【第十一話(1)】 弾けるシュプレヒコール(前編)
【登場人物一覧】
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配信名:勇者セイレイ
本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。
センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。
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配信名:ホズミ
本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。
機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。
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配信名:noise
役職:盗賊
セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。
勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。
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通称:センセー
元高校教師。
瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。
彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。
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配信名:ストー
役職:武闘家
海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。
格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。
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ゴブリンのドロップ品として手に入れたファルシオン。セイレイはその白銀の光沢に映る自身の姿をじっと見つめていた。
そんな彼の意識の中に入り込むように、noiseは声を掛ける。
「宝箱から剣を手に入れたのか」
「あ、うん。何でだろう、今初めて持ったはずなのにすごく身体に馴染むんだ」
「どれ、見せてみろ」
noiseはセイレイから剣を受け取り、その剣をあらゆる角度から眺めてみる。
白銀に
だが、実践性能は先ほどのセイレイの戦いを目の当たりにしているnoise自身が最も理解していた。
「なるほど、良い剣を手に入れたな。これはお前が使え、片手剣は一旦回収しておこう」
彼女はそう言って、セイレイが置いてきた剣を拾いに行く。ストーはファルシオンとセイレイを交互に見やる。
「セイレイ君がその剣を持つと、何だかサマになるね」
「ほんと!?やった!」
セイレイはどこか嬉しそうに飛び跳ねる。その姿を撮影しているドローンから、ホズミの溜息が聞こえた。
『撮影してるんだから止めてよ恥ずかしい……』
[可愛いなこの勇者ww]
[まあ子供だもんな]
[刃物を持ってはしゃぐな!!!!]
[↑正論]
思わず調子に乗ってはしゃいでいるセイレイ。しかし、その手からうっかりと剣を滑らせた。
「
『あっ!!』
ホズミが慌てた様子で叫ぶ。しかし、その剣に不可解な現象が起きた。
剣がセイレイの手から離れた瞬間、突如としてシルエット全てが光の粒子となり、大気へと溶け込んだ。
「あ、あれっ?俺の剣……」
「ど、どういうことだセイレイの剣が……?」
[ゴブリンの剣だろ]
セイレイとストーは、目の前の現象が理解できない。もはやコメント欄の鋭い突っ込みにも反応する余裕がない様子で狼狽える。
だが、その様子を視界の隅で捉えていたnoiseは冷静だった。
片手剣を”ふくろ”へと戻した彼女は、セイレイの所へと近づく。そして彼の隣に立ち、その右腕を掴み上げた。
「試しに、”剣を出す”イメージをしてみろ」
「え、こ、こうかな」
彼女の言っていることが分からず、セイレイは言われるがままに右手を突き出して力を入れる。
やがて、筋緊張の生じた右手の先から、再び光の粒子が逆再生のように集まっていく。その光の粒子は瞬く間にセイレイの右手にファルシオンを生み出した。
「え、え!?」
セイレイは再び戸惑った様子でその右手に握った剣をマジマジと見つめる。
[!?]
[こんなことってあるのか]
[すげーコンパクトに収納できるな]
[↑言ってる場合かww]
『noiseさん、分かっていたんですか?』
至って冷静なnoiseに向かって、ホズミは問いかける。しかし、noiseもいや、と首を横に振った。
「配信外……オフで言ったことなんだが、私のこの麻袋もダンジョン内で手に入れたものなんだ。原理は分からないが、宝箱で手に入るものはこの世の
『そ、そうなんですね……』
