだ。これから先も忘れることはないだろうね。


 動物というのは時に奇異な目で見られるんだということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る