第2話 ラーメンをくれ
出る意味は全く無いが、流石に今置かれている状況は把握する必要がある。そんな思いから、俺は情報収集を始めた。対象となるのは主に本である。
何故ならば、ここは残念なことにインターネットが通じてない。こちらから干渉できるものはダメらしい。
成程、やはりここは牢獄、敵地というわけだ。油断大敵、心を引き締めて臨まねばならないだろう。
「『アニメもお楽しみに!』……? ちょっと待てこれアニメ化したの!?」
「お前ここに慣れるの早いの」
ヨビソン爺さんがぼやくようにそう言った。漫画を読む俺の隣の椅子に腰掛け、パラパラとつまらなそうに週刊誌を捲っている。
「実際、外の世界とか気にならぬのか? カナナナの言葉によるなら、お前は十年ものの浦島太郎じゃ。それも元々は表の奴。慌てぬのか?」
「なぜなぜ期はとっくに卒業してるんでね。こういう時に質問して真実が返ってきた事がない」
「答えじゃなくて真実とは。お前も苦労してきたということかの」
ゲラゲラと嬉しそうにヨビソン爺さんは笑う。おう、苦労してきたぞ。もっと労りやがれ。
「人見翡翠。都内守之町の片隅に在住。家族構成は両親と父方の祖父母で、兄弟姉妹は居ない、と……」
「カナナナくんには今度、個人情報の大切さを教えなくちゃならんな」
「カナナナは関係ないぞ。いや、言えば教えてくれるだろうがの」
「ほれ」とヨビソン爺さんは俺に新聞を投げて寄越した。それは虚空から現れたが、そうではない。空間魔法の一種か。外と通じていやがるな。
「脱獄すりゃ良いのに」
「封印を解かにゃあ出られんわ。部下にこんな情けない姿見せたら一気に求心力が落ちる。儂は部下の前じゃ便所に行ったこともないのじゃぞ」
「お爺ちゃんはアイドルかぁ……」
そう下らなく呟いて、俺は新聞を見た。日付は2020年4月10日、俺が異世界に転移した十年前のその日である。その一面には、この様な見出しがあった。
『守之町で爆発事故 死者・不明、千人超』
『原因不明 深夜の爆発』
「……ふうん」
どおりで、町の様子が見慣れないものになっていると。
「異世界召喚って話が真実ならば、それは界と界を接触させる大魔法じゃ。人の千や万、町の一つ二つ吹っ飛んでもおかしくはないの」
「吹っ飛ぶ前に死んでたけどな。発動のリソースとして」
「ほおう」
だからぶっ殺した、と言うわけではないが。実際ノリと勢いでぶっ殺してしまったが、その後にぶっ殺す理由が出てくるのだから困りものである。
「なんだ、堪えないか」
ヨビソン爺さんはつまらそうに唇を尖らせた。性格悪いなあ、この爺さん。ちょっと慌てさせたくなったので「カナナナくーん」と呼んでみる。すると本当に来た。マジか。
「あれ、カワセミお兄ちゃんとヨビソンお爺ちゃん。朝早いね? ぼくはまだ眠いよ」
「カナナナくんこそ、パジャマ姿でどうしたんだい。それこそまだ朝の五時だぜ」
「喉が渇いたから水を飲みに来たんだ。でも、話してるなら混ぜてよ!」
ラウンジの給水器からコップに水を注ぎ、カナナナくんは俺達が着いている円卓の椅子を引いて座った。ふわあと欠伸をしてまだ眠そうである。それでも楽しそうに俺を見つめた。
「それで、何の話をしていたの? ああ、カワセミお兄ちゃんの家の事だね! みんな死んじゃったよ! 表では地中のガスが引火したことになってるけど、裏では召喚魔法だと見抜いて、この事件を切っ掛けに異世界の存在を掴んだんだって!」
「あっ、掴まれてたの? だったら救援の一つでも寄越せば良いのに」
「そりゃ儂が世界中煽って戦争してたからのう。そんな事に割く余裕はない」
「なんてこった。ここに来て黒幕が正体を現わしやがった」
マジでびっくり。俺の十年間にヨビソン爺さんが関わっていたとはな。ちょっと辛い。何が辛いって怒り狂って飛び出そうとする聖剣ちゃんを押し留めるのが辛い。もう全部終わったことだろ。
「うわなんじゃその悍ましい気配。気持ち悪っ」
