第37話 蒼龍と凛麗

「えっと、そんなことはないんじゃない、かなー」

 

 蒼龍は、ひどく苦い顔をした。

「だってあいつガキの頃、すげえイジワルだったんだぜ?

 一緒に並んで絵描いてた時とかさ「わたしのほうが上手い」って謎に競ってくるし。廷内でばったり会った時もガン無視だしよ」

「いやそれは、きっと恥ずかしかったんだよ」


 小蘭にも、似たような経験がった。小さな頃に好きだった兄が優しくしてくれた時なんて、わざと冷たい態度をとってしまったものだ。


「それだけならそうかもしれないが。

 初めて会った時もさ、子どもながらに「うわあ、すげえ綺麗な子」だって思って。

 俺、嬉しくってさ、握手しようって思ったんだ。

 でも、満面の笑みで「君が凛麗?」って手を出したら、すぐに扇で顔隠して。

 「女の子の手を握ろうとするなんて、はしたない」だってさ。

 その手をぶらぶらさせてるしかないガキの頃の俺、めちゃ惨めだったぞ」

「う~ん」


 いかにも彼女が言いそうな台詞だ。

 小蘭が思っている間にも、蒼龍の話は続いてゆく。

「それからもそんな繰り返しで、極めつけは、10歳頃のことだ。

 俺ら皇族や貴族の子は、一同に集められて宮廷教育を受けてたんだ。7から12歳くらいまでかな。凛麗のやつ、そこでも俺の仲間にちょっかいだしてきやがった。

 中に、その頃好きだった女の子がいたんだが。あ、妬くなよ、ガキの頃の初恋ってやつだから」

「は?別に妬くとか無いですけど」

「あっそ。いや待てよ、初恋はその前のあの子だったかな、それとも」

「はいはい、誰でもいいから本題入って」

「ちぇっ、つまんね。まあ、相手も満更でもなく、いわゆる両想いで、周りもそんな感じで持て囃していて。でも、凛麗にはそれが気に入らなかったんだろうな。

 その子がひとりでいる時に、取り巻き連中でわっと囲って、その子の頭の上から籠いっぱいの毛虫をぶっかけたんだ。かわいそうにその子、顔が2倍くらいに腫れ上がって。治った後も痘痕が残ってな、可愛い子だったからよけいにショックだったんだろう、もう二度と俺には会わないって言いだしたんだ」

「それは」

 酷い。単に嫉妬だったとしても、十の子どもが、それはやりすぎだ。

 あいつ、「一々嫉妬したりしないわ」なんて言ってたくせに、めちゃくちゃ嫉妬深いじゃないか。小欄がちょっぴり意地悪なことを考えている間にも、蒼龍の話は続く。


「で、さらにその後すぐのことだ。

 俺達仲間で、犯人を見つけて謝らせようってことになったんだ。被害にあった子は、もうこんな怖い思いはしたくないって、絶対に犯人を言わなかったからさ。

 俺達の中に、貧しい士官の家の出の奴が一人いた。幼い頃からの才を買われて、一緒に教育受けてたんだ。

 義憤を感じたのかその子のために一生懸命証拠集めしてさ、とうとう犯人を「凛麗とその仲間だ」って突き止めたんだ。

 皆の前で糾弾したソイツに、凛麗、何したと思う?」

 ここまで聞けば、ろくなことではないとわかる。黙って頷く小欄に蒼龍は言った。


「どうみても明らかな証拠があるにも関わらず、"私じゃない"って言い張って、ソイツを思いっきり突き飛ばしたのさ。

 まるで芝居の一場面みたいに、ソイツは仰向けに倒れていった。悪いことに、そこにあった切り株の枝がぐっさり刺さって…一生直らないくらいの大怪我を、耳に負ってしまったんだ。

 その後も凛麗がふたりに謝ることなかった。

 どころか__

 そのすぐ後、彼女の家もそいつの家も、急に親父が国のはじっこに飛ばされて、俺達は二度と会えなくなった。人事には、あいつの父親が手を回したって専らの噂だ」

「え…その二人は、じゃあ」


「ああ、今は元気だよ。流石に怪我は残ったけど、それが縁で大きくなって結婚したんだ。少し前に試験に受かって官職も得た。今はこっちに住んでいて、俺ともまた仲良くしてる。めでたしめでたし、ではあるんだけど……

 もしこれが君だったら、こんなことをするか?

 だって、仲間ツレにそんなことをされたら、嫌うに決まってるじゃないか。

 確かに、好きな相手に自分より仲良くしている奴がいれば、「面白くない」くらいとは思うけど。

 だから、あいつは俺のことが好きなんじゃない。

 俺の「皇太子」の肩書が、次期皇帝の正妃って立場が欲しいだけなんだ。

 そんな女を正妃にする気はさらさらない」


 きっぱりと言い切った蒼龍に、小蘭はもう何も言えなかった。

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