十五話 覚醒

 魔族との戦いは続き、今は半数の魔物達が討伐されているがどの魔族に対しても決定打に欠け、三人の内一人を相手しているアシュリーでさえ互角の状況だった。

 グリエラは経験、幸多こうたは勇者の力によってなんとか耐えているものの、二人とも防戦一方で負けてしまうのは時間の問題だった。


 こちらに向かっている蒼佑そうすけらはまだ港町から出たばかりでありここに着くのは早くて三日、長くて一週間ほどといったところだろう。

 そもそも彼らがこちらに向かっている事さえここにいる皆は知る由もない。

 このままでは詰みといったところ。


「ふふ…勇者といえど この程度か、拍子抜けだな」


「ックソ!」


 いくら勇者とはいえ戦闘経験の浅い幸多では今の魔族の相手足りえなかった。

 勝てる見込みのない状況に歯噛みすることしかできない彼の胸の中に現れたのは蒼佑だった


(まだ何も話せてない、誤解されたままで死ねるか!それに…)


 彼の中には蒼佑だけでなくそこにいるアシュリーの存在があった。

 初めて恋をした彼にとって、それは内から湧き上がる不思議なもの。

 それが彼の力をより押し上げる。


「っ……」


 戦いを通じて自分の気持ちに向き合った幸多から感じられたソレに、相手の緑髪の魔族は目を鋭くした。


「貴様、何をした」


「……?何も」


 いきなり警戒した魔族に疑問を抱く幸多だが、それが自分のせいであるとは気付かなかった。

 彼の内から出るその力、そしてひと月かけて学んだ基礎を思い出しその剣を振るう。


「ぐっ、重い!」


「ここで終わらせる!」


 自身の内にある魔力、それを限界まで剣に乗せその一撃をより強くした。

 魔族はそれに顔を歪める。


「クソッ死ねぇ!」


 鍔迫り合いで勝てないことを悟った魔族がいきなり距離を取り強烈な氷魔法を打ち込む。

 しかしそれは幸多に届かなかった。


「なっ…」


 凄まじい剣捌きでその魔法を打ち砕かれたことに魔族は驚愕を隠せなかった。

 それもそのはず、本来であれば魔法を剣で斬ることなど不可能なのだ。

 しかし幸多が自分の剣に乗せた魔力の密度があまりに高かったことで、その一振はもはや一つの魔法となり、魔族の放った魔法が断ち切られてしまったのだ。

 ソレが剣から放たれた魔力 であれば相殺できたが、魔力が剣に纏われたことでその強度が上がったのだ。

 剣という土台に魔力という膜が張ったということである。


「っ…!」


 驚愕した魔族の隙を見逃すことなく幸多はその首を剣で払った。

 確実に彼の能力は上昇しており、実戦を通じて彼はようやく自分の力を引き出すことができるようになった。

 魔族を倒した幸多が向かったのは、想い人であるアシュリー……ではなく苦戦しているグリエラだった。いくら恋をしているとはいえさすがに戦況を読めないほど愚かではない。


「グリエラさん!」


「こっコウタどの…うっ!」


 幸多の名前は呼ぶものの視線を向けることが出来ないほど魔族に押されているグリエラの元に幸多が向かったことで、戦況はだいぶ良くなったと言えよう。

 しかしアシュリーの相手をしている魔族はそれに焦りを感じた。


「クッ、アイツめ……このままでは負けてしまう!小娘、遊びは終わりだ!」


「なんですって?……っ!」


 そう叫んだ魔族が特大の炎魔法を打ち込んでくる。もちろんアシュリーも氷魔法で対抗するも魔族の魔法の方が強い。

 これは種族間の差であり、いくら魔法のプロであるアシュリーでも種族の間にある隔絶とした差はどうにもならなかった。

 次第に防戦一方となるアシュリーはただ幸多がこちらに来ることを祈ることしか出来なかった。




「せぁっ!」


 その掛け声が聞こえたとともにそこにいた魔族は膝を折って崩れ落ちた。

 数多の応酬の末なんとか魔族を倒すことが出来た幸多はすぐにアシュリーに目を向けた。

 ただ耐えることしかできなくなった彼女を見て焦った彼だが、夢愛と紅美の様子も気になった。

 なんとか二人で魔物を処理しているもののジリ貧である彼女らを無視など出来なかった。


「コウタ殿、私はお二人の元に行きます!あなたはすぐにアシュリー殿の元へ!」


「分かりました!」


 彼の胸中を知ってか知らずかそう言ったグリエラはすぐにその通りの行動に出た。それを見た幸多もすぐにアシュリーの元へ向かう。

 激しい戦いによりいつの間にか皆の距離が開いたためその距離を埋めるために彼は全力で走り出した。



「クソックソッ!人間如きがぁ!」


 二人いた仲間が殺され自分しか残っていないことに焦った魔族はただがむしゃらに魔法を放つ。

 後のことを考えずに放つソレの威力は凄まじく、今までなんとかあしらい続けてきたアシュリーを傷付けた。

 しかしそれだけで致命傷にすらならないことに強い焦りを感じた。


 今こちらに走ってきているソイツに絶望と恐怖を感じなんとかアシュリーを倒そうとする。

 しかし下手な鉄砲でさえ数を撃てば当たるというのなら、上手な魔法ならより多く、そして強く当たるのは自明の理。

 さきほどよりも勢いの強くなった魔法を防ぎきれず被弾が増えたアシュリーも、同じように焦っていた。

 幸多が魔族の元に着いたのと同時に強烈な魔法がアシュリーにほぼ直撃した。

 ほぼというのは彼女がギリギリで出せた防御魔法によって致命傷ではなかったということ。


 自身と同格の二人が彼に倒された恐怖 と魔力の使いすぎ により動きが鈍った魔族は、極限まで昂った幸多にあっさり倒された。


「アシュリーさん!」


 幸多は大きなダメージを負った彼女の元に駆け寄りその名を呼んだ。

 意識があった彼女を見て胸を撫で下ろした彼はそのまま彼女を抱き抱え夢愛たちの元へ向かった。


 彼女らもグリエラが合流したことで魔物たちの処理が終わったようだ。


 これにてこの襲撃は何とか防いだこととなる。

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