第17話 御前試合

 その日の城下は活気に満ちていた。

 それもそのはず、今日は近隣の邑々から腕に自信のある猛者が一同に会する、夏国都城の御前試合なのだから。

 この大会は特別に民にも開放される。年に一度の行事だから、日が近づくほどに城下町はお祭り騒ぎになる。

 夏国の胡同フートンは普段から賑やかだが、この数日間は特に、所狭しと屋台が並び、沢山の人で賑わっていた。


 人混みの中にはちらほら、明らかに人種の違う者、風変わりな武器を見せびらかしながら持ち歩いている者もある。

 試合ここで目立った活躍をすれば、城の兵士にスカウトされることもあり、職を求めて遠国から参加する者も多いのだ。


山査子さんざしあるよー、あぁまいよー」

「肉饅頭はいかがー」

「さあ、姑娘クーニャン見てってよ~。これが今年の夏国の戦士の似顔絵だ~」


 今朝は、まだ薄暗いうちから客足があり、店の呼び込みも捗っている。


 日が上ると、城の方から鳴り響く銅鑼の音が、大会の始まりを告げていた。

 各々が出店で好きなものを買い、城の方向へと向かう。彼らは一刻も早く、擂り鉢型の観覧席の良い場所を取ろうと、足を速めている。


 特に、今大会こんたいかいは夏国皇子が参加するとの噂があり、例年よりもずっと客足が多かった。


 城下では美しい絵姿が出回っている蒼龍皇子。

 その勇姿を一目見ようと、武闘城の前にはすでに沢山の人が居て、開城の銅鑼が鳴るのを待っている。


 一方、武闘場の高い塀の中では、強者達の朦々とした熱気で立ち込めていた。そこでは、男達が互いに己の力を誇示し合い、はやくも優位合戦マウンティングが始まっているわけだが…⋯


 その中に混じり、蒼龍は一人で最後の仕上げにかかっていた。

 あちこちでケンカやヤジが飛び交う中、集中力を高めようと、蒼龍は完全に気配を消し去り、坐禅を組んで瞑想する。


 間もなく、第一試合が始まる。格下の相手ではあるが油断は禁物。万が一にも負けられない。


「やれ、精が出ますな」

はん将軍」

 彼が薄目を開けると、長い髭を蓄えた背の高い老人が立っていた。


「ハハハ、太子。

 今は将軍ではない、ただのじじいですよ。貴方が出場されると聞き、はるばる領地から出てきたのです」

「何を仰います、あなたのくらいの返上は却下されたと聞いてますよ」


 瞑想を止め、立ち上がった蒼龍は、嬉しそうに樊の元へと歩み寄る。

 かつての王宮の剣術師範、そして、蒼龍の直の師匠である、樊将軍だった。


「さっき貴方の打ち込みを見ておりましたが……いや、お強くなられた。

今日の試合は楽しみにしておりますぞ。

しかし」


 フウッッ。


 短い息とともに、樊は一気に佩剣を抜くと、思い切りよく蒼龍目がけて撃ち下ろす。

 蒼龍は、老師範の不意打ちを待っていたかのように剣で防いだ。


「呆れたな、どこがジジイだ。

相変わらずの重たい一打、これでは親父も引退などさせられない」


 鍔を合わせ、ぐっと彼に押し迫りながら、蒼龍は不敵に笑ってみせる。

 じりじりと押し込まれ、樊は一歩後ろに退いた。


「ふふ、随分と鋭くなられた。膂力も昔とは比べ物にならない。

 しかし。

 ……相変わらず左に体軸が流れる癖は抜けませんなあ」

「え」


 ふと、横を見た瞬間だった。


 タァン!

 はんの剣が、華麗に蒼龍の右肩を叩いた。


「っ

 やや遅れて蒼龍が声を上げると、樊は満足そうに白い髭を扱いて笑った。


「ははは、今はまだこの年寄りの経験に、少なし部があるようですな」

「くそっ」


 蒼龍の悪態を背に、老師範は笑いながら去ってゆく。

 ほぼ同時に、遠くから太鼓の轟が聞こえてきた。

 それはだんだんに音量と迫力を増し、最高潮なった時、


 ジャアアアアアアアアアーーーーン。


 銅鑼の大きな音で締められた。

 開会の合図だ。

 蒼龍たち出場者も、一斉に会場の方へ目をやった。


 戦いが始まる。


 観客席中央に設置された玉座に、皇帝陛下の姿が見えると、辺りがシンと静まり返った。

真ん中の玉座には皇帝が座し、その両隣に、正妃である皇后様と、後宮では二番目の位の皇貴妃、三番目の貴妃と続く。

 現在の貴妃は皇帝の寵の最も厚い黎妃レイヒ様だが、身体が弱く、体調も思わしくないということで長らく公の場には出て来ない。今日もその席には、四番目の妃、蓉夫人が座っている。

 覇皇帝が、重々しく玉座から立ち上がった。


「我が民よ、今日は良く集まってくれた。国を治める者として、またこの武闘会の主催者としてまずは礼を言う」

 

 ワアアアアアアアッ。


 皇帝陛下の御言葉に、歓声が響き渡る。


 帝が右手を軽く上げると、歓声は一気に静かになる。

「さて、我が民よ。今日の会では特別な趣向を用意してある。

 まずひとつ。既に聞いたものもあるか知れないが、今大会には、我が不肖の一人息子、蒼龍も出場する。

 余は、今大会のために心身を鍛えた猛者達を尊び、その心意気を重んじておる。

当然、息子だからとて贔屓はせぬが、余も人の親だ、皆もひとつ応援してやってほしい」


 ワアアアアアアアアアア……

 キャア、皇子様~~!


「ふたつめは、あの左隅に吊り下げているものの中にある」


 観客の目は、皇帝が指さした闘技場の左隅に向けられた。

 そこには、二本の高い柱の間に、二メートル四方の箱のようなものが吊り下げられている。

箱には大きな白い布が掛けられていて、中は見えない。

 その箱の直下にも、白い布が広範囲にわたってかけてあり、四方を兵士が見張っている。

地面と空、それぞれ布の端に、赤いロープのような紐が結わえられ、兵士の足元に置いてある。


「さて。あの籠の中身が、皆も気になっているのではないか?

 そして、それがここにある意味が。

 そう、これが今回準備した余興のひとつ。公開しよう。引け!」

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