第24話 欺瞞! 服が透けて見える眼鏡




「通販で服が透けて見える眼鏡を買ったんじゃが」

「お爺ちゃん騙されてますよ」


 そんな会話を繰り広げるのはおやつを食べる午後三時の事である。そんな下世話な話を大っぴらに話し出すんじゃねえ瘋癲老人が。


「何じゃ、素気ないことを言うな。ほれ、これを見よ」


 ヨビソン爺さんは自慢げに眼鏡を取り出した。銀縁の、普通の眼鏡である。何か魔法が掛けられている様子もない。普通に詐欺であった。


「これを掛ければ、さあ目の前は男の夢! 貴方の桃源郷が広がっている!」

「何だそのテンション」

「広告文じゃ」


 しかし、無理矢理押し付けられて掛けてみても、伊達眼鏡でしかなく服など透ける気配すらない。視界に広がるのは何ら変哲のない朝の風景であり、オワリちゃんが謎ににやにや笑っているだけである。


「……変態ですね」

「見えねえから安心してくれ」

「……本当か、怪しいところですね。カワセミさんは嘘つきですから」

「おうカナナナくん!」

「透視は出来ないよー」

「だってよオワリちゃん」

「……ふーん」


 オワリちゃんはつまらなそうにクッキーを頬張った。先程からカナナナくんもそれに手を伸ばしている。傍らには牛乳をパックごと置いていた。やっぱクッキーには牛乳だよね。


 今日のおやつは既製品のクッキーである。先日の一件の帰り際、尊氏が土産に無理矢理持たせてきた品物だ。何ら変哲のない普通のクッキーだが、中央に『尊神』と焼き印が押してあるのが最悪であった。悪の大企業みたいな癖して土産菓子作ってんじゃねえ。


 カナナナくんは牛乳を飲みつつ「だけど、カワセミお兄ちゃんは間違っているよ」と言って眼鏡を指差した。


「えっ、何。もしかして本物だったりする?」

「おいカワセミ、我を見るなよ。絶対に見るな。見たら殺すからな」

「いや、透視は出来ないって言ったでしょ」


 では何が間違っているというのだろうか。俺の人生そのものか? ジョークジョーク。「笑えないよ!」言う割に笑っているなカナナナくん?


「まあ、カワセミお兄ちゃんにとっては無意味な物だね。何にも気付かない程度でしかないよ」


 ふうん。俺が気付かないだけで、この眼鏡には何かの魔法でも掛かっているのだろうか。何だろうか? そう疑問に思ってメルニウスをじっと見つめた。


「おい、カワセミ。何故我をじっと見つめる。やめろ。殺すぞ」

「カナナナくんが無意味だって言ってるじゃねえか皇帝様」

「無意味なら何故見る」

「何故だと思う?」

「……貴様、我の反応を見て楽しんでいるな!?」


「不敬不敬!」と言ってメルニウスは我先に外へ出た。彼女にも羞恥心という物があるらしい。意外である。「本気で失礼だねカワセミお兄ちゃん!」その後を追ってカナナナくんが外へ向かった。あっ、何の魔法か聞くの忘れた。


