第21話 死闘

 一方、蒼龍の居る場所からも、遠目ながら、小蘭が起き上がる様子がわかった。


 宮廷の秘薬は闇が深い。雑な調合をした薬であれば、目覚めないこともあるかもしれないと恐れていたのだが……

 どうやらひとまず無事なようだと、蒼龍はホッと息を吐く。


 ひとつ心配事が減ったが、ホッとしている暇はない。


 試合の合図は既に鳴っている。

 間合いをとっていた樊将軍から、まずは試しの打ち込みがかかった。


「くっ」

「おや皇子、随分と余裕ではないですか。よそ見していて、このわしに勝てますかな」

「黙れじじい


 剣戟けんげきをギリギリのところで受けたはいいが、試合前とは比らべものにならない膂力で、蒼龍の足はどんどん後退してゆく。


「く、あああっ」

 気合で何とか押し返すも、樊将軍はさっと身体をよけ、蒼龍に肩透かしをくらわせた。


 タァンッ。


 続いて肩に軽やかな打ち込みが命中する。


「ああほら、また左に流す。だからさっき言ったのに」

「クソッ」


 蒼龍は反撃を試みた。が、将軍はまるで遊んでいるかのように、蒼龍を軽くいなす。

 かと言って、真正面からの攻撃はたちまちやり込められるから、蒼龍は思うように動けない。


 それを見越して樊将軍は己の意のままに蒼龍を操り、挑発を繰り返す。

 悪循環だ。その挑発にまんまと嵌った蒼龍はますます攻撃を乱し、勝ち筋セオリーに嵌らない、出鱈目を繰り返す。


 完全に頭に血が上っている蒼龍を、将軍はさらに挑発した。


「皇子よ、さっさと諦めてはいかがか。膂力で劣り技で劣る、貴方はまだまだ私の敵ではない。フッ。何より、貴方の剣技は教えた私が熟知しているのですから」


「フン、調子に乗るなよじじい、まだまだ余裕だっつーの。

 この一戦には、大事な人の命がかかっている。老師ラオシーにどういわれようが諦めるつもりはない」


「やれやれ。貴方は全く変わっておりませんなあ。だが、それが貴方の長所でもあり短所でもある。

 すぐに熱くなって情に流される、冷静でないものは、必ず戦場で命を落とすとそう教えたはずですがな。


 そら!」

「ぐああっ!」


 ひと際重たい一撃が蒼龍の右腿を突いた。その激痛に、とうとう彼は背中から叩きつけられた。


 キャアッ。

 観客から悲鳴が上がる。


「さて、そろそろ終いにしますか」

 将軍は倒れた蒼龍の元に素早く近づき、さらに上から一戟入れた。


 ガキンッ。


「クソが。終いになんかならねーよ!」


 かろうじて束で受けた蒼龍と、将軍の顔が接近する。

 くそっ、完全に樊のペースに乗せられている。


 このままでは敗けてしまう。

 蒼龍は彼を睨みつけると、食い縛った歯の間から絞るように声を出した。


「樊よ、古くから父に仕える貴方が、この所業を何とも思わないのか。

 あの少女は昨晩急に捕えられ、何も知らぬままあそこに入れられた。俺が負ければ、見たくもないような方法で処刑される。


 お前は、そんなものが見たいのか。

 樊よ、父ではなく俺につけ。俺はきっと父を超える」


 樊将軍は、それをさらなる力で押し返しながら、蒼龍に顔を近づけた。そうして、他には聞こえないくらいの声で返した。


「蒼龍皇子、すっかりご立派になられて。爺は、とてもうれしゅうございますぞ。

 しかし……」

ふと、将軍の顔に影が差した。


「どうした、何がある」

「娘と孫を、質にとられておりまする」

「ばかなっ」


 ぐぐっ。

 将軍はさらに力を入れ、さらに蒼龍に近づいた。聞こえるか聞こえないかの声で告げる。


「皇子よ、さっきああは申しましたが。私もまたあなたと同じ、どうしても守らねばならないものがある。


 あのお方は見抜いておられる。事情を知れば、私めが貴方様に手心を加えることを。小賢しい八百長試合を最も嫌う覇帝の、言わば保険。


 私が貴方に真の力で負けたとして、まさか母子に害は及ぶますまいが、もしも私があなたにわざと負ければ……あの子達は。

 ですから我々は、本気で戦うしかないのですっ」


 ガキンッッ!!


 刹那、激しく剣が反発しあった。その勢いで、蒼龍は後ろに飛び退いた。


 はあっ、はあっ。

 肩で息をしつつ、さっきやられた右足を庇い、よろけながら立ち上がる。


 衝撃で舌を噛んだのだろう、口の中にたまった血を吐き出すと、蒼龍は再び剣を握り直した。


 二人は再び睨み合う。

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