四十話 休息

 強くなればなるほどに、恨まれる。


 殺せば殺すほどに、狙われる。


 敵として戦っていた魔族だけでなく、まさか守るべきヒト族の中からも自らを狙う刺客が現れたというのは戦いによって追い詰められた蒼佑の心を徹底的に歪めた。


 今でこそその片鱗を見せただけに収まったものの、当時は非常に危険な状態で、自らの命を省みないような戦い方をすることが多かった。

 それを支えていたのはロックらだ、彼らがいなければとっくに潰れていただろうことは想像に難くない。



 だから幸多たちはそんな蒼佑を少しでも支えたいと、そう思った。




 あれから数日経ち、目的は魔王討伐となった。

 戦いの疲れをある程度癒した今は、とある自然に湧き出た温泉に向かい、そこで身を清めつつしっかりと休もうという話になった。


 男性と女性の二つ……ではなく三つのグループに分かれて順番に入ることにした。

 なぜ三つなのかというと、男性陣は蒼佑を除いているからで、そんな彼と混浴する女性とそうでない女性で分かれているからである。


「というわけでソウスケはアタシと」


「ダメですよアシュリーさん、蒼佑は私の彼氏ですから」


「勘弁してクレメンス」


 ちなみに彼自身はロックや幸多たち同性メンバーと入る気満々であった。

 しかしそれを阻止したのがアシュリーと夢愛であり、謎に取り合う彼女らに蒼佑は困惑するばかりであった。


「そもそも俺と夢愛はもう別れたろうが、アシュリーだって似たようなもんだしさ……俺はサラと入るよ」


「あら、ソウスケは私を選んでくれるんですね。いいでしょうではいきましょうか」


「ちょっと待ちなさい!アタシも入るわよ!」


「うぅ…置いてかないで下さい!」


 彼は女性に興味が無いわけではないので、まったく嫌だとは思わない性格ではあるが、夢愛もアシュリーも少々ややこしいことがあったために少し気まずさを感じているようだ。


 ただサラとはそういったことは起きていないので、蒼佑は彼女を選んだみたいである。

 もちろんそんな事はお構い無しに二人も入ってきたそうであるが。



「そういえば私たちって付き合ってキスはしたけど……シてはなかったよね」


「あーうん」


 入浴中に蒼佑の身体を見て情緒がおかしくなった夢愛が彼にそう言った。しかし普通に返答に困ったようで投げやりな返事である。


「蒼佑の初めて、私にちょうだい?」


「えっ……と、それは……」


 相変わらずのテンションで蒼佑にそう続けたが、しかし彼は目を逸らしながら返答に困っている。


「何言ってんの、アタシに決まってるじゃない。ねっ、ソウスケ?五年前にアタシたち、色々したじゃない」


「あうおぉ……」


 二人のやりとりが気に入らず横槍を入れたアシュリーの言葉に蒼佑は変な声を出す。

 当然だが本番はしていない、ただ脱がされたようではあるが。

 もちろん彼も不愉快でなく、むしろいい思い出としているようだ。


「えっ、もしかして十二歳の蒼佑を押し倒したり……」


「あら、もちろんソウスケも乗り気だったわよ。ね?」


「いやそもそもそこまでシてないだろ。いやまぁえっとその……モゴモゴ」


 完全に暴走した夢愛とそんな彼女を焚きつけるアシュリーに振り回された蒼佑を見兼ねたサラが、彼をギュッと抱きしめた。

 服の上からでは分からなかった双丘が遮るものも無しに彼に触れる。


「いけませんよ二人とも、ソウスケが困っています。あまりふざけていると嫌われてしまいますよ?」


「あぐ……」


「むむ、そうね……」


 まるで正論を言っているようだが、それなら自分はどうなのかと思う蒼佑であった。


 補足だが、蒼佑は既に初めてを終えている……夢愛と別れたその後に。



 一方、少し離れた場所で二人で話していたのはメリーナとグリエラだ。

 お互い元騎士団所属であり、ある程度国の意思も背負っている責任重大な立ち位置であるこの二人がきちんと向き合うのは初めてのことである。

 マハラの時は事態の収束やゴタゴタでその時間はなかった。


「帝国としては、ソウスケ殿に対しどうするつもりですか?」


 そう問いかけたのはメリーナだ、彼女も事情を知っているので表情は鋭い。


「そこまでは私ではなんとも……ですか、できるだけ穏便にすまたいと思っています」


 それは明確な意思表明だったが、あくまでグリエラの個人のことであって帝国の総意ではない。

 帝国……正確には皇帝だが、もし彼と事を交えるとなれば確実に先代勇者パーティとの戦いに発展し互いに無事ではすまないどころか、国が滅ぶ可能性もあると考えていた。


 正確には人間相手に勇者の力は完全には発揮できないため対魔族ほどの結果は出ない。

 なので国が滅ぶ可能性は低いが、それでも極めて深刻なダメージを負うことは間違いなく、そうなれば国自体の建て直しが出来ず結果的にグリエラの危惧は間違っていないとも言える。


「そうですか。もし帝国がソウスケ殿と敵対するのであれば少なくとも我らがフラシア王国も敵に回ることもお忘れなく」


 ハッキリとそう言ったメリーナの声は強い圧を孕んでおり、グリエラはただ頷くことしか出来なかった。

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