「まあ良いか。今日ぐらいは伊達眼鏡で知的な雰囲気を醸すのも悪くない」

「痴的の間違いではなかろうかの。その眼鏡の商品名を考えるにのう」

「あんたが押し付けたんだろうが」

「ところでマムロ先生はどこに行ったんじゃったかのう?」

「ボケた振りか? なんか俺とオワリちゃんの外出関係で書類相手に格闘してるよ」


 仮にこれが本物だったとしたら、まず一番にマムロ先生とみそぎさんを見てみたいものである。どんな構造をしているのかマジで気になるからな。


 さて本日は雲一つない快晴、梅雨の気配など欠片もなく、五月下旬の暖かさである。


 その太陽の下、本当に暑くないのか、というか夏になったら着替えるのだろうか。そんな風に思う重苦しい黒フードを身に纏ったアラタメが扉の先に立っていた。


「歓迎か? 珍し……くもないな。そういやこの前お前の姉さんに会ったぜ」

「へえ旦那お久しぶりってどの姉さんです?」

「カクさんって人だが、もしかしてお前、大家族か?」

「いや絡の一族はみんな姉妹言うもんですから。つかカクって誰ですかい覚えてねえな」


 薄情な奴だな。そのままアラタメは「んなことよりもどうしたんですその眼鏡伊達ですかい似合ってねえな」と大変失礼なことを言いやがった。


「爺さんに押し付けられたんだ。なんと服が透けて見える眼鏡だ。嘘っぱちだがな」

「ドスケベ!」

「透けて見えねえつってるだろ。カナナナくんのお墨付きだぜ」

「へえへえの割には妙なモンが掛かってるじゃねえですかええ? 本当に見えてねえんですかいたとえば俺の服装は今どんなモンか言ってみて下せえよ」


 ふむ、これはひょっとして挑戦状だろうか。オワリちゃんに目を向ければ「さて……!」とすっかり乗り気である。目を輝かせてらあ。


「おうおうなんですかいお嬢さんも俺の服に興味津々ですかい参ったなあ俺ぁそっちの気はねえんだけどなあ」

「……私も無いので安心して下さい。しかし、今の一言にもヒントはありましたよ!」


 オワリちゃんは手を組んで自信満々に言った。


「……アラタメさんは『本当に見えていないのなら、自分の服装を言ってみろ』と言いましたね? これは奇妙な言い方です。『見えているのなら言ってみろ』という言い方なら分かりますが」

「つまり?」

「……つまり、『見えているのなら、何らか反応を示すであろう格好をしている』ということです。その格好を言及するのを避け、無難な回答を求めている。そしてその格好をカワセミさんに見せ付けて、驚かせようとしているのです」

「じゃあ答えは何だと思いますかいお嬢さん」


 そこでオワリちゃんは「ふん」と嘆息し、見下げ果てたような目をして言った。


「……即ち全裸です。そもそも『服装』など存在しないというのが真実です!」

「お嬢さんの方がドスケベでしたかい」

「……何がですかこの露出魔! ド変態! 去って下さい!」


 オワリちゃんは舌鋒鋭くアラタメを罵倒するが多分違うと思うぞ。フードの下からは布擦れの音がするし、第一本当に全裸だったら本気でドン引きだからやめてくれ。


 そうしてアラタメはにやりと笑い「では見せやしょう」とフードを脱いだ。


 ……メイド服であった。


「へへどうですかいお嬢さん。いや終お嬢様。私は貴方の従者、絡改。決して全裸のド変態ではございません。忠実なる貴方の僕にして、尊神の一族の守護者でございます」


 斑色の髪に懐から取り出したブリムを乗せて、アラタメは丁寧にお辞儀をした。「なんて、似合わねえですよねえ」獰猛な笑みと共にスカートの裾野を持ち上げる。夥しい数の暗器が見えていた。


「いやいや何だっててめえン所の従者にこんな服着せるんだって話ですが、そいつが伝統というモンなんですから仕方がねえいややっぱり我慢がならねえ。どうですお嬢様あのジジババの塊に一つ提言してくれやしませんかねえ?」

「……私としてもメイドさんを共にするのは結構恥ずかしかったんですよ。機会があれば父に伝えましょう」

「へえ! いやあやっぱりお嬢さんは話が分かるなあだってこの格好馬鹿みたいじゃねえですか何だって姉妹さん方ぁは当たり前のような顔して着ていやがるんでしょうかね?」

「そんな疑問も覚えないようにされているからじゃない?」


 そう、カクさんの様子を思い起こして考察なんてしてみる。精神の操作と言うよりも隷属だろうか。生まれながらにしてそう在るような気配だった。


「だからこそ、何だってお前はそんなべらんべえ口調してるのか疑問だが」

「いやいや俺ぁ平常ですよ異常の中に平常が紛れ込んでいるもんですから異常と扱われたんでさあ旦那だって分かるでしょう?」

「まあ確かに。クソ共のクソに染まらないのは正しいことだよな。なのにそれを貫くだけでクソ共にクソ扱いされるんだ」

「へへ、お下品な言葉遣いは程々にしやがって下さいね? 旦那様」


 そんな風に中途半端にメイドを気取って、アラタメは恭しく礼をした。くるりと回った。ビシッと格好いいポーズを決めた。


「で、どうですかいこの格好。惚れやすかい? 見蕩れやすかい? 馬鹿みたいな格好だから馬鹿みたいに男受けするでしょう?」

「お前のスカートが短いのはお前の趣味じゃないのか。カクさんは長かったぞ」

「だって動き辛えんですもん仕方がねえでしょうあんな長ったらしいモンびらびらさせて何が楽しいってんですかい。いやンな事言ったら普段のフードがそうですがねえへへへ!」

「……何か、妙に楽しそうですね、アラタメさん」

「旦那がこの格好に引かなくて嬉しがってるんですよ俺ぁ」


 アラタメはけひけひと笑ってフードを手に取り、再び目深に被った。「やっぱ恥ずかしくなってきやした」そう言ってひょいひょいと逃げていった。


 しかし、奴にその様な羞恥心など在るとは思えない。「あったよカワセミお兄ちゃんデリカシーがないね!」カナナナくんが遠くから言って「んなこと言わねえで良いんですよ坊ちゃん!」と叫ばれている。だが、体よく逃げたのも事実だろう。何せ背後からはぬるぬると特有の音が聞こえているからだ。


