第12話 謎のルームメイト

「ランキング更新は明日の昼か~楽しみだな」


 金大寺とのいざこざが終わり、騒がしい決闘場をこっそり抜け出した俺は寮に向かっていた。

 魔力がすっからかんになったからなのか、虚脱感というか、疲労感がすごかったのだ。


「ここが寮か。なんか随分と立派な建物だな……」


 目の前に現れたのは、学生寮と言われてイメージしていた木造の古びた建物とは全く違っていた。

 真新しいマンションのような大きな建物。


「高級マンション……ってか、もうほぼタワマンじゃね? そこまでじゃないか? いやでもデカい」


 聞いた話によると、カラオケや漫画喫茶などの娯楽施設やジムとプール、学習ルームなども入っているらしい。

 しかもこの建物は一年生棟と呼ばれ、一年生150人だけで使用するのだとか。


 よく見れば、近くに同じような建物がいつくか建っている。

 二年生、三年生、そして教職員や従業員さんたちのものだろう。


 俺はスマホをかざし、ゲートを開き中へ入る。学生証も入館証も全部スマホ一つで完結するのはとても便利だが、もし紛失してしまったらと思うとゾッとする。

 この入館の際のタッチ認証は点呼も兼ねているので、門限である夜22時までには必ず押しておく必要がある。


「む? エレベーターでもスマホが必要なのか」


 スマホをもう一度かざし、エレベーターを呼ぶ。

 すると、いくつかあるエレベーターの内、一番奥の物が降りてきた。

 開いた扉を潜り、中に入ってボタンを選ぶ段階になって、ようやくここでもスマホを使う理由がわかった。


「なるほど。ランキングと性別によって行動範囲が制限されているわけか」


 俺が現在行けるのはD組・E組男子用の部屋がある2階。そしてD・E男子用の食堂やラウンジ、トレーニングルームのある3階のみとなっている。


 どうやら先ほど言った娯楽施設だったりは俺のランキングでは行くことすらできないらしい。

 なんとなく『もっと強くならないと入ることはできない』場所があって、ゲームのダンジョン味がある。

 いやここ、体を休める寮なんだけどね?


「とりま二階の自分の部屋に向かうか」


 ボタンを押す。

 動いたことに気付かないほど静かにエレベーターが上昇を始める。

 メッチャ高性能なやつだぞこれ。しかも早い。一瞬で二階に到着した。


「お、おお……床が絨毯? ふっかふかだ。それに新品の建物の匂い。んん!」


 ランキング至上主義の七星学園。代々日本を陰で守ってきた魔術師たちの多くが通う場所だ。おそらく上流階級の坊ちゃんお嬢ちゃんばかりなのだろう。

 そんな連中には、眺望の悪い低階層の部屋が「悪い待遇」のようだ。


 しかし……。


「祖父母から引き継いだ築70年の平屋に住んでた俺からしたら、滅茶苦茶好待遇!」


 そもそも銭湯通いだったので風呂が同じ敷地内にあるだけで神過ぎる。


 夏の「せっかく風呂入ったのにまた汗かいちゃったよ~」とか冬の「せっかく暖まったのに冷えちゃったよ~」みたいなのとはおさらばできる。


 24時間自動食堂も2階の奥にあるみたいだし、ラウンジやカフェスペース、軽い運動用のスペースまで完備されている。


「正直家族全員呼びたいくらいだ」


 とはいえ、不安要素もあるにはある。

 なