五話 フラシア王国入国

 ロックと行動を始めてひと月近く経ち、フラシア王国の国境内に入った。

 それまで苛烈だった帝国からの刺客の手もなくなり、順調に旅を続けて王国の辺境にある大きめの街を目指している。その街のビジランテユニオンで依頼を受け、路銀を稼ぐことにした。


 ビジランテユニオン…通称ビジランテ、またユニオンと呼ばれるソレは、遠い昔に魔王との戦いで国や貴族の騎士団では対処しきれなくなった時に、冒険者や引退した元騎士団員などといった、軍に仕えず個人で戦う人間たちが団結して戦えるよう、そのサポートを行う組織、自警団ビジランテが前身となって出来たものだ。

 今では困った人間が気軽に依頼し、そこに属した人間であれば、依頼を受注しそれを達成をする事で報酬を貰うことが出来るものとなった。

 要は困った人とその問題を解決出来る個人やパーティを仲介する組織である。

 その性質上、国とは別の組織となっている。


 もうそろそろ幸多たちは城を発ったただろうか?

 ユニオンであればそのあたりの情報も集めることが出来るので立ち寄って損は無い。

 ユニオンの登録した冒険者になっておいたほうが、勇者という肩書きもない今、その力を使うことも必要となってくる。


「勇者たちは心配か?」


 考え事をしてるとロックが声を掛けてくる。


「当たり前だ、友達が戦いに身を投じるんだからな」


 かつて勇者として戦っていたからこそ、その辛さがよく分かる。


「魔族だけでなく、時には人間からも悪意や殺意を向けられる。人間だって殺さなければならない事もあるんだ。

 あいつにあんな気持ちになって欲しくない」


 戦いともなれば、沢山の物資が必要となる。すると金が動くことも多くなる。

 それを利用して大きく稼ごうとする商人たちには、戦いを終わらせようとする俺達のような存在を疎ましく思う者たちもおり、それら からの脅迫や襲撃もあって疲弊することも多い。

 だからこそ俺は不愉快だった。

 戦いに身を投じるのは俺だけでよかった、あいつにその重荷を背負って欲しくなかったと思っている。どうして俺では無いのかと。


「確かに、大切な人にそんな思いをしてほしくはねぇわな。''最初'' は酷く気分が沈む」


 俺もそうだった。


 ''最初'' にやったときは一日立ち直れなかった。


 それどころか暫くの間は夢に出たし、かなりナーバスになっていた。


「あの時は世話を掛けたな」


 その時の事を思い出してそう呟いた。


「あぁ?そうでもねぇよ、俺らの方が世話になりっぱなしだった。

 そもそもおめぇあん時はもっとガキだったろ。それなのに勇者なんて本当はやるべきじゃなかったんだよ」


「今更だ」


 今考えればよく耐えられたものだ。

 病んでしまったっておかしくなかったが、それもひとえに仲間たちが支えてくれたお陰でもある。

 今でも感謝している。


「今回の勇者はどんなもんかねぇ」


 どんな気持ちかは分からないが、ロックがそう尋ねてきた。


「俺の見た限りじゃ、鍛錬を積めば、結構強くなりそうだったな」


 前回この世界に来た時、勇者として戦っているうちに魔力を感じ取る力が身に付いたことで、向こうでも魔力を感じる事ができるようになった。

 といっても 向こうではこちらに来た時の記憶を失っていた為に気付かなかったのだが、思い返せば、幸多を始めとして魔力を放った人を見たことがある。

 と言ってもそれこそ片手の指の数ほどにも満たないが、もしかしたら意外と沢山いたのかもしれない。

 ちなみに記憶を取り戻したのは、転移した日の夜だ。


「そういや、連中はなんでお前の魔力に気付かなかったんだ?」


「一体俺が誰に稽古付けてもらったと思ってる?」


 ロックの問いかけにニヤリとしながら答えるとロックは納得した表情をした。


「あぁ、アシュリーだったか」


 先代勇者パーティの魔法メインのオフェンス担当。

 ロックが前に出て、アシュリーが魔法で後ろから攻撃していた。

 魔法に詳しく、また魔法使いとしても極めて優秀であったので魔力操作については彼女に教えて貰っていた。

 その時に身に付いたのが、無意識下での魔力の放出を抑える癖である。

 魔力を感じられる者にとっては、それの放出は威圧にもなりうる。だからこそ適度に魔力を抑えることで自らの力を悟られないように、従ってその気配を抑えることが出来るようになった。

 まさかそれが災いするとは思ってもみなかったが。


「あいつお前のこと大好きだったからなー、修行となればよくお前を連れてどっか行ってたな」


「アシュリー曰く魔法は集中だ、他の人間がいたら気が散るから二人きりでやるのがベストだと言ってたな」


 まぁ魔力操作の感覚を掴むためとか言ってベタベタひっつかれたのは大分気が散ったが。

 とはいえ彼女から流れてくる魔力から、その流れを掴むことは出来るようになったから無意味という訳では無かったのだろうが。


「またお前に会ったらあいつ喜ぶぜ?」


 前のことを思い出してか、ロックがニヤニヤとしている。

 こちらとしては戦力が足りない今、出来れば来て欲しいメンバーでもあるが、如何せん距離が近いというか…まぁ色々と困る。


「ニヤニヤすんな、困んだから」


「だからじゃねぇかよ、お前の反応見てるのは楽しいからな」


 悪意を向けられるのは慣れているが、好意を向けられるとどう返せば良いのか分からない。

 生憎、友人より更に進んだ関係は長く続いた試しがない。

 だからこそ困るんだ、俺にはそれを返すだけの気持ちがないから。


「まぁあんまり真面目に考えすぎねぇこった。だからそんな顔すんじゃねぇよ」


 考え込んでいるのが顔に出たようだ。

 ポンポンと俺の背中を叩きながら、気の良さそうな笑顔をしている。


「まぁとにかく、金を稼ごう。飯も食えないし雨風も凌げないからな」


気を取り直した俺は彼にそう言った。

 旅はまだまだこれからだ、暫くは街に滞在することになるだろう。

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