 マムロ先生のご登場である。


「あー……疲れた。疲れましたよ。あー疲れた。本気で疲れました」

「肩を揉んであげましょうかぁ? マムロ先生」

「触手に肩なんてねえだろ」


 そう言って振り向こうとして「おうちょっと待て」とヨビソン爺さんに止められた。何かと思えば眼鏡を取り上げられた。そうして眼鏡をじろじろ見つめ、べたべたと触って「チッ」と舌打ちをした。


「使えんのー。やっぱ何も届いておらぬわ。何が精神の集合じゃ。格が低い物にしか利用できぬではないか」

「おい爺さん俺で何か実験でもしやがってたか?」

「おー怖っ。そうじゃよ。だが何にも効かなかったんじゃから別に良いじゃろ」


 爺さんはくるくると眼鏡を回し、「まあ、下らん話じゃ」と話し始めた。


「広告文は撒き餌よ。これには精神隷属の魔法が掛かっておる。と言っても精神の支配ではない。微弱に意識を絡め取り、その微弱を一つ所に纏めて、巨大な意識の怪物を生み出そうという試みじゃ」

「すっげえ邪悪な実験じゃん。何、爺さんが企んでるのってそういう奴?」

「馬鹿者が。人が自由に思考できぬ代物をどうして儂が作り上げる。寧ろ儂は邪魔する方じゃ。ちょっと面白そうだからお前に渡したがの。しかし何も読み取れてなかったわ。送信機能も無反応じゃ」

「聖剣ちゃーん」

「いやそれ剣というかお前の力の発現んげっ!?」


 ヨビソン爺さんは何時ものように真っ二つになりながら、しかし少し困ったような顔をするだけである。「いやめっちゃ痛いんじゃが」だまらっしゃい。これでも加減をしている方なのだ。いやマジで。


「まー効くとも思っとらんかったがな。しかしこれではっきりしたの。これは超常存在には手も足も出ず、弱者を食い物にするだけの呪物じゃ」

「そういやどういう流れでそんなのが流れ着いたんだよ。ボトルメールか?」

「そうじゃよ。古式ゆかしい方法じゃ」


 絶対嘘だ。


「まあ、可愛い可愛い儂の部下達からの相談じゃ。原因不明の昏倒に、活発化した一部のテロリスト共。事態の解決のために送りつけられたのじゃ」

「随分下世話な組織じゃねえか。透視眼鏡を騙って送りつけるとかクソしょうもないな」

「寧ろしょうもない方が良かったんじゃないかのう? んな物に引っ掛かる奴は精神薄弱、魂は軽薄。加えて原因と思しき代物も周囲からは隠すじゃろうし」

「詐欺サイトに引っ掛かる中学生かよ」


 というか、インターネットが魔法になっただけでその流れを汲む詐欺なのかもしれん。現代の詐欺は金じゃなく魂や精神を持って行くのかぁ……。


「ま、そんなつまらん詐欺も今日で終わりじゃ。カワセミ、それを返せ。集合する精神に特級の毒を紛れ込ませてやる」

「だからマムロ先生探してたのか……。まあこんな情報を入れたら頭ぶっ壊れるわな」

「いや疲れているのに酷いですね……。何ですか? 決めポーズでも取りましょうか?」

「飛びっ切りのを頼むぞ、マムロ先生」


 そう言ってヨビソン爺さんは眼鏡を掛けた。割と似合っている。そしてビシッとグチャッとベロンベロンバアブウとポーズを決めたマムロ先生を視界に捉え、「よし」と頷いた。


「送信完了。今頃集合意識はぶっ壊れておるじゃろうな。儂だってちょっと吐きそうじゃったし。つか吐いていいかの?」

「被害者の皆さんの頭もぶっ壊れてそうだけどな」

「大の為に小の犠牲は必要不可欠、と言いたいところじゃが、まー儂の部下達は可愛いもんでの。被害者救済は任して良いじゃろう」


 そう言ってヨビソン爺さんは眼鏡をへし折り、虚空へと捨てた。何時ぞやの空間魔法である。空間魔法をゴミ捨てに使っている奴初めて見たわ。


「そういや爺さんの部下ってどんな奴等なのさ」

「聞いて驚け。三百人委員会の五十人くらいじゃ」

「やっぱあんた碌でもねえわ」

「魔王じゃからの!」


 爺さんはげらげらと露悪的に笑った。これも嘘なのか本当なのかが分からんのが一番碌でもないのである。



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