第42話 雲流

「うわキモッ、何あんた、そんな趣味あったの!?」

 小蘭が憎まれ口を叩いた刹那。


 ドオンッ。

 強い衝撃とともに、小蘭の身体は突き飛ばされた。

 

「痛った……」


 そこは、薄暗い建屋の中。

 さっき目印にしていた宝物庫だ。

 置いてあった木箱にしこたま腰を打ち付けた小蘭は、積もった埃が舞い上がる中、ヨロけながら半身を起こす。

 引き戸の隙間から意地悪そうな顔を見せていた雲流が、それを見てニヤッと嗤う。


「ちょっと、何するのよいきなり」


 小蘭が大声を上げると同時に、ガラガラと重たい音がした。

 とともに雲流の顔が消え、一瞬で外界の光が閉ざさされる。

 ガチャンと閂のおりる音。


 驚く間も無く、扉の向こうから下卑た声が聞こえてきた。


「はっはあっ、悪く思うなよ小蘭。

 さるお方からのたってのお願いだからなぁ~。皇子様の遊び女に『ふさわしい居室』を、ってさ」

「は?何それ。ふざけてないで早く開けなさいよ」

「やーなこった。

 ま、お前さんが、あちらさんより素敵な見返りをくれるってんなら話は別だけどさ。

 ケケッ、凜麗様は気前のいい方。こんな簡単な仕事だけで、巾着いっぱいの金子を下さった」


 じゃらじゃらと巾着袋を振る音がする。

 バカなヤツ。

 嬉しすぎて、うっかり名前を漏らしてんじゃない。


 卑怯だわ、凛麗のヤツ!


 小蘭は、ぎゅっと唇を噛み締めた。


「あんた、お金もらって、こんなことして。どうなるかわかってるのっ!?」


 当然、宮廷内で不当なお金を貰うことは、皇后様が厳しく禁じている。

 現実は、宦官の間での賄賂は横行しているとしても、ばれれば死罪すらありえる。


「くひひ、お前、あたしがそんなヘマをやらかすとでも思うのかい?

 お前ごときが凜麗様の不名誉を訴えたって、曹丞相が揉み消して下さるに決まってるだろ」

「開けなさいよ、こっから出せ!開けてっ」


 ふらつく脚を凭せかけ、ドンドンと叩くも、重たい鉄扉は空しく響くだけで、びくともしない。


 喚き散らす小蘭の様子が雲流には面白いらしく、扉の外から甲高い引き笑いが聞こえてきた。


「開けて!開けろ、開けなさーーい。


……………。


開けてよ、ねえ」


 しばらくして、小蘭が扉をたたく元気もなくなった頃。


「じゃあなチビ。可哀想に、友達にまで裏切られちゃって。まあ、いつか誰かが、愛しい皇子様が気づいてくれるわさ。

 もっともその頃、まっ白な骨になってなきゃいいけどな、キヒヒッ」


「この、卑怯者……」


 小蘭は、暗くて狭い場所があまり得意でない。遠ざかりかけた足音に、急に恐怖を覚えた。


「ま、待ってったら雲流、ねえ助けてよ」

「んん、今何つったぁ~?」


 嬉しそうに聞き返す声に、怖気おぞけを立てながらも、小蘭は雲流に懇願した。


「助けてって、そう言ったの。ねえ、お願いだから助けてよ。雲流」

「ほうほう、生意気なオマエが、俺にそんな口を聞くなんてな。そうか、そーーんなに言うんだったら__」


 カチャリ。

 閂を外す音がして、一筋の光明が射した__


 気がした。

「なーんちゃって。ウ・ソ。

 ヒャーハッハッ、んな訳ねえだろ。お前と凛麗様じゃ、格ってもんが違うんだ」


「くそっ、地獄へ落ちろ、この鼠野郎っ」

「あーっはは、気分がいいねえ、今日は祭りみたいだ。そうだ小蘭、オマエにはこれをあげよう。ほいっと」


 パパッ、パパン、パパパパパーンッ。


 爆竹だ。軽い爆発音に、小蘭は耳を塞いだ。


 こんなもの、別に怖くはないけれど。


 ひとしきりの爆音が終わると、雲流の汚い嗤い声は、無情にも遠ざかっていった。

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