写真とエナジードリンク

@COCO_522

1 戦い方を失った僕は。

 これは、僕自身への遺書だ。

 もう一度、自分を立ち上がらせるための、静かな祈り。


 僕はカメラマンだ。

どこにでもあるスタジオで、どこにでもいるカメラマンとして働いていた。

いまでも家族写真や記念写真を撮って、生活の糧を得ている。


 大学2年の頃、ある日突然、親や周りの大人たちが敷いたレールに、何の価値も見出せなくなった。

あの頃、彼らはただ善意でアドバイスをしていたのだろう。

でも、僕にはその善意が、薄いプラスチック板のように透けて見えた。

そしてその後ろにある自分の意志もまた、同じくらい透明で頼りないものに感じられた。


 気づいたら、僕は大学を辞めていた。

 それからの二か月間、ただ空白の時間を過ごした。

 自分が本当に進むべき世界に足を踏み入れるかどうか、ひたすら悩んでいた。


 僕が好きだったのは映像だった。特に実写。

 僕の頭の中で生まれたキャラクターが、文字を通じて形を取り、現実の俳優に宿って言葉を発する瞬間が好きだった。

 それが、現実を感じられる唯一の瞬間だった。

だからこそ、そのキャラクターたちをもっと鮮明に見せるために、映像技術や撮影の技法を学び始めた。

 拙い映像では、彼らに失礼だと思ったからだ。

僕は、自分の脳内に広がる世界をもっと深く、もっと明確に人に伝えるべきだと考えていた。


 そのとき、僕は「二人目の僕」として再び生まれた。

 それまでの僕は、ただ見えない誰かの夢をかなえるための装置のような存在だった。

だが、その瞬間初めて、自分の意志で努力し何かを成し遂げた気がした。

 

それは小さな勝利だった。


 しかし、現実はいつも期待通りにはいかない。

僕と同じような夢を見ている人間は、世の中に腐るほどいた。


 だから僕は写真に目を向けることにした。

写真は映像のような「線」ではなく、ひとつの「点」だ。

しかし、その点には広がりがあり、前後の物語を感じさせる。


僕はその感覚に魅了された。

 

 けれども、写真の世界に入った僕は、やはり落ちこぼれだった。

社内では「あいつはダメだ」と陰口を叩かれるほどの。


 入社したての時の僕は、知ることへの貪欲さに満ちていた。

新人の僕たちは残業が禁じられていたが、僕はタイムカードを切って、夜遅くまでスタジオに残った。

 無言のトルソーに向かって声をかけ、カメラの角度や光の加減をひたすら試していた。

他人の現像作業を手伝いながら、彼らの技術を盗んでいた。


すべてが学びの機会で、何か一つでも新しい技術を手に入れようと躍起になっていた。


あの頃の僕には、知ることに対する飢えがあった。



 写真は魔法のようだった。

僕の頭の中にあるイメージがそのまま現実になる瞬間。

それは、何か本当に大切なものに触れた気がした。

さらに、お客さんがその写真を見て喜んでくれること。

それが、僕にとって自己肯定感の源になっていた。


 いつの間にか、コロナ禍が始まっていた。

スタジオの撮影は七五三やお宮参りといった家族写真が中心だったが、密を避けるために客足はどんどん減っていった。

 

会社が休業し、僕は独立することを決めた。


 独立した当初、僕は何もかも自分一人でやらなければならなかった。

それがどれほど大変なことか、やってみるまで気づかなかった。

遅れを取っていた僕は、それでも何とかやり抜こうとしていた。


 しかし、問題はそれだけではなかった。

SNSでは、知らないカメラマンたちが、コロナ禍でも収入が増えたと自慢し、自分のスクールに生徒を集めていた。

もともと趣味レベルで写真を撮っていた人たちが、次々とカメラマンとして名乗りを上げ、仕事を取っていくのを見た。

プロとして長くやってきた僕たちですら、収入を得ることが難しくなり、さらに彼らが参入してきたことで市場は飽和し始めていた。

カメラマンの供給過多が進む中で、僕は次第に焦りを感じていた。


僕の収入は徐々に減り、何か新しい武器を手に入れなければと必死だった。


けれど、今の僕は戦い方を忘れてしまった。


あの頃の僕は、何も分からないまま、ただ前に突き進んでいた。

知ることに対して飢えていた自分はどこへ行ってしまったのか。

今の僕は、愛想笑いを浮かべて日々をやり過ごしている。

知らないことを知るために、途方もないエネルギーが必要だ。

 

僕は、そのエネルギーを使い果たしてしまった。


知らないままの自分を恥じる僕と、もう知ること自体に疲れてしまった僕が、心の中で争い始める。

 

その争いが、僕を動けなくする。

僕は、ただ立ち尽くすだけの存在になっていた。



この言葉たちは、君に向けたものではない。

僕自身に向けて書いている。

それでも、もしこの言葉が君に引っかかるなら、きっと僕は君の中にも僕と同じような何かを見つけたいのだと、信じたい。


僕たちは戦い方を忘れてしまった。

いつか思い出せるように、静かな祈りを。

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