[欲しくなってきた]
[いや、でもこの戦い見た後だとな……]
[確かに、無理だ]
[今のところはセイレイ達しか手に入れることが出来ないよなー……]
コメント欄からどこか、希望と哀愁が漂う雰囲気の文面が流れる。noiseはどこかその文章を読んで安心したように、息を小さく吐いた。
「正直、無理してダンジョンに入るよりかは良い……さて、そろそろダンジョンも最深部付近か?」
noiseは肩に掛かった髪を後ろに流す。その動きに連なって、栗色の髪が大きく揺れた。
そして、彼女は先ほどの戦いでダメージを負ったストーの元へと近づく。
「おい、ストー。左肩を見せてみろ」
「大丈夫だよ、これぐらい」
気丈に振る舞い、腕を見せつけるようにして笑うストー。だが、noiseは駄目だ、と強く彼の腕を引いた。
「こう言った些細な傷から細菌の
「な、何だよおい」
有無を言わせない様子でnoiseはストーの服の袖を
noiseは”ふくろ”の中から点滴のボトルを取り出した。”生理食塩水500ml”と書かれた
「……っ」
「染みるかもしれないが我慢しろ。
手慣れた動作で創部洗浄を行い、以前セイレイに行ったのと同様にガーゼと包帯で保護する。
ストーはその巻かれた包帯の後をマジマジと見ながら、感心したように呆けた表情を浮かべる。
「はー……前から思っていたが、noise、明らかに応急処置に慣れているな」
「些細なことが命取りになるからな。応急処置に関しては散々勉強した」
「医者志望だったからじゃなくてか?」
noiseは目を逸らして「んぐっ」と変な声を漏らした。ストーは彼女の様子にいたずら染みた笑みを浮かべる。
「も、もう良いだろその話は」
「いーやお前には散々な目に遭わされてきたからな、配信の後で覚えてろよ」
どこか不快そうに、しかし観念したような様子でnoiseは溜息を付いた。二人の間に割って入るように、セイレイはダンジョン奥を指さす。
「なあ、話し込むのも良いけどさっさと行こうよ!姉ちゃん、時間ないんでしょ?」
彼の言葉が会話の逃げ口となったことにnoiseはどこか
「あ、ああそうだったな。行くぞストー」
「はいはい、分かったよお医者様」
「もうそれはやめろっ」
横目で睨み付ける彼女の姿をおかしく感じたのか、ストーは「ぶっ」と吹き出した。
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家電量販店、最深部。崩れた瓦礫が作りだした迷路もようやく終わりを迎えようとしていた。
勇者一行は、瓦礫の隙間からその様子を探る。そこには、腕を組んで堂々とした振る舞いで、侵入者を構えるホブゴブリンが映った。
深緑色の皮膚、筋骨隆々の
ドローンは彼等の元へと帰り、ホズミが収集した情報を共有する。
『ダンジョンボス、ホブゴブリン。大きさはおおよそ2m、得物は大体1mの棍棒です』
「でかいな……」
セイレイは彼女が共有した情報に、尻込みするように呟いた。
「……っ」
ストーは小さく息を呑んだ。彼はもはや何も言うこともなく、黙って
noiseは二人の様子を交互に見た。そして、リーダーであるセイレイに向けて、最終確認を行う。
「今の情報を聞いて引き返すのも正しい判断だ。私ならそうする」
「……noiseも、厳しいと思うか」
どこか不安げな表情でストーが尋ねた。すると、noiseは彼の言葉に強く頷き同意する。
「ああ、正直……私も初めて見るような大きさの魔物だ。勝てるか、どうか、自信が無い」
彼女がダンジョン潜入に際して、不安げな言葉を聞くのは初めてだった。現に、どこか右手が震えていることに観察力に優れたセイレイは気付く。
「ううん。だからこそ、俺は逃げないよ」
だが、戦闘に長けたnoiseの自信喪失した姿を見た後でも、セイレイの意思は何一つ変わらなかった。彼女は驚いた様子で彼の方を瞬時に振り向く。
「……っ、怖く、無いのか?」
セイレイは彼女の言葉に一瞬間を開ける。その後、どこか陰りの帯びた表情を浮かべながら大きく首を横に振る。
「怖くないわけ、ないじゃん……でも、折角抱いた希望を捨てる方が、俺は怖い」
「セイレイ……」
「兄ちゃんも、姉ちゃんが戦わなくても、俺は立ち向かうよ。だって、ここで逃げたら勇者じゃないでしょ?」
三年前から変わらない後悔。目の前の魔物に為す術無く、ただ怯えて隠れていた過去がずっとセイレイを取り憑いて消えなかった。
だからこそ、セイレイは強い意志を秘めた眼差しでnoiseの目をじっと見る。
彼の意思に賛成するように、ホズミの声がドローンのスピーカーから聞こえた。
『セイレイ君、バカでしょ?けど、彼のことを止めようとしない私もきっとバカなんです』
「ふっ……だろうな」
二人の決意を聞いたnoiseは、思わず笑みを零さずには居られなかった。短剣を握り直し、ゆっくりと姿勢を正す。
「分かったよ。私もお前達の想いに手を貸すよ」
「何言ってんだよお前らっっっ!!??」
ストーは俯いた姿勢のまま、突然声を張り上げて、纏まった想いを打ち消そうとした。
その場に居る二人は驚いた様子で彼の方を振り向く。
ストーは覚悟を抱いたnoise、そしてセイレイの言葉を否定するように大きく首を横に振る。
