第45話 蒼龍の護り

「その時?」

 ごくんと生唾を飲んだ小蘭に、碧衣はニヤリと笑った。

「現れたのよ、あんたの皇子様」


————


 あんた、運が良かったわ。

 鎮火の指揮をしていたのが、蒼龍皇子だったのよね。


「どうした、何があった」

「ああ皇子様、お願いします、助けてください、小蘭が」

 私が動くより先に、尚真が彼に縋りついたわ。


「やめんかっ、やめなさいっ」

 宦官達がこぞって引き剥がそうとするのも構わずにね。

 蒼龍皇子は冷静だった。


「待て、何か話があるようだ。

 君は確か、小蘭とよく一緒にいる子だな。どうかしたのか?」


 膝を落とし、目線を合わせて話す彼に、パニック状態だった尚真は少し落ち着いた。

 そこで私、横から話に割って入ったわ。だってあの子ったら、男とまともに喋れないんだもの。

 私は手短に経緯を話した。

 そうしたら彼、どうしたと思う?__


 彼女は恍惚とした表情を浮かべ、一人で頷いてみせた。

___________


「分かった」

蒼龍皇子の表情が硬く変わっていった。


「お、皇子、いけません、お怪我をされます!」

「大丈夫だ、そこをどけ」


 彼は兵士が止める手を払って、まだ周りの草が燃え盛っている中を扉に向かって歩いていったわ。

 それから、閂にしてある太い木杭を確かめて。その時それは、真っ赤になって燃えていたのに。

 彼は、腰の珮剣を抜き取って呼吸を整え、そいつを一太刀で。


ドサッ。

 ________________


「どさ!?」

「そう、真っ二つに切り落としたの。扉の隙間が開いて、煙で真っ白になった中が見えたわ」


_________


「中に人がいる。救助するぞ」

「はっ」

 それから彼は、兵士達に命じて扉を開かせ、自ら中に入っていこうとした。


「いけません、わ、私めが」

 口ではいいながらも、兵士達が尻込みしているのは間違いなかった。


 すると___

「俺がいく。中にいるのは、俺の大事なひとだから」


___________


「だってさ!ねえねえ、聞いてよかったでしょ、ねっ?」


「分かった!分かったから。それでどうなったの?」


「ちぇっ、何よ。もっと喜ぶと思ったのに。

 私たちは、成す術もなく見守っているしかなかったわ。

 暫くしたら炎の中から、ぐったりしたあんたを抱き抱えて、蒼龍皇子が出てきた。


 倉の中は煙が充満していたけど、幸い火は回ってなかったし、あんたもうつ伏せで口を覆っていたようだから、大きなダメージはなかったみたい。

 でもね。あと少し遅かったら、危なかったって春明先生が仰ってたわ」


「ふーん、そんなだったんだ」


 つまり自分は、蒼龍がたまたまそこにいたから助かったってわけだ。

 にしても、"大事な人"って、"抱き抱えて"って……


 つい頬を緩めた小蘭に、碧衣は急に真面目な顔つきをした。


「まって、喜ぶのは後。この話にはまだ続きがあるの」


 芯だけになった林檎を窓から放り投げると、碧衣は、怖い顔をした。


「その場には、凜麗達も来ていたわ。真っ青な顔して、震えながら立っていた。

 蒼龍皇子は、あんたに息があるのを確かめると、真直ぐに彼女のところに歩いていって__


パンッ」


「ひっ」


 破裂音と同時に、彼女は両手を合わせて打った。


「"人の命を、何だと思っている!"

__って、彼女の頬を張ったのよ」


「あ」


 その言葉は、覚えている。

 朦朧とする意識の中で、最後に残っていた記憶。あれは、蒼龍の声だったんだ。


 碧衣が笑った。

「あのプライドの高い凜麗が、その場で泣き崩れたわ。皇子に平伏して『申し訳ございません』って何度も。

 それでも皇子様は怖い顔をしたまんま。暫くすると、彼女を振り払うようにして、あんたをこう、抱いたまま去っていったの。

 ホーント、ざまあって感じよ」


 しきりに横抱きのマネをする碧衣姉さんを軽く無視し、小蘭は腕を組んで考えた。


 凜麗が犯人だってこと、蒼龍はちゃんと解っているんだ。


 でも。凜麗の気持ちも少し解る。

 彼女は、私がここにくるずっとずっと前から彼のことが好きなんだ。突如現れた恋敵の私を、燃やしてしまいたいくらいに。


 そんな凜麗と、息子の蒼龍から奪ってまで藜妃様を欲した天子様。


「ヒトを好きになる気持ちってさ、ある意味狂気に似てるかも知れない。少し怖いよね」


 ポツリと呟いた小蘭に、碧衣もふと天井を見上げた。


「そうね、そういう面も確かにあるかも。

でもさ」


 彼女が語気を強めた。


「本当に想いが深ければ、ちゃんと相手のコトを考えて行動するはずよ。

 私なら、好きな人に困った顔は絶対させたくない。

 ま、皇子のあの剣幕じゃあ、凜麗は望み薄ってとこね。さてと」


 碧衣はゆっくりと立ち上がった。


「あんたが目覚ましたこと、春明先生にお伝えしなくちゃ。

 後で尚真にも詫び入れにこさせるわ」


“じゃあ、またね”

 手を振りながら、碧衣は病室を出ていった。

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