三十六話 例の魔族

 あれから蒼佑そうすけたちはマハラから離れ、フラシア王国のとある街のユニオンを拠点にし依頼をこなしていた。

 どうやらどこかの街では勇者パーティが活躍したとの話も入り、幸多らが無事にやっていることに彼らは安堵した。


 ちなみに紅美くれみもユニオンに登録し蒼佑と同じベーシックランクのCからスタートとなった。

 彼女も蒼佑らと旅をしている中で野営のやり方や御者などを学び成長していた。

 あの時蒼佑に助けてもらったことで紅美の中での彼が印象を変わった。少なくともかなり頼りにしているようだ。

 絶望的な苦痛を経験したことで彼女の中にある、彼に対する悪意が罪悪感へと変わり、また身を呈して庇われたことで尊敬に近い感情を持った。


 そんな紅美だが、今の所眷属化の影響は特になく無事に日々を過ごせているようだ。



「今日はどんな依頼があるの?」


「んー、これといってめぼしいものはないな。大概良いヤツはみんな持ってってるからな……そもそもランクが微妙ベーシックだし」


 今の蒼佑は紅美と二人のパーティとなっている。その理由はロックとサラとバレットとのランクが大きく開いているためだ。ちなみにメリーナのランクは元王国近衛騎士であるためマスターのCである。


 自分より高いランクのメンバーやエクストラランクという特殊なランクのメンバーがいる場合、どれだけ結果を出しても自身のランクに対する影響が小さいため、せっかく依頼をこなしたり魔物や魔族を討伐してもその評価が小さいのだ。


 なのでせっかくならば二人で依頼を受けて、早いところマスターランクに昇格しようという考えである。ちなみにロックたちは四人で依頼を受けており、今日も街を出ている。


「ふむ……ん?」


「どうしたの?」


 蒼佑が一覧を眺めいると、彼は外から感じられる気配に悪寒を感じた。

 突然彼の様子が変わったことを見た紅美が首を傾げ、彼の肩に触れる。


「だっ大丈夫?」


「……魔族か」


「えっ!」


 そう、蒼佑が感じたのは魔族の気配だ。彼のみが持つ察知能力によるもの。


「すぐに外に出るぞ、すぐそこまで来てる」


「うっうん!」


 ロックたちがいない今あまり状況は良くないが、それでも何もしない訳にはいかない。

 二人はすぐに外に出たが、魔族あいてのスピードが存外早く、街の門をくぐる頃には既にそこにいた。

 魔族に気がついた冒険者たちが人を呼ぶためにユニオンへ向かっており、また数人の冒険者たちが魔族と対峙してる。


 その魔族は無数の魔物を従えており、今にも襲いかかろうと鋭い目を街に向けていた。

 その眼差しに宿らせているのは恨みつらみか、あるいは憔悴か……その両方かは分からない。


「どうせ殺されるのなら、荒らしてやるよクソ人間共が……」


 ただその魔族は確実に自暴自棄になっていて、それをハッキリと表すように目がギンギンとしていた。

 過去に浮かべていた余裕の笑みはすっかり消え、今はまるで殺しに飢えているように獰猛だ。


「なっ……」


「うそ……」


 その魔族を見た二人は絶句した。なぜならその魔族は紅美を眷属にした例の魔族だったからだ。

 魔族は紅美を見て目を見開いて楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた。


「ふふっ、ふはは!お前、お前か!面白いじゃないかぁ!あーっはっはっはっは!」


「っ……!」


「そっ蒼佑……っ」


 思い出したかのように大笑いした魔族に蒼佑は紅美を庇い、彼女は彼の袖を掴む。

 その声は酷く怯えていた。

 魔族の笑い声に空気が震え、魔力が ビリビリと響き皮膚を焼いたようにヒリヒリとした感触をその場にいる人間たちに伝わせる。


「クソっ、魔族がよぉ!」


「戦えないヤツらは逃げろ!俺らがコイツを……」


「雑魚が」


 さきほどユニオンに向かった冒険者から話を聞いたのだろう者たちがこの場所に来ていたようで、ここには今無数の冒険者たちが集まっていた。

 中にはあまり強くない者たちもおり、この魔族と戦うにはあまりに力不足だと判断したパーティが魔族に攻撃を仕掛ける。


 しかし力の差は歴然で、攻撃をしけた二人の冒険者が魔族の腕ひと振りで吹き飛ばされた。

 なにせ相手は上級魔族……それも元四天王の実力があるのだ、立ち向かえる人間の方が少ないだろう。その冒険者たちはこの街でもトップを張れる者たちだが、それでも遥かに力不足だった。


「……ここで終わらせる」


「やってみろ勇者……」


 彼らを吹き飛ばした魔族に間髪を入れずに蒼佑は攻撃を仕掛けた。

 魔族は彼の言葉にニヤリと口角を上げる。


 彼の剣と魔族の拳がぶつかり合い凄まじい衝撃波が辺りの空気を揺らす。

 その風は凄まじく、ソレだけでも辺りの石が10メートルを軽く飛んで周りの人々の身体を傷付ける。


「ックソ、強い……」


「所詮人間……!」


 蒼佑は剣に魔力を纏わせ魔族と応酬を繰り広げる。戦いは拮抗している。

 そのやり取りは周囲の者たちを震え上がらせ、蒼佑の実力をハッキリと見せつけている。


 ここで、勇者のまだ明かされていない強みが結果として表れる。

 勇者の持つ魔力というのは極めて異質で、本来の魔力は物体に纏わせることなどできないのだが、ソレが出来るのはやはり勇者由来の能力である。



 そしてその魔力は、魔族の魔力をジリジリと腐らせていった。

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