毎日は愛おしい

@RespectDay

第1話

 僕たちは生きている



「僕たちは毎日、生きている。

 実は、限りのある。

 でも、連綿と続く日々を。

 確かにあるその一日を。

 今日という日も昨日という日も

 明日という日も、全て等しい毎日だろう。

 でも僕は、これだけは、

 僕の僕という人生の大切な

 しおりとして留めておきたい。

 この、夥しく続く一日一日が、

『僕』そのものなんだってことを。」



 僕の一日の始まり


 僕の朝は早い、一般的な高校生なら早くても起きるのは6時00分がいいところかと思われるが、僕は5時前にみんなより少し早い朝を迎える。最近は、一緒に寝てる家族を起こさないように、携帯のアラームを「振動」に変えた。受験生である僕は朝起きると2階から1階に降りてきて、

 1人先に支度を始める。飼い猫に朝ごはんを与え、僕も毎日決まった朝ごはんを食べる。テレビで朝のニュースを見て、お昼ご飯のおにぎりを用意する。歯を磨いて、制服に着替えて、戸締りをする。そして、駅に向かって自転車を走らせる。なんの変哲もないであろう僕の朝だ。


「行ってきます」


 朝はいい、特に僕の朝はみんなより早いから、朝日に照らされて、まだしんとした街の静寂がある。でもその静寂は確かに今日も始まりつつある毎日を、僕の自転車を前に進ませている。

 駅に着いくと、前のカゴに置いてる手荷物を持って、自転車に鍵をかけて電車に乗り込む。もちろん僕に関しては学生なので電車の中では勉強する。

「今日は電車で無機化学の暗記をしよう。」

 学校の最寄駅までは、一回乗り換えで別の電車に乗り換えるが、合計30分ほど、その間は学校までの目覚めの勉強が始まる。そうそう、最近は乗り換え先の別の電車で、ある同級生と出会うようになった。一つ目の電車を降りて二つ目の電車に向かい、車両に入って、その同級生と顔があう。2人とも笑って、お互い電車の中なので静かに挨拶をする。と言っても電車は一駅で降りるので、すぐに電車を降りて学校までの時間は雑談をする。

「おはよー!今日も眠い、」

「おはー。ちゃんと寝て、頼むから」

「今日は体育があって嬉しいー!体育は私の生き甲斐だよー」

「健康にも気を遣ってもろて」


 など毎日内容は違うが他愛のない会話をする。でも、僕はこの他愛ない会話が好きだ。だってそれが毎日なんだから。


 学校について教室のドアを開けると毎日1人だけ僕より早く着いている子がいる。その子に挨拶をして、時には今日の小テストの範囲を聞いたりする。その後始業まで1時間とちょっと、朝の勉強が始まる。


「今日は物理の問題集を解こう」


 ところで、ここ最近勉強の仕方がまた少し変わった。今はわからなかったとこを付箋に書いてノートに貼ったり、うまくイメージできてないとこをもっかい調べて、これも付箋に書き、ノートに貼っている。これが自分にあっているかわからないけど、最近はこれが気に入っているのである。しかしそれでも、毎日勉強の仕方は模索している。どうやら受験生は最後の伸びがすごいらしいので、そんな最後の伸びに期待して毎日粛々と勉強する。決して特別なことをするのではない。ただ同じことを淡々とする。体大切なのだ。そうこうするうちにチャイムが鳴った。


 8時25分朝礼


 朝の先生からの連絡がはじまる。どうやらうちのクラスは提出物のでてる割合が学年で見て最低のようだ。先生は、最近他の先生に怒られているみたいで、みんなに頼むから出してくれと笑いながら言う。それを聞いて僕たちも笑う。


「 こういうのがやはりいい。」


 今日の時間割は「地歴、数学C、化学B、英語R、物理B」である。僕は世界史選択で移動教室のため、朝礼後一足先に移動先に向かう。世界史は教材の量が多い。資料集、教科書、電子辞書、参考書、年表、そして付箋、、しっかりと持たないと落としてしまう。


 8時40分授業開始


 教科書を開き、先生の話を聞き、わからない言葉は辞書、資料集で調べて教科書に書き込み、付箋を貼る。それと、僕の後ろの席の子は世界史が学年でトップレベルに優秀なので、よく質問をする。たまにその声がうるさくて先生に叱られる。申し訳ない。ところで最近は世界史の背景知識もよく学ぶようにしている。先日はコーヒーの歴史を学んだ。それによるとどうやらコーヒーは昔、薬として用いられたらしい。はたまた昔はコーヒーを飲むために集まった喫茶で知識人たちが話をしていたため、喫茶は革命の温床になっていたそうだ。興味深い。

