異世界から帰ってきた勇者、監獄にぶち込まれる
生しあう
第1話 帰ってきて一番嬉しかったこと
異世界から帰ってきたら精神病院にぶち込まれた件について。
そんな二昔前のスレタイみたいな、或いはラノベのクソ長タイトルみたいで笑っちまうが、それが現実に起こっているのだから笑えない。
いや笑えるのか。なにせ俺を担当する先生は触手の化け物である。もう一度言おう。触手の化け物である。帰還して暫くは散策出来たが、町の景観は随分代わっていても元の日本そのままだったぞ。何時から日本は現代異能ものになりやがったんだ。
「いや元からですよ。元から世界には魔法も怪物も居たのです。表向きには隠されていましたがね」
「じゃあ俺の異世界転移も真実じゃねえの? なんで精神病院にぶち込まれてるわけ?」
「妖精境への神隠しはあれど、異世界で十年も魔王を殺し続けたなんて、精神的異常を疑うのは当然ですよ」
どす黒い触手の化け物ことマムロ先生は、九本の腕でカルテを捲り、七つの目玉で見つめながら溜息を吐く。いや吐いてんのか? 声はするけど口も顔もないから分からねえ。
「特級の精神異常ですね。私の姿を見て発狂しないことがその証左です。何故貴方は、触手の化け物と相対して悲鳴の一つも上げないのです?」
「そんな奴等、異世界じゃ日常茶飯事だったぜ!」
「はいはい」
マムロ先生は慣れた様子でカルテに文字を書き加える。というか医者を病気のテストに使ってんじゃねえよ。発狂者が更に発狂したらどう責任を取るつもりなんだ。
というか、ここ本当に病院なの? 地下にあるから全然日差しが入ってこないし、入口は鉄の扉で閉じられたし、病院って言うか牢獄だろここ。異世界で何度かぶち込まれたところと雰囲気がよく似てるわ。流石に看守は触手の化け物じゃなかったがな。
「マムロ先生。5号室の整理が終わりましたよう」
「ああ、ありがとう、鎌倉くん。それでは人見さん、ゆっくり治していきましょうね」
「上の奴を出せ! 俺は勇者だぞ! まあ結局は首になったから元だけどな!」
「うう……可哀想に……」
そう間延びした声でさめざめと泣くのは急に室内に入ってきたナースさんである。いやナースさんなのか分からん。だってショッキングピンクの看護服なんてコスプレでしか見たことねえし。だけど美人さんだから様になってらあ。髪の毛も目もピンク色だけど。
「でも、この鎌倉さんって人も病人じゃないんです? だって発狂してねえじゃん。いや逆説的に発狂してることになんのか」
「論理的思考は可能、と……。鎌倉くんは特殊な訓練を受けているので大丈夫ですよ」
「気安く、みそぎさんで良いですよう。これからよろしくお願いしますねえ、人見さん!」
「俺も気安く、崇高にして最高の元勇者様カワセミ・ヒトミで良いですよ!」
「よろしくお願いしますねえ、翡翠さん!」
うーん、スルースキルが素晴らしい。とてもショッキングピンクの看護服を着ているとは思えぬほどである。
そうして俺達は診察室を出て、ぐるりと廊下を渡りながら5号室と書かれた病室に辿り着いた。相変わらず窓は一つもないが、意外と清潔である。真っ白な室内には真っ白なベッドがある。それだけである。殺風景だなあ。
「欲しいものがありましたら、何時でも言って下さいね」
「テレビとゲームと漫画!」
「そういったものは他の患者さんとの共用になっていますので、よければラウンジをご案内しましょうか?」
「俺以外にも勇者がいたのか……こりゃ吟遊詩人が必要になるな……」
「どちらもいません」
「丁度、ラウンジに集まっているようですね」とマムロ先生は金属質の床をぬるぬるぬめりながら進んでいく。院内はラウンジを中心として各部屋が放射状に配置されており、その放射状に伸び出た部分をぐるりと繋いでいるのが今歩んでいる廊下である。パノプティコンみてえな構造してんな。
しかし雰囲気は牢獄そのものだが、意外と住み心地の良さそうな場所である。廊下は金属質で冷たい印象を覚えるが、錆も汚れもなく清潔だし、間断なく設置された照明は冷たく明るい。
何より廊下を抜けて開けた先、ラウンジの様相は中々だった。
ドーム状に開けた一室には三つの円卓と椅子が配置されており、端には大型のテレビと本棚が設置されている。床には深緑色のクラシックな絨毯が敷かれ、ここだけは照明も冷たく見えなかった。
「みなさあん、新人さんを連れてきましたよう。仲良くして下さいね」
みそぎさんの声に顔を向けたのは四人である。少年と少女に、若い女とお爺ちゃんだ。「全員集まっているとは珍しい」とマムロ先生は言ったが、これで全員なの? 規模の大きさに対して収容人数が少なくない?