「気持ち悪くなんかないよ。良い子だよ。良い子だから大人しくしてくれよ。今度ゆっくりと研いで上げるからさ」
「ぼくには遠すぎて見えないや。それってこの世に本当に存在するの?」
「まあ存在しないけど。空想とかじゃなくて物理的な……いや概念的な? 意味で」
クソ女神が居た場所に置いてきたからな。って空間を切り裂いて飛んでくるんじゃありません。どうどう、どうどう。あーもう剣気を飛ばさない。ヨビソン爺さんが真っ二つになっちゃったでしょうが。
「凄え、今、概念的に斬られたぞ。どんな剣じゃよ。くれ」
「それでアンタは死なないのね」
「ヨビソンお爺ちゃんはね、どんなことをしても死なないからここに封印されたんだよ! メルニウスお姉ちゃんと同じ……あっ!」
「敵かっ! 我が先頭に立つ!」
その時、ガチャガチャ音響かせてメルニウスが飛んできた。寝るときくらい鎧脱げよ。寝癖凄いぞ。
メルニウスは抜刀し虚空を睨んだが、「ふむ」と一つ呟いて剣を仕舞った。
「なんだ。敵かと思ったが乙女ではないか。痴話喧嘩に我を呼ぶでない。いや、望まれれば一筆、仲裁に書き添えはするがな。書いてやろうか?」
「聖剣ちゃんは文字を読めないし言語も使えないので要らない。あーいや、乙女って言われて嬉しそうだからやっぱ書いといて」
「よし。羊皮紙を用意せよ、ヨビソン!」
「ありゃせんわ」
そんな風に騒いでいる内にラウンジに取り付けられた古時計がボンボン鳴り始めた。針は六時を指し示している。「体操の時間だ!」とカナナナくんが廊下へ飛び出した。
「ここは毎日夏休みかい?」
「出席カードはないがの。ほれ、机を運ぶのじゃ」
「こうなればマムロに用立てるとするか……」
言いながら、二人と一緒に机を端に寄せてスペースを作る。その内にマムロ先生とみそぎさんが現れ、そしてカナナナくんがオワリちゃんの車椅子を引いてやって来た。
「朝の体操の時間だよ! おはようの時間だよ! ぼくはまだ眠たいけど」
「……おはようございます」
皆揃ったのを確認し、マムロ先生がぬるりと辺りを眺める。眺めてんのかな? 眺める必要ないだろ背中にも目が着いてるのに。
「おはようございます皆さん。では、今日も元気にやっていきましょう」
「カワセミさんは初めてですから、マムロ先生の動きをお手本にして下さいねえ」
「触手の化け物に動きを合わせられるかな? 不安だぜ」
「腕は二本しか使わないから安心して下さい」
そう言って、マムロ先生がぬるりと手に持ったラジカセのスイッチを入れる。チャンチャカチャンチャカ聞き覚えのあるメロディが鳴り、揃って身体を動かし始めた。オワリちゃんも上半身だけは動かしていた。意外と律儀だなこの子。
体操が終わった後は朝食の時間である。昨晩のスパゲッティを炒め、トーストに挟んだものをコーヒーと共に食す。大変美味しい。しかし一堂に会してみると食事の仕方も様々である。
ヨビソン爺さんは俺と同じく週刊誌片手にかぶりついているが、メルニウスなどはわざわざナイフとフォークを使って上品に食している。マムロ先生はトーストサンドを丸ごと掴んで触手の中に頭から入れていた。気持ち悪っ。
一方で微笑ましいのは子供二人である。みそぎさんに一口サイズに切り分けて貰ったものを小さく口にしている。気が利いているなあ。
「美味しい! いつもありがとね、みそぎお姉ちゃん!」
「……ありがとうございます」
「ここの食事はみそぎさんが作ってるんですかね?」
「そうですよう。カワセミさんも、食べたいものがあったら言って下さいねえ」
「寿司! ラーメン! ケーキ! アイスクリーム!」
「……ふふ、子供ですね」
しょうがないでしょずっと食えなかったんだから。この際ラーメンはインスタントでも良いぞ。
と言うか店のとは別にインスタントも食べたい。インスタントが食べたい。分かる? この感覚。
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