第36話 小蘭の葛藤

 とは言ったものの。

 部屋に戻った小蘭は、すぐさま後悔することになった。

 絶対に無理だわ。

 あの場では、つい皇后様の真心に絆され、胸まで叩いてしまったが、あの蒼龍を説得するなんて、不可能だ。

 いつものようにのらりくらりとかわされるに決まってる。


「小蘭さまーーー、どうでしたかご首尾はーーーっ」

 小蘭が部屋に戻るなり、猪のように猛烈な勢いで駆け寄ってきた婆やは、


「うーん、別に。凛麗とか、ほかの妃達とも仲良くしなさいってさ」

「なーんだ、深刻な顔をなさっておいでだから、また処刑宣告でもされたのかと思いましたよ。

 なーに、他の妃なぞ。蒼太子と小蘭様があまりに仲睦まじくいらっしゃるから、妬いているのですよ。せいぜい見せつけておやんなさい!」

 ゲラゲラ笑いながら小蘭の背を強く叩いた。


 皇后様のオフレコの話を漏らしたら、それこそ処刑されかねないと、適当に誤魔化したつもりだったのが、思わぬ方向へ話がいった。


 思わず噴いた小蘭に、婆やはすかさずおやつを差し出す。


「そんなお小言ぐらいなら万々歳。

 さあさ、今日の飲茶は南海の海老焼売を召し上がれ」


 自国の姫が一番愛されていると信じて疑わないうえ、自分に出した海老焼売を、無意識につまみ食いしている。

 あまりに呑気な婆やの姿に、小蘭は、もう悩むのもバカバカしくなってしまった。


 そうよ。私の小さな頭でどんなに悩んだって、過去と他人は変えられないわ。なるようにしかならない。

 憂いを無理やり吹っ切ると、小蘭は目の前で湯気をあげている海老焼売にパクついた。


 その夜。

「え、凛麗のことをどう思ってるかって?」

 いつものように部屋を訪れた蒼龍に、小蘭それとなく探りを入れた。


「何だよ、どうして急にそんなこと聞くんだ。

 まさか小蘭、凛麗あいつに何かされたのか?」

「ううん、そうじゃない。ほら、許嫁だとか聞いたから、さ。そのあたり、実際どうなのかなー、なんて」

 訝しそうな顔をした蒼龍を小欄は慌てて誤魔化した。

 彼の様子を見ると、やはり過去に何かあったらしい。


 と、彼は急に口元を緩めた。

「ふ~ん、もしかして小蘭、"許嫁"って言葉に反応してるのか?

 安心しろよ、当分の間は正妃を迎えるつもりはない。勝手に決められた許嫁なんて……って、何だよその残念そうな顔は!」


 羽根布団を巻き込みながら、蒼龍は小欄に迫った。

 二人は今、広々とした寝台に同衾している。

 最初にここを訪れたすぐ後に、手足を伸ばせないからと代えさせたものだ。

 その圧に思わずのけぞりながらも、小欄は続けた。

「あの、そうじゃなくって。純粋その、なんでかなって思ったの。だって彼女、まあまあ綺麗だし。蒼龍だって女の子好きじゃない?

 特に断る理由はないのかなー、なんて」


「なんだよ、失礼な奴だな。女なら誰でもいいってわけじゃない。俺は案外一途だぞ。ホラ、今だって」


 今にも迫ってきそうな彼を押し戻しながら、小蘭はさらに突っ込んだ。


「あのさ、政略とかそういうの抜きで考えたら、蒼龍は凛麗のこと、一体どう思ってるの?好き、それとも嫌い?」

「う~ん、好き嫌いって言われても……そうだなあ」


 蒼龍は、小欄から離れると、寝台に仰向けに寝転んだ。


「好きか嫌いかって言われると、別に、嫌いではないな。

 ただ好きかと言われると、色々ありすぎて複雑なところだ。

 凛麗とはさ。すごい小さい頃から一緒に育ってきたから。色恋とか結婚とか、そういう対象にならないんだよな」


 ひどく難しい顔をして、彼は天井を睨んだ。


「凛麗が何で俺との婚約に拘っているのか全く分からん。

 何ならアイツ、俺のことが好きなワケじゃないと思うんだよな」

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