「まぁた狂人が増えやがったのかのう」と開口一番に失礼なことを言いやがったのはお爺ちゃんである。長い白髪をボサボサに伸ばしたその姿は、身につけた病院着も相まってマッドサイエンティストそのものである。何よりも目がヤバい。ありゃ狂人の目だ。
それに続けて「狂っていようがいまいが、我が臣民になるからには、相応の試練を受けてもらうぞ」と言ったのは若い女である。訂正、ゴテゴテとした赤金の鎧を身につけて、王冠を被った若い女である。緋色のマントまで付けてらあ。
「うわあ凄いや! この人勇者だよ! 勇者!」とキラキラとした目で駆け寄ってくる可愛い男の子だ。歳は十歳ぐらいかな。「九歳だよ! ぼくの名前はカナナナ! よろしくね、カワセミお兄ちゃん!」うん。なんで頭の中を覗けるのかな?
何も言ってこないのは少女だけだ。全身包帯ぐるぐる巻きで車椅子に乗った彼女は、真っ白な目で俺をじっと見つめている。表情は能面のように変わらない。あー俺こいつ嫌いだわ。
「なんでそんな事を思うのお兄ちゃん! オワリお姉ちゃんはいい人なんだよ! お菓子だってくれるんだから!」
「うへえ、こやつ初対面の相手を嫌いやがったわ。クズじゃの。嫌いじゃないぞ」
「試練の前に罰を下すことになるやもしれんな……」
どうやら俺の第一印象は悪い形で終わったらしい。というか何なのこいつら。碌でもなさそう感が凄いんだけど。引くわ。
「では、紹介しましょう。この人は人見翡翠さんです。自分を勇者と思い込んでいる人です。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」
「元勇者ですよ。それはともかく、どうもー」
マムロ先生が触手の一本で俺を指し示して言った。それに疎らな拍手が起こる。カナナナくんだけが一生懸命拍手してくれた。
「で、そちらのお爺さんが、自分を世界最悪のテロリストだと思い込んでいる人で、ヨビソン・ロトゥムさんといいます」
「テロリストじゃなくて魔王じゃ。後で新聞を見せてやる。儂が世界を震撼させた日の新聞をな」
ヨビソンお爺ちゃんはニヤリと笑って本棚を示した。そこには小説と漫画が並んでいるくらいで新聞なんかないぞ。
「そちらのお嬢さんが、自分を古代に滅んだ帝国の皇帝と思い込んでいる、メルニウス・メィソン・ドンドリウム・マールギ・カンドランドさんです」
「カンドランド王朝はマールギ家に生まれしドンドリウムの異名を取った幼名メィソンのメルニウス帝なるぞ。わざわざ説明してやるとは、我はなんと慈悲に溢れた皇帝であろう!」
そう言って名前クソ長姉ちゃんは金色の髪を靡かせる。そんな王朝聞いたことがないぞ。
「元家仮名々々くんは、自分が世界の真実を見分けることが出来ると思い込んでいる子です」
「そういうことにしているんだって!」
カナナナくんは腰に手を当てて胸を張った。髪の色は黒なのに、目だけが異様な金色に輝いている。
「尊神終さんは、自分が神様だと思い込んでいる子です」
「……よろしく、おねがいしますね」
ぼそりと囁くように言って、能面をにこりと歪ませた。しかし、その目には何も映っちゃいない。ここじゃない世界を見つめていやがらあ。
「では皆さん、これから仲良く一緒に過ごしましょうねえ」
みそぎさんがそう言って、にこにこと俺の顔を窺う。
……うん。まあ。色々言いたいことはあるけど。まず一つ。
「ここマジで病院じゃなくて監獄じゃねえか! 厄介者の掃きだめじゃねえか!」
「ようやく気付きやがったか勇者。ここは厄の捨て場、流し場よ。ここに来ちまった時点で、お前はもう終わりじゃ!」
ゲラゲラとヨビソン爺さんが笑い、「否! この地は帝国の領土なり!」とメルニウスが叫ぶ。「ぼくたちは一生ここから出られないんだってさ!」カナナナくんが快活に言った。
「えぇ……なんでこんなところに……俺なにかした? こんな奴等と同じ場所にぶち込まれる謂れってある?」
「こんな奴等だと? 不敬だぞ貴様!」
「応ともよ。儂からすれば貴様こそただの狂人に過ぎぬわ」
