第20話 絶対絶命
樊将軍の登場に会場が沸いていた、ちょうどその時。
「う、ん」
檻の中の小蘭がようやく目を覚ましていた。
小蘭のぼんやりした視界の中には、縞模様の景色が見えている。頭が痛い。さっきから身体が揺れて、まるで足が地についていないよう。
やがて、少しずつ意識が覚醒し、頭がはっきりするにつれ、己の異常事態に気付いた。
「え、何ここ!?」
ガシャアンッ。
勢いよく起き上がり、目の前にあった格子を掴む。
どうやら自分は、檻の中にいるらしい。しかもそれは、驚いたことに空中に宙づりになっている。
嫌だこれ、本当に足ついてないじゃない!
何故、何で私、こんなことになってるの?
痛む頭を抱えつつ、小蘭はこれまでの記憶を手繰り寄せる。
私さっきまで何してたんだっけ。
稽古をしていた蒼龍と別れて、それから雲琉に出くわして、それから?
頭から、その後の記憶がすっぽり抜け落ちている。
ここはどこなんだろう。
格子柄を通して360度周囲を見渡すことが出来る。周りには見たこともないくらい大勢の人、人、人。
何かの見世物にでもされている気分だ。
下側を見ると、楕円形の広場の真ん中には、武装した二人の男が対峙している。その周りを取り囲むように、擂鉢状に人々が腰掛けている。
もしかして、ここが闘技場?
であれば、今やっているのが御前試合で、真ん中で見合っているのは——
蒼龍!
ガシャ、ガシャッ。
小蘭は再び、檻の格子にへばりついた。
広場の真ん中の二人のうち、一人は蒼龍だ。
檻からは少し距離があるが、何せ小蘭は草原の遥か稜線にいる羊の数を数えられるくらい目がいい。
蒼龍は、確かに言った。
『優勝したら娶る。それが助命の策だ』
と。
今、試合の進行はどれぐらいだろう。いいとこまでいってるんだろうか。
ふと下を見、小蘭は思わず口を押えた。
「!」
自分の真下には、黒い大きな穴がある。
中には、黒くうねうねと蠢く赤黒い波。
目が良いことが返って仇になってしまった。あれは蛇、毒虫、蠍、もしくはそれらの集合体。
何かを察した小蘭は自分のいる檻の底を見た。真ん中に継ぎ目がある。
つまりは、そういうことだ。
蒼龍が負け次第、自分はこの下に落とされる。
蛇なんて別に怖くない。
故郷では振り回して遊んでいたし、食べ物に困ったら、捌いて食べることだってできる。
でも、だからこそ知っている。
あんな夥しい量の毒蛇毒蠍の中に落とされたなら、忽ちその毒にやられ、苦しみのたうちまわる数時間を過ごした後、終いには食べ尽くされてしまうだろう。
これまでの記憶が、やっと繋がった。
今はもう、あれから丸一日が経っている。
自分は余興の見世物として、皇帝の命により雲流に攫われ、昨日ここに入れられて、今までずっと眠っていたのだ。
牛の股割きではなく、大勢の前で蛇や蟲に身体をちぎられ、毒に侵される公開処刑の罪人として。
「う、ぐっ」
小蘭は、胸にせり上がってくる吐き気をかろうじて抑えた。
いくら蒼龍憎しとはいえ、こんなことを考える皇帝は、どこかおかしい。
もう、蒼龍にばかりに頼っているわけにもいかない。
小蘭は、ここから逃げる方法を模索してみた。
兵士たちが試合に熱中しているうちに、この下を、なんとかこじ開けて逃げられないだろうか。
小蘭は、頭から簪を引き抜き、その継ぎ目をいじってみた。
が、ダメだ。どういう仕掛けか分からない。 恐らく外にぶら下がっているあの紐で操作するのに違いない。
例えば蒼龍が敗け、この床下が割れたとして、檻の端にぶら下がり、あの紐を伝って逃げる。
しかし、下にはたくさんの兵士が控えている。たとえ逃げ回ったとして、いつかは捕まり、穴に放り投げられるのがオチだろう。
そこに婆やが助けに来でもしない限りは。
万事休すだ。やはり自分だけではどうにもならないのか。
蒼龍。小蘭は檻の底にへたり込むと、試合場に対峙する、蒼龍の姿を見つめた。
今が何回戦目なのか分からないが、今、対峙している相手は随分と強そうに見える。こんな遠くにいる自分にさえ、纏う闘気を感じられるほどに。
蒼龍、頑張って。
私も最後まで諦めないからさ__
小蘭の小さな祈りを嘲笑うかのように、
シャアアアアアアアアアアアンッッ……
決勝の、試合開始の銅鑼が鳴り響く。
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