二十五話 紅美と魔族

 目の血走った紅美くれみの高笑いが辺りに響く。

 蒼佑そうすけたちはその様子に圧倒され何も言えずにいた。


「どういうことだ明海あけみ!アイツと真木は何をしてた!」


 今までの事を見ていたであろう夢愛ゆめに彼はそう問いかけた。唐突な苗字呼びと今の出来事で情緒が狂いそうな夢愛は何とか答えようとしていた。


「わっ分からない、さっきの魔族と何か喋ってて…でも何が何だか」


 当然だが今のマハラは戦地、周囲からは魔法で攻撃したときの音や怒鳴り声などでかなり騒々しい。それに加えて紅美たちの声はそれらの音に負けるほど声が小さかった。

 対象のみに聞かせるだけの距離と声量だった。


「あはっ、アタシは魔族アイツからアンタを殺せる力を貰ったのよ!お陰で魔力が溢れて仕方ない!」


「なに……?」


 力を貰うなど本来はありえない事だ。近いものならば支援魔法のソレであるがそうであれば魔力が溢れるだなどと言うことは無い。

 つまり考えられるのは、人間にはない特殊な力などを先の魔族が持っていたということであろうが、どうにもそれを明かす術がない。

 なにより今は、目の前にいる紅美をなんとかしなければならなかった。


「死ね!」


 彼女がそう叫ぶと魔法で作られた岩石や炎、氷などが飛んでくる。

 統一しない魔法のイメージによるものだ。今の彼女の頭の中には " 飛ばし、ぶつけられる " もののイメージしかなく、とにかく撃ち殺すことばかりが先行している。

 普段であればどうということは無いが、今は後ろに夢愛とチュリカがいる。下手に避ければ彼女らに当たってしまい余計な怪我をさせることになる。加えてチュリカはボロボロだ、すぐにでも回復しなければならないというところに魔法が当たればそれこそトドメになりかねない。


 蒼佑は紅美の魔法を受け止めることしか出来なかった。

 魔力を剣に纏わせ威力減衰を促すが、力任せに放たれるそれにはただ単に減衰させることが限界であった。

 しかしどこに連れていったところで今のマハラには安全圏がない。

 夢愛一人では下級魔族でも危険であった。


「蒼佑、私は…」


「明海はまだそこにいろ!」


「っ…」


 どうすればいいのかと問いかける夢愛だが、蒼佑とっても今の状況か困惑するばかりであった。

 仮にも仲間である紅美を夢愛と戦わせるのは心苦しかった蒼佑はそう言った。

 逃げるにしても先述の理由もある、状況は悪い。チュリカの容態もある。


「隼!アンタが死ななきゃチュリカさんが死んじゃう!だから早くしてよ!」


 紅美の身勝手な物言いに苛立つ蒼佑であるが、理由も分からない以上彼女を傷付けるのは気が引けていた。しかし人の命には替えられないと彼は前に跳び出して魔法を切り払う。

 とはいえ減衰しただけの魔法が彼の身体を傷付け痛みに顔を歪ませる。が、それでも紅美の目の前まで来ることが出来た。


「ひっ!いやぁぁ!」


 眼前まで迫ってきた蒼佑に恐怖した彼女はヤケクソとばかりに魔法を放つ。

 それを一身に浴びながら彼女の脇腹に蹴りを入れた蒼佑は傷だらけだ。

 紅美は木に叩きつけられて顔を歪ませている。


「っつぅ…女性にこんなこと、するなんて最低ね……そりゃ夢愛にもフられるわ。っあはは…」


 致命傷ではないものの確実に意識を失う一撃だったようで、 彼女はそう言い残しながら気絶した。

 色々と残る疑問は後回しにして蒼佑はすぐにチュリカに回復魔法を掛ける。


「一体なんなんだアレは…」


「分からない…けど大丈夫なの?傷だらけだよ」


 この異常な事態に苛立ちを吐き出すように呟いた彼を気にかける夢愛。

 彼女は蒼佑の傍で彼に背中に手を添える。


「これくらいはどうってことはない。けどチュリカが心配だ」


 すぐにチュリカを抱えてサラの元へ向かおうとした蒼佑だが、ふと紅美のことも気になった。

 もしかしたら彼女は正常な状態ではなく、望んでいないままあのような奇行を行ったのかもしれないと、そう思ったのだ。

 もしそうであれば、このまま見捨てる事は出来なかった。


「……真木さんなら、私が運ぼうか?」


「いいのか?」


 紅美を気にする蒼佑の意図を察した夢愛の言葉に蒼佑が聞き返すと、彼女はコクリと頷いた。

 彼は夢愛に身体強化の魔法を掛け、それを受けた彼女が紅美をおんぶした。


「すごい…」


「急ぐぞ、早いとこ皆と合流しないと」


「うん!」


 軽々と人一人を抱えることが出来たことに感嘆を漏らす夢愛。蒼佑はそんな彼女に急ぐように言うと夢愛はハッキリと返事をして彼について行った。

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