 他にも、歴史は繰り返すという点で面白いものだ。歴史を見れば明日が分かる、、とまで僕はいかないが、でも実際そうらしい。現状から必死に踏ん張って未知に立ち向かい、戦う。歴史にはそんな力があるのである。そんなふうにして今日も新しい範囲を学び今日も一時間目が終わった。


 今日1回目の10分の業間


 世界史の後はよく同じ部活の子と会うので、おはよーとか、げんきー?とかやって自分の教室に戻ることになる。その後すぐに数学の用意。


 8時50分2時間目開始。


 数字の授業スタイルは、今は演習形式で、各自指定された問題を解いてきて、前で授業中に解説する。でも、最近は文化祭前ということで、ちょっと予習が間に合わなかったり、みんなお疲れムードだったりしている。先生は、「文化祭行けないので今のうちにクラスTシャツきます」とかなんとか言ってクラティーをきて授業をしている。ユニークな先生だと思う。でも授業内容は難しいので気を抜かず、知識を今日も蓄える。そういえば最近数学の参考書で数学の勉強に関していい言葉を見つけた。


「高校で成績が優秀な生徒が大学でも通用するとは限らないし、その逆も然りである。研究には知的体力が必須で、この参考書ではその知的体力を身につける訓練ができる。じっくり問題と向き合ってほしい。既知の問題に向き合えない人がまだわかっていない未知と向き合うなんてできない。そういう意味でも数学は知的体力をつけるのにむいている教科だ。」


 とかなんとか書いてあった。それを読んで僕は、勉強に向き合えないようじゃ毎日に向き合えないってことか、と思う。それでまた、ここ最近の毎日に熱がこもる。そうしているうちに最後の問題の解説が終わってチャイムがなった。

 

 今日2回目の10分の業間

 

 僕はここでみんなより早めのご飯を食べる。朝が早いので当然ご飯も早い。でもご飯を食べると眠くなるので次の授業は気が抜けない。化学は好きなので、できる限り最大限のパフォーマンスを授業で発揮したいのである。急いでおにぎりを頬張り次の授業の用意をする。


 11時10分3限目開始


 化学Bが始まった。今日はアルコールとエーテルの構造決定の問題を解く。うちの学校の化学は進度が少し遅い、なんていうと先生に怒られそうだが、みんなが言っていることなので僕の意見ではない。まぁ、うちの学校は1年間のカリキュラムを毎年貰うのだが、3年の化学で学ぶ内容は確かにぎゅうぎゅうだった。それでいて、たまに授業が化学に変わることが多く、テスト前なんて英語が殆ど化学に変わる。先生も大変だなとか思ったりするけれど、やっぱり授業回数がまずいんじゃないですか、先生、、。

 そんなことを思って今日も化学Bの授業を受ける。夏休みにだいぶ予習したがまだまだ定着しておらず、わからないことが多い。故に眠気なんかにかまけている場合ではないのである。

 ところで話が変わるが最近「分かる」の語源を学んだ。「分かる」とは「分かれる」こという。一本の道があって、わからない人にその先の道は続いていない。でも、分かる人には道が二つに、三つにと分かれている。そうやって道が色々に分かれていくことを「分かる」という。そして、そういう人を「分かる人」というらしい。だから「分かる」とは、沢山の道が見えるようになることであり、それ則ち世の中の解像度を広げることで、世界の見方を変えること、毎日の見え方を変えることにつながる。

 今日も僕は化学の道をさらに一本ずつ増やして、毎日を変えていく。さて、チャイムが鳴ったようだ。午前の授業の終わり。


 12時15分昼休憩

 

 みんなはお昼ご飯を食べる。僕もさっき食べ

きれなかったご飯を食べて、学校に持ってきている昼寝用枕で仮眠をとる。昼寝用枕と聞いて驚いた人は多いだろう。そう、僕は学校で昼は寝ることに勤しんでいるのである。昼の睡眠15分程度は夜間の睡眠8時間と同等の効果がある。昼からの授業も大切にしたい僕はできる限りこの時間で寝ることにしている。この前ある本を読んだら、昼寝後のことを「2回目の朝」なんて呼んでいた。面白い。それならこのあとの僕は、この教室の中で1人だけ2回目の朝を迎える。授業中居眠りしている人は数えないでおくけど、


