第23話 終幕《フィナーレ》
そこ立っていたはずの将軍に、馬乗りになっている蒼龍の姿。
将軍は頸動脈に剣先を当てられていて、誰が見てもその勝敗は明らかだ。
将軍の二太刀目で倒されたかに見えた蒼龍は、寸でのところで将軍の想定より更に左へと避けた。
あとは、あたかも二撃目をまともに食らったように倒れて将軍の油断を誘い、ダメージが蓄積していた彼の左足を掬い上げて倒したというわけだ。
「ま、参りました」
がっくりとうなだれた将軍から、蒼龍の身体がゆっくり離れる。
「勝ったぞーーーーーっ!!」
剣を天に突き上げて、高らかに勝利を宣言すると、観衆が一同に沸いた。
ボロボロの姿で立ち上がり、手を振って声援にこたえていた蒼龍に数分遅れ、将軍が膝を立てる。その手を蒼龍が取り、立ち上がるのを助けると、一層声援が大きくなった。
師弟の二人は握手を交わし、抱き合った。
その耳元に蒼龍が小さく囁いた。
「樊、
「皇子」
将軍からゆっくりと身体を離すと、蒼龍は玉座に向かって大声で叫んだ。
「親父、約束だぞ。小蘭を寄越せ。彼女を早くそこから下ろせ」
わずかに間をおいて、野太く低い皇帝の声が返ってくる。
「分かっておる。余は約束は守る。
勝者、蒼龍!」
言いながら、宙づりの檻に右手を上げ、それを振り下ろす。
観衆が沸く中、それは、そろりそろりと下ろされてゆく。いつの間にか、蛇の穴は布で覆われ、最初からなかったもののように隠されていた。
檻が開けられ、よろめきながら小蘭が出てくるのを見届けると、蒼龍は、再び観客に向かって大きく手を振り声援にこたえた。
そんな中、皇帝がわずかに表情を歪め、舌打ちをしたのは、間近にいた両隣の皇妃達にしか見ることはできなかったが__
大会が終わり、精一杯戦ってきた戦士たちに褒章が授与される。
闘技場の真ん中に用意された凱旋の壇にて、善戦したもののうち、下から順に名が読み上げられ、各々が表彰されていく。
その最後に、不戦勝に終わった孫岳が呼ばれ、賞金を受け取った。彼は、優勝戦では活躍の場を与えられなかったものの、今大会では名目上の優勝者ということになる。
ただし、今大会の最大の主役は何といっても樊将軍と死闘を繰り広げた皇子、蒼龍。
最後に彼が登場すると、大きな拍手と喝采で迎えられた。その少し後ろに樊将軍が従っている。
蒼龍は、観客に笑顔で手を振り続ける。
やがて、闘技場の中央に、上位十数名の戦士達が集められた。
そこに皇帝と皇后が登場すると、一列に並んだ彼らは一斉に膝を折り臣下の礼をとる。褒章とともに、皇帝のお褒めの御言葉を賜るのだ。
「さて、今年も各国の戦士達が一同に会し、この儀を催すことができたわけだが。
皆が、素晴らしい戦いを繰り広げてくれたことに礼をいう。ご苦労であった。
こと、優勝した孫岳の戦いぶりは見事なものであった。
また、この他の健闘を重ねた戦士たち、今後、夏国兵としてその力、我が国のために発揮されることを願う。これからも成果に慢心することなく、努力を継続してもらいたい。
それから……
蒼龍よ、よくやった。余も父親として鼻が高い」
「ありがたき幸せ」
深々と臣下の礼を取る蒼龍から、皇帝は樊将軍に目を移した。
「樊よ、余の息子をよくぞここまで一人前にしてくれたな、礼をいうぞ」
「はっ」
一瞬、将軍は何か言いたげにためらったが、すぐにやめた。その様子を見て皇帝が唇を歪める。
「そうそう、城内で、そなたのことを娘と孫が迎えにきて待っておる。心配せずとも、2人とも元気にしておるぞ。怪我はないかと心配しておる。早く元気な顔を見せてやるがよい」
それを聞いた樊将軍がフウッと安堵の息を吐くと、蒼龍もひとまず安心した。
「さて、これにて……」
「待てよ親父、約束だぞ」
「はて、何だったかな」
「親父!」
わざとらしく終わろうとする皇帝を蒼龍が一睨みすると、皇帝は髭を扱きつつ嗤った。
「おうおう、そうだった、忘れておったわ。衛兵!」
皇帝が声を上げると、2人の衛兵に両肩を担がれ、よろめきながら
「蒼龍」
「小蘭」
ふらつく足で、少しでも速く歩こうと前のめりに駆け寄ってくる。
「あっはは」
小蘭は、蒼龍の顔を見るなり笑った。
「蒼龍ってばボロボロ」
「小蘭こそ、フラフラじゃん」
しかしその憎まれ口に反して、互いの顔は安堵に綻んでいる。
蒼龍は、観客に振っていた手をゆっくり下ろすと、それをそのまま、彼女のほうへ差し伸べた。
「おいで、小蘭」
「うん」
おずおずと出した手を取り、自分の手元に抱き寄せると、蒼龍は、彼女を横抱きに抱いた。
「ひゃっ」
皇帝と皇妃達の姿は、いつの間にか試合場から消えている。
彼はもう一度、その勝利を誇るがごとく、彼女を高く掲げると、
わあああああああああああ、おめでと~!
嫌ー、やめて皇子様ー。
観客席から、ほんの少しだけ悲鳴の混じった歓声が起こった。
非の打ちどころない勝利と祝福に、嬉しいやら誇らしいやらで、小蘭もまた、はち切れそうな笑顔を観衆に向け、いつまでも手を振っていた。
《第一章 おわり》
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