千年比丘尼

武江成緒

1. 火を起こす




 携帯式のちいさな鉄の箱をひらいて、金網とどこひろげたら、コンパクトサイズのバーベキューコンロがすぐに組みあがった。

 キャンプ場の事務所で売ってた炭をセットし、多目的ライターで点火。


 手順は昨日、動画サイトのキャンプ動画で見たとおり。あとはここに来るまでにスマホで検索した情報。

 そんなもんでさえ、いざやってみると、あっちで詰まり、こっちでトチり。

 想定してた時間の倍はかかってた。

 まあそれでも、人生二回目、一人ソロでやるのはこれが初のバーベキューなんて、きっとこんなもんだろう。


 ひととおりの準備をすませて、一休みをすることに決めた ――― 社会人になり始めてとった、まとまった休み。始終コンロと休憩なしの格闘なんて余裕ない真似はさすがに悲しい。




 夏休みとシルバーウィークの時期のはざま、ちょうどひとのない季節の、平日の夕方だ。

 片田舎の、名勝地ってわけでもなくて、おまけに海にいくためには三十分かけ砂浜まで歩いていくか、目の前にあるこの崖を決死の覚悟でおりなきゃならない、そんな恵まれないキャンプ場。


 あたりには、おれ以外には誰もいなくて、さみしげなヒグラシの鳴き声と……じっとしてればかすかに聞こえてくる海の音。




――― 知ってる? このあたりには人魚伝説があるんだって。




 海が近いからだろうか。

 先輩の声が、いつになくはっきりと耳にたちのぼってきた。

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