三十話 チュリカの怒り

 蒼佑そうすけを殺すことを強く肯定し怒鳴った紅美くれみの声が響き、それに対し皆が恐ろしいまでの殺気を彼女に向ける。

 自分が生かされている救いの手であることを気付かないまま。


「前々から俺を目の敵にしてきてるのは知ってが、どうしてそんなに俺を憎むんだよ」


「それは、アンタがいつまでも夢愛に付き纏うからで…あれでも……だから、夢愛は和泉君と付き合うべきで…」


 蒼佑の素朴な疑問に対し答えようとした紅美であったが、途中からしどろもどろになってどうにも答え切れなくなった。

 それもそのはずで、元々は蒼佑と夢愛が付き合っていたことを気に入らなかった彼女が二人を引き裂くために蒼佑の自信を念入りに削ぎ、また夢愛と幸多が付き合うように周りの人間を利用したのだ。……蒼佑に纏わる悪意ある噂を流布させてまで。


 夢愛と幸多は異性に人気があり、彼らが付き合うことこそ理想とする人間が多かったのもある。

 誰と誰が付き合うか、それは高校生にとって立派なゴシップであり、それも人気者同士ともなれば『あの二人が付き合うべき』というような押し付けがあった。

 それを利用したのが紅美であり、蒼佑も幸多も夢愛も、ただ彼女の思惑に巻き込まれただけだ。


 幸多を想っていた紅美は彼に告白し、振られてしまった。それが納得できなかった彼女は幸多と夢愛を付き合わせることで自尊心を保とうとしたのだ、その為には蒼佑が邪魔だった。


 発端としては誰にも気付かれないところで彼を傷付けことだが、それをずっと繰り返している内に、彼女にとってそれは一種の " 遊び " になってしまっていた。

 蒼佑を傷つけることで安心し気持ちよくなり、それが悪化を続け今では殺したい存在とまでになってしまった。気付かぬうちに。


 だからこそ、蒼佑の質問にまともに答えることが出来なかった。そこまで深く考ていなかったからだ。


「ちょっと待ってよ、蒼佑は私に付き纏ってたんじゃなくて付き合ってたの。勝手なこと言わないで!」


「そもそも、どうして俺が明海あけみさんと付き合わなきゃいけないんだ?」


 紅美の思惑に巻き込まれた二人は彼女に怒りを抱き、強い口調でそう言った。

 その目つきもだいぶ鋭い。


「えっと、だからそれは……」


「もしかして、俺が真木まきさんを振ったから?」


 いつだったかの事を思い出した幸多が彼女に向けて言った。それは紅美にとって知られたくない記憶であった。


「やめてよ!関係ない、関係ないから……言わないで……」


 彼女がヒステリックにそう言うと幸多は察した。間違いないと。

 だがそれと蒼佑になんの関係があるのかが、イマイチ理解できなかった。

 それもそうだ、ただの八つ当たりなのだから理屈も何もありはしない。考えれば考えるほど的外れなことになるばかりだ。


「ソウスケ」


 ここで割って入ったのはチュリカであった。突然のソレに皆がそちらを向く。


「どうでもいい、とりあえず殺そうか」


 そう言った彼女はいつも通りのふうであるが感じられる怒気は凄まじい。やはり好ましく思っている蒼佑にこうも明確な敵意を持たれれば不愉快なのだろう。


「えっ、ちょっと待って下さい!どうしてコイツなんか……」


「黙れ、お前に聞いてない」


 横から何かを言おうとした紅美に対しチュリカは簡潔にそう言った。淡白な態度だが向けるソレはここにいる皆が緊張するほどだ。その目にはハッキリと殺意を滲ませている。

 当然向けられた紅美はゾッとして押し黙る。


「今お前が生かされているのはソウスケが許してくれているから、それを考えもせず命の恩人に牙を向けるなら殺す他ない。事実グラットは死にかけた」


 まるで罪状を読み上げる裁判官のようにチュリカは告げる。その雰囲気は小さい身体に似合わないが、それでもどこか様になっていた。


「だから殺す。できるだけ、惨たらしく」


 彼女から放たれた言葉に紅美は悲鳴すら上げれずにいた。もはや完全に萎縮してしまっている。

 まるで蛇を前にしたネズミのよう。


「……何か反論は?」


 紅美から話を引き出すためにこのままではいけないとチュリカはその雰囲気を緩める。

 見えない拘束から解かれた紅美はプハッと息を吐いて少し俯き左手を胸に当てながらハァハァと荒い呼吸をしている。


 皆と同じくチュリカ自身もその必要はないと断じていたが、敢えてそうしたのは蒼佑の手前であって紅美のためではない。


「……ほっ本当にはやぶさが助けてくれたんですか……?」


「あ?」


「ひっ……っ!」


 質問を質問で返されたチュリカは思わず雰囲気を締めてしまった。抑えている怒りが紅美の行動で戻ってしまいかけた。


「……はぁ、まぁそうだね。罪を犯したお前を許して欲しいと言ったのはソウスケだ。もちろん他にもそう言ったヤツらはいたけど、私たちにとってはどうでもいいヤツらだったから実際 ソウスケのおかげだ。本来感謝するべきだというのに、お前はそれを " あんな言葉 " で返したんだ……私たちにとってそれは万死に値する。もはや見逃す義理はない」


 淡々と告げられたそれは紅美にとって都合の悪いものであった。

 ……ただ彼女は、息を飲むことしかできない。

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