 13時00分四時間目開始。

 

 四時間目は英語R、読む英文は難しめで、先に予習で解いて、文法構造、単語、意味などを調べて授業に臨む形式だ。一年生の頃に比べると、この英語Rの予習の力の入れ具合が日々増しているのを感じる。最近思うのだが、一年生の頃からやたらと予習に力を入れていた「国語」「英語」はここにきて静かに成績を伸ばしつつある。理系だけど、、ってのは置いといて、とは言っても僕は国語を大切にしたい理系なのでこれはすごく嬉しい。日々の予習が2年半後に目に見えてきたということだ。英語Rでは先生がその英文を解説したり、質問したりするので予習が必須になる、単語や文法構造などを予習で考えてまとめた予習の自作プリントに色々書き込んで、間違った解釈を直して、時には隣にきいて今日も授業を受ける。今日は予習の出来が良かったみたいだ。嬉しい。


 3回目の10分の業間

 

 四時間目が終わった、これで今日の授業はあと一つ、みんなに疲れが見え始める。五時間目の先生はうちの担任だ。最後の授業が担任っていうのはちょっと嬉しい。


 14時15分五時間目開始


 今日の物理Bは、前回で原子分野が終わって授業が一通り終わったので教科書の章末問題を解く。物質には凄まじいエネルギーが潜在していて、たった数mgでもその破壊力は果てしないらしい。日本はそれを痛感している。僕は物理の片鱗にいつも驚き魅せられる。物理に触れるだけでまた僕の毎日は変わるからだ。昔なら尚更だっただろう。突然地球が回ってると言われたり、今まで神の御技だと思っていたものを人が操つるようになるのだから。でも、それは多分突然の変化じゃないはずだ。当時の研究者たちの脈々たる日々の努力と闘いの賜物なのだろう。そうして繋がれて成る毎日は、やはり美しい。そうこうしているうちに、eV(エレクトロンボルト)の説明の後チャイムと共に授業が終わった。


 終礼の時間


 終礼は今日は担任が五時間目の先生だったのでそのまま並行して行われる。共通テスト(旧センター試験)の料金を金融機関で休みのうちにくれぐれも支払うように、とのことであった。今週の土日は文化祭なのでその後の月火が代休になる。その代休を活かせとのことであった。うちの学校の担任団はなかなか計画的である。


 そう、土日は文化祭なのだ、私たちのクラスは他のクラスが夏休み中集まってせっせと用意していた時、全員勉強に全振り、夏休み明けから文化祭の準備に取り掛かった。そのため非常に慌ただしい。でも忙しくしちゃいけない。だって忙しくの「忙」は「りっしんべんを亡くす」と書く。つまり「心をなくす」という意味である。それは良くない。というわけで僕は今日も心を荒げて焦りながら準備を進める。それにしても、当分はぐっすり眠れないだろう。でも、これはうちのクラスらしいのだ。実は5月のコーラス大会でも直前1週間の練習期間で本番に臨んだ。ただその時はたった1週間という短期間でハイクオリティの合唱を作り上げて拍手喝采を浴びるに至った。そんなクラスなら多分なんだかんだで間に合わせるのだろう、なんてクラス企画のマニュアルを作っている僕は思う。、、


「ところでこのマニュアル今日中じゃないと文化祭間に合わないから、、今日は徹夜かぁ、」


 まあそんなこんなしてるうちに、下校時間になった。


 17時30分文化祭準備終了。

 すぐに帰宅、、と行きたいところだがすこし自習室に寄って勉強してから帰ることにする。文化祭直前でも勉強をしない言い訳にはならない、というか勉強を毎日することに意味があるのだから、変な理由でこの夜の勉強を中断させるのば毎日を大切にしたい僕の信条に反する。


 自習室には決まって同じ席に座る、そして隣には決まってある同級生がいる。小声でお疲れを言って2人とも勉強に入る。18時30分頃から20時30分頃までの二時間の集中タイムである。


「今日は二次試験の過去問を解こう」


 たまに難しい問題に出会うと、この時にこの問題を解いた受験生、きつかっただろうなとか、びびっただろうなとか思ったりする。そして、毎年やってくる受験生のうち、今年は僕がその一部として参入し、なにかを紡いでいる気持ちを感たりする。すこし大げさかもしれないがそれが毎日というものなのである。さて、


