三十一話 少ない繋がり
「ソウスケがそんなに憎いなら二度と会わなくてもいいように……ちゃんと殺してやる」
チュリカは怒りをたたえたまま
額を突き出した彼女の顔は紅美の眼前に迫り、彼女の視界を圧迫した。恐怖に身を震わせ、なんとか言葉を絞り出す。
「いっいや……違うんですこれは……」
「なら言ってみろというのだ!」
チュリカの怒号が響く。どこかあどけなさを残している声の筈が、それがより不気味さを際立たせる。
あどけなさを残した声にドスが効いており、それに鼓膜を振るわされた紅美は涙を零す。
「……わっ私はただ、
「わかった」
あっさりと聞こえてきた言葉に紅美は目を見開かせる。しかし、その内容は裏腹だった。
「私たちには、当然どうでもいい事だ。だからちゃんと殺してやる」
あまりにも無情に告げられた言葉に紅美は安堵しかけた心が再び絶望に叩き落とされ、肩を震わせ歯をガチガチと言わせている。
そんな彼女を無視してチュリカはその腕を掴み上げる。
「いやっ!いやぁ!!助けてぇ!!!」
チュリカに外へ引き摺られながら紅美は叫ぶものの、幸多にも夢愛にもどうすることはできなかった。ただ、涙を流して目を逸らすのみ。
チュリカの魔法によって口と身体を拘束され、紅美はなんとかソレを振りほどこうとするもビクともしない。
確かに眷属化した紅美は今や中級魔族を上回る実力があるが、それでもチュリカの魔法は圧倒的であった。
「大丈夫だ、死んだあとは惨たらしくとも 意識は一瞬で刈り取ってやる」
唯一の慈悲とばかりにチュリカから告げられた言葉は、逆に紅美のか細い希望さえ塵と化した。
パキパキとチュリカの頭上に土杭が作られていく。
人の頭ほどの太さをしたソレは、確実に紅美の心臓を狙っていた。
逃れられない死の恐怖とどうにも逃げられない状況に彼女はじっとりとズボンを濡らした。
「じゃあ……死ね」
満を持して放たれた杭は一瞬にして視界から消える。しかし、それが紅美を貫くことは無かった。
彼女の目の前にボタボタと血が滴る。それは蒼佑のものだった。
突然なことに場が騒然とする。
「……ソウスケ、どういうつもり?」
「ごめんチュリカ。それでも俺は……」
土の杭が腹を貫いたことで彼は顔を顰めているが、チュリカが彼に話しかける。
殺すべき人間を殺せなかったことでチュリカは蒼佑に怒気を放った。しかし彼の様子にソレを引っ込め、土魔法を解除した。
倒れそうになる蒼佑を見たグラットが前に出て彼を支える。
「やっぱり、同郷の人間は殺されたく無いもんだよな」
「ごめんグラット、本当ならこんなことすべきじゃ無いのに……」
蒼佑は申し訳なさそうにそう言ったがグラットはそれを手で制した。
彼も彼なりに蒼佑を心配しているのだ。
「言うな、お前にとって同郷の人間は、唯一残った冷静さや良心みたいなものだろう?」
「……あぁ、そうだな」
戦いとは無縁だった " あちら側 " との唯一の繋がり。蒼佑はそれを傷付けてはならないと思っていた。
「多分、もしコイツらに何かあれば……戻るだろうな、あの時みたいに」
" 戻る " というワードに五年前の彼を知る皆が息を飲む。
常に殺気立ち 常に憔悴し 常に怒り狂っていた……あの時を。
魔族との戦いで心身共に疲れていた時、人間の欲望から生まれた人間との戦いで初めて人を殺し、それが続いたことで蒼佑はすっかり狂ってしまったのだ。
しかし、そんな彼の心を少しだけでも癒してくれたのはグラットとグレッタであった。
「っ…それなら、とは言えないけど……」
困ったように頭を抱えたチュリカ。
過去の彼を知っている彼女からするとあまりにも見ていられないあの姿になって欲しくなかった。
その気持ちと紅美を殺すという決意に板挟みになり、複雑な気持ちになる。
「分かってる。だから少なくとも、
「それは……っ」
それはある種の契約か、蒼佑はそう言い切った。さすがにそれはと皆もどよめく。
「ここまでの迷惑をかけた以上、ここからは出ていくよ。二度とここの敷居は跨がない」
「えっ!?」
それは彼なりの決意だった。その意思表明に更に皆が驚いた。
蒼佑なりのケジメだが、それは誰もが受け入れたくはないことを、彼は知らない。
そもそもの問題は紅美の処遇であって蒼佑も被害者の一人だ。彼が割を食えば良い訳でもないし、なにより ここマハラには、彼を好み望む者たちもいる。むしろそれは多数派であった。
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