んなこと言われても。だってこいつらが言ってること多分本当だぞ。ヨビソン爺さんは萎れた身体に思い切り封印の気配が存在するし、メルニウスの鎧は異世界のそれに比しても最上級の出来である。
カナナナくんはどこからどう見ても本物だし、オワリちゃんは俺がぶっ殺した女神に雰囲気がよく似てるわ。つまり全員マジモンじゃねえか。
「うーん。あれだけ嫌だった異世界に早速帰りたくなってきた。王様も俺のこと心配してるだろうしなあ……」
「嘘はいけないよお兄ちゃん! 王様はお兄ちゃんが殺したんでしょ!」
「人の心は勝手に覗いちゃいけないんだぜボクゥ?」
「知ってる! でも勝手に口が動いちゃうんだ!」
「あはは!」とカナナナくんは楽しそうにくるくる回る。それにヨビソン爺さんが「ヒューッ」と口笛を吹き、隣のメルニウスを小突いた。
「カナナナが言うって事はマジじゃぞ。ええ? どうじゃ皇帝様。王殺しの罪人が目の前にいるぞ?」
「他国の王を殺すとは、我が近衛兵へとなるに相応しい実績である!」
「あっそ。つまらんのう」
「……人殺しなんですか?」
「人殺しじゃなくて元勇者な、女神様」
「……女神じゃないですよ、ふふ」
んなこと言ってもあのゲロ吐くような雰囲気がギラギラ溢れてるじゃねえか。他の奴等はそうでもないが、オワリちゃんだけはちょっと嫌いである。いや本人は悪くないんだけどな。
「しっかし、どうしよっか。もうこっから脱獄しようかな」
「ええー、せっかくお部屋を掃除したんですよ。使ってくれなきゃ無駄になるじゃないですかあ」
「医者の前で脱走を企てないで欲しいですね。そういうのはこっそりとやって下さい」
マムロ先生もみそぎさんもズレたことを言ってくる。ここに居たら本気で気が狂いそうで嫌だな。もう聖剣召喚して抜けだそう。
と、思ったが気が変わった。それは本棚とその横のゲーム機を目にしたからである。
「……ちょっと待て、このゲーム、続きが出てたのか!? それと次世代機完成してたの!? あのこの漫画完結したのかよ! 作者死んだんじゃなかったの!?」
「あっ、面白かったよそれ! 特に戦闘で新しく……」
「あっ言うなこら!」
「むぐぐ」
慌ててカナナナくんの口を塞ぐ。びっくりした。異世界から帰ってきて一番びっくりした。続きを望んだり、そもそも続きがあるとすら思ってなかったものが、目の前に燦然と輝いている。
「10年、10年か……。そうか、10年分の漫画とゲームが溜まってるよなあ……!」
「脱走するなら儂の封印を解いてからにしろよ。今度こそ世界を征服してくれるわ」
「我も新たに臣民を募らなくてはな……」
「馬鹿野郎逃げ出すわけねえだろ! こっから逃げ出したらゲームできねえじゃねえか!」
こちとら数少ない心の支えとしてずっとそれを思い続けてきたんだぞ。不自由は嫌だが、面倒なのはもうこりごりだわ。そしてゲームと漫画がある環境は不自由とは言わないのだ。
いや、この世界のことは気になるけどな。だけどゲームできるならどうでも良いわ。寧ろ引きこもるには最適な環境である。
「よしまずは俺のパリィ捌きを見せてやるぜ!」
「貴様、誰の許可でテレビを占領しようとしている。今日は我が見たい番組を見る日なのだぞ!」
「ジャンケンパー! 俺の勝ち!」
「貴様ぁっ!」
「……ふふ、子供みたいですね」
全力で飛んできた斬撃を片手で押し留めながら、俺は懐かしくタイトルが表示されるのを眺める。これだよこれ! このワクワク感最高だよな! なあ!
結局、その日は一日中をゲームして過ごした。夕食として出てきたトマトスパゲッティも大変美味しく、二度もおかわりをしたのだった。
その後は腹一杯になったので風呂入って寝た。ベッドは柔らかく、空調も程良く効いていて、ぐっすりであった。
小学生の夏休み日記みてえな感想である。それ程までに充実した一日だった。
……うん。ここ出る意味、全くねえな。
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