語られていない夢物語

裏道昇

語られていない夢物語

 ごーん、ごーん、ごーん。


「あれ?」

 気が付くと、知らない場所にいた。


 何やらお城のようだが、ここはどこだろう?

 いや、そもそも私は誰だろう?


 ごーん、ごーん、ごーん。


 はて、と階段の踊り場で首を傾げた。

 すぐにバタバタと足音が聞こえてきた。


「待ってくれ! シンデレラ!」

「シンデレラ?」


 呼ばれた声を繰り返した。

 それが私なのだろうか?


「……くすくす。まさか本当に自分がシンデレラだと思うの?」

「え?」


 ごーん、ごーん、ごーん。


 突然聞こえてきた声に目を向ければ、掌に収まるような小さな女の子が笑っていた。

 妖精? だろうか。楽しそうに口元を押さえている。


「え、何!? 何なの!?」

「ふふ、ごめんなさい。つい笑っちゃった。

 でも貴方はこの世界に迷い込んだだけよ」

「?」

「まあ、ひとまず逃げなさい」

「???」

「十二時の鐘が鳴っているのだから、シンデレラ役は逃げないと」

 

 ごーん、ごーん、ごーん。


 振り向くと、王子様がすぐ近くまで迫っていた。

 一瞬だけ迷ったが、妖精の言う通り逃げ出すことにした。


 王子様より妖精の方が事情を知っている気がしたのだ。

 それに、何故か後で見つけてくれるはずだと感じた。


「痛っ」


 逃げる途中で私は躓いた。

 ガラスの靴が片方だけ脱げてしまう。


 ごーん、ごーん、ごーん。


 半分はだしで、私は立派な城から逃げ切った。




「はあ、はあ」

 私は肩で息をしながら、妖精を睨みつけた。


「詳しい話を聞かせてちょうだい」

「いいわよ。それが私の役割だしね」

「役割?」

「ええ、そうよ。

 私は貴方を夢から覚ますために来たの。祝福の化身みたいなものね」

「夢? 祝福?」

「そう。今の貴方は夢を見ているのよ」

「……この世界が夢?」


 周囲を見回してみる。

 今は深い森の中にいるが、ここが夢だとは感じなかった。


「貴方はこの本の別の物語……」

「本? 物語?」

「……いいえ、間違ったわ。別の世界へ『一度ずつ』移動することができる」

「世界? 移動?」

「貴方がその世界の『題名』を口に出せば移動するのよ」

「?」


 話に付いていけない。

 私はほとんどおうむ返しの状態だった。

 

 ただ、一つだけ気になることがあった。


「私が夢から覚めることが目的なのね? なら、どうすれば目覚めるの?」

「……その方法は自分で見つけてもらうしかないのよ」


 なるほど。細かい話は分からないが、大筋だけは分かった気がする。

 これは夢で、見ている夢を切り替えることが出来る。


 そして、夢を切り替えながら、目を覚ます方法を探すのだ。




「あら。もう話す時間がないみたい」

「?」

 私が妖精を見ると、私の背後を指さした。


 ――そこには、黒いローブを着た何かが立っていた。

 ――手には大きな杖を握っている。


「え!? 何!?」

「あれは『呪い』よ。あれが貴方をここに連れてきたの」


『呪い』は握っている杖を私に向けた。

 直後、杖から黒い炎が噴き出す。


「避けて!」

「うわぁぁ」

 

 妖精の言葉に反応して、半ば崩れるように私は黒炎を躱した。

 逃げ方がみっともないのは許してほしい。あまり運動は得意ではないのだ。

 

 あ、やばい。

『呪い』は次の攻撃を放とうとしている。

 

「あの攻撃を受けたら、もう目を覚ませない!

 急いで目覚める方法を見つけなさい!」


『呪い』が次の黒炎を放った。


「……『赤ずきん』」


 頭に浮かんだ言葉をそのまま呟く。

 直後、世界が切り替わった。

 

 

 

 いつの間にか、視線が高くなっていた。

 目の前に迫った黒炎を横に大きく跳んで避ける。


「あはは、なるほど。今度は主人公じゃないのね」


 妖精の笑う声がした。

 言われて自分の体を見下ろす。


「お、狼!?」


 私は狼になっていた。人狼と言うべきか?

 運動は苦手だったはずなのに、やけに体が軽かった。


 連続で黒炎が飛んでくる。

 狼になった私は軽いステップを踏んで避けてゆく。


「……これなら」


 自分の身体能力の高さを理解して、逆に踏み込むことにする。

 この力なら『呪い』を倒せると考えたのだ。


「あちゃあ」

「え!?」


 途端に妖精が頭を抱える。

『呪い』に爪を叩きつけようとした瞬間――私は地面に組み伏せられていた。


「これは教える時間がなかったから仕方ないわね。

 この『呪い』は夢の中では最強なの。倒すのではなく逃げて目を覚ますしかないわ」


『呪い』が私に杖を向けようとして――


「へ、『ヘンゼルとグレーテル』!」


 ――私は次の題名を叫んだ。




 私が瞑っていた目を開くと、そこはお菓子の家だった。

 隣にいる妖精がまた笑う。


「今度は場所も変えたのね! 

 確かに『迷う』はずだから少しは時間を稼げるわよ、お婆さん?」

「お婆さん? ……え?」


 自分の口から出た嗄れ声に驚く。

 お菓子の鏡を見ると、確かに老婆になっていた。


 この格好は……魔女?


「本来は悪い魔女よ。でも、この選択は悪くないわね。

 時間が出来たから、一つだけヒントを出せるわ」


 そして、妖精は一つ訊いた。


「眠る前のことを思い出してみて?」

「……眠る、前?」


 やはり私はおうむ返しに答えるのみだった。

 しかし深く考える時間はもらえなかった。


 ばーん! という大きな音がして、お菓子の家が吹き飛んだ。

 地面に転がりながら目を向けると『呪い』がこちらへと走ってくる。


「……あれ?」


 立ち上がろうとして、いつもより体が重いと気が付いた。

 ああ、そうか。今度は老婆だった。運動能力が普段よりも落ちている。


 立ち上がって、迫る『呪い』を見ると焦りが全身を襲った。

 大急ぎで次の題名を探す。


「えーと! えーと! 『赤ずきん』!」


 変わらない。そうだった。

 同じ世界には行けないんだ。


「し……『シンデレラ』! 『ヘンゼルとグレーテル』!」


 同じ題名しか浮かばない。

 何度言っても世界は切り替わらなかった。


「他……他に題名は……」


『呪い』が私に杖を突きつける。

 後ずさろうとするが、あまり素早く動けそうにない。


『呪い』が一歩近づいた。確実に当てるつもりか。

 そして、軽く杖を振り上げ――振り下ろす。


 ――あ、そうか。

 ――あるじゃないか。


「――――ッ!」


 炎を目の前に『私』はその名を呼んだ。

 その瞬間に世界が固まった。凍ったようにすら見える。

 

 そして、世界が作り変えられてゆく。

 いや、戻っているのだ。


 妖精がひらひらと手を振った。

 そういうことか。目が覚めるのだと理解した。




 ぱちり、と目を開く。

 すぐ目の前に顔があった。


 ――そうだった。

 ――『私』は魔女の『呪い』で眠っていたのだ。


「おはよう、

『私』の王子様が微笑んだ。

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