「死ぬんだぞ、一回死んでゲームオーバー……はいロード画面から、とは行かないんだ!!死んだらそこで人生というタイトルが終わっちまうんだぞ!?」
「ストー、兄ちゃん?」
セイレイは困惑した様子でストーの名を呼び掛ける。
今まで、紆余曲折はあれども言ってもセイレイの言葉を受け入れて、力を貸してくれたストー。そんな彼が、今は取り乱して彼の言葉を否定していた。
ストーは、身体を怒りに震わせて大声で叫ぶ。
「最初から、ずっと無茶を言ってる子供だと思ってたっ!!!!なんてバカなことを言う子供なんだろうって!!!!」
「おいやめろ、声が大きい」
noiseは
恐らく、敵対状態に移行するまでは動かないつもりなのだろう。そう理解したnoiseは黙って二人の口論を眺める。
「ねえ、ストー、兄ちゃんは俺の味方なんだよね……?」
どこか心配そうに泣きそうな表情を浮かべ、セイレイは問いかける。ストーはそんな彼に立ちはだかるように、正面に立った。そして、背中を丸め、まるで張り裂けんばかりの声量で思いの丈をぶちまける。
「ああ味方だよ!!お前みたいな
「……っ」
ストーの言うことは正論だと言うことはセイレイもどこか心の片隅で自覚はしていた。
強くなりたいと願うセイレイに、noiseと協働して修行をしてくれたストー。
だからこそ、セイレイは勘違いしていた。
いつまでも、優しい兄の存在のように、自分の意思を受け入れてくれるはずなのだ、と。
だからこそ、眼前に迫る恐怖に怯える、彼の“普通の反応”が疎かになっていた。
「なあストー、どうしてここまで一緒に戦ってくれたんだ?」
noiseの質問にも、心静まることはなくストーは叫ぶように答える。
「戦闘経験豊富なお前が居たからだ!!たった一人でもゴブリンと戦うことの出来たnoise、お前が居たから俺も安心できた!!」
「……ストー……」
「だが、今は何だ!?”初めて戦うような魔物”?”勝てるかどうか自身がない?”それじゃあ駄目だろうがっっっ!!!!」
徐々に、彼が放つ言葉に、コメント欄も流され続ける。
[確かに]
[正論過ぎて返す言葉がない]
[そもそも、セイレイはどうしてそこまでダンジョン攻略に熱心なんだ?]
[ダンジョンから離れていれば生きていけるんだろ?]
[わざわざ自殺しに行くようなもんじゃんw]
「……駄目だよ、兄ちゃん」
セイレイは、俯いたままポツリと呟いた。静かに呟いたはずのその言葉には、どこか強い意志が秘められている。
「……どうしてだ?セイレイ、お前は何でそこまでして行こうとするんだ!?」
「生きてるだけじゃ、駄目なんだ」
ゆっくりと、彼は顔を上げる。長い金髪に隠れていた、生気の宿った
ストーは思わず尻込みした。自らの想いを否定されるような、彼の意思を受け入れてしまいそうな自分が現れてしまうことに恐怖を抱く。
「ただ魔物から怯えて、無力な自分のまま、その日を過ごす。それを生きてるってストー兄ちゃんは言いたいの?」
「……俺は……自ら死地に
「嫌だ。そんなの嫌だ」
セイレイは強く首を横に振った。そして、瓦礫の奥に居るホブゴブリンの方をじっと見やる。
「俺は描きたい。俺の知らない世界を。みんなで紡いだ、これから紡ぐ未来を、俺は見たい」
きっと、彼は世界の希望の光だったのだろう。
どれほどの逆境であろうとも挫けない光。それは、暗雲に落とされた世界の中で、唯一神々しく輝いていた一筋の光だった。
そんな光に、また一人貫かれる。
「……なあ、セイレイ」
大きく溜息を付いたストー。肩を落とし、どこか観念した様子で彼はセイレイの頭を叩く。
「な、なんだよ」
むず痒そうに身体を
「もし、何があっても。後悔しないって誓えるか?」
「……うん」
「意見は纏まったようだな」
noiseは二人の様子を見て、どこか満足げな表情で彼等の元に並ぶ。
『……視聴者の皆さん、申し訳ないですこのバカ三人が』
ホズミが呆れたように大きく溜息を付く声がスピーカーから漏れる。ドローンは、勇者一向にぴったりと付くように動いた。
[え、行くのか]
[止められないかー]
[もう指示コメントしか流さないぞ]
[↑訓練されてるなあ]
「兄ちゃん、姉ちゃん。ありがとうね」
セイレイは手からファルシオンを
「どうせ乗りかかった船だ。最後まで付き合おう」
noiseは短剣を握り、深く構える。
「正直、こうなるのが分かってたらnoiseがいけそうなダンジョンから始めるべきだったと思うけどな」
ストーは苦笑いしながらも、甲冑の小手の結び目を確認し、脚を大きく広げた。
『さて、”ダンジョン配信”もいよいよ大詰めですね。さて、セイレイ君……始めましょう』
「……ああ、もちろんだ。始めよう」
ホズミの声に呼応するように、セイレイは深く頷いた。
そして、勇者一行はホブゴブリンの元へと一斉に駆け出す。瞬く間に、ダンジョンボスとの距離を縮めていく。
未来を、描く。
未来を、生きる。
「これが、俺達のLive配信の始まりだ!!!!」
『これが、私達のLive配信の始まりです!!!!』
彼等のシュプレヒコールは、大きく弾けた。
To Be Continued……?
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