 20時30分自習終了


 帰る時はさっきの同級生と電車の中で勉強しながら、本当にしょうもない話をしている。  今日はこんな話を持ちかけてきた。

「彼氏彼女いる人学校にいるやんか」

「おん」

「羨ましいよなー」

「友達で良くないか」

「いやいや、全然違うから!、、なんか見てると嫉妬しちゃうわ」

「作ればいいやん」

「料理ちゃうねん」

「なるほどねー」

 、、、とまぁ、同じ車両に乗っている人に何と思われているのやら、。まぁしかし、こういう些細な会話こそ僕は大事にしたい。些細というか、変な会話という方が正しいかもしれないが


 さて、先に電車を降りて同級生に手を振って僕は家に帰る。

 、、、夜はいい、ってこいついうかなと思った人もいたかもしれないが、、その通りである。


 夜はいい。僕の帰宅はみんなより遅い。帰宅ラッシュも終わりコンビニの光や街灯の光に当てられた薄暗い住宅街を自転車でその薄闇に溶け込みながら帰っていく。


「今夜も月が綺麗だ。」


 僕は月が好きだ。これは特に理由は深くない。ただ好きなのだ。どうやら幼少期の頃から僕は月に関心があったらしい。たぶん、ただ毎日会ううちにだんだん惹かれていくような、そんな感じだ。でも、毎日会っても惹かれないものもあるし、すごく惹かれるものもある。 


 多分好きってそういうことなんだろう。そこを論理で上書きすると汚くなってしまう。字面だけで、こちらが眼光紙背に徹する時にこそ美しさは感じられる。そしてすなわちそれは、美しさは簡単に目には見えないもの、ということでもある。ところで、そんな輝かしいものだからこそ妬ましいほど綺麗なのだろう。まあ、互いが和して綺麗になる、という点では料理とも通じるかもしれないが、。さて、家に到着した。



 21時05分帰宅。

 

お風呂に入り晩御飯を食べて、あとは寝るだけだ。しっかりと七時間睡眠をとる。健康は大切なのだ。


僕の一日の終わり


 、、と言いたいとこだがこの言い方はあまり好きじゃない。だって一日は終わらないし、毎日は紡がれている。

 それでも、一日はその大切さを感じるにはあまりにも短すぎだ。いや、短く扱われ過ぎたのだ。人々は一日を愛おしむ間もなく次の一日を始めるが故にその重さに気づくことができない。でも、僕はちゃんと一日とは何かを知っている。一日は終わらない。ただ少し中断しているだけだ。明日が来ればまた一日は再開する。その再開された今日、もしくは一日を人は明日と呼ぶだけだ。そうして紡がれる毎日は連綿と僕に記されていく。その中に幾つか付箋を忍ばせるとさらに良い。もし毎日が単調なように感じたり無機質なように思えてきたらしおりを辿って立ち帰れることができる。そうして織りなされる毎日は綺麗だ。でも、もちろんそれが綺麗かなんて簡単に目には見えない。中には特別な日にこだわってしまったりする人がいるくらいには魅ることができないのだ。でも見えにくい理由は簡単だ。だって毎日は一日が紡ぐものなのだから。人は毎日それぞれの想いを一日に記し、整え、紡いでいく。だから最初は気づきにくい。でも、ある程度紡がれた頃に僕は、

 僕らは気づくだろう。


「なんて一日とは素晴らしいのか」と。


 寝る前にうちの妹が何やら小説を書いたので読んで欲しいと言って持ってきた。「ヨムカク甲子園」というのがあるそうでそれで小説を書いたらしい。これは面白そうだと思い僕も書くことにした。そうだな、じゃあまず題名から決めることにしよう。小説を書くからには自分が1番伝えたいことを書くのが気持ちがいいだろう。なら答えは簡単だ、題名は、、


 一日は毎日やってくる

 昨日と明日も全て一日

 でもその一日は紡がれる

 紡いで紡いで織り込まれて

 織られて織られて畳まれて

 やがて一つの本になる

 本は本棚に並んでく

 それはある図書館のお話

 沢山の美しい本たちが並ぶ

 その図書館の一冊に

 まだ未完成な僕がある

 でもそんな僕は知っている

「毎日は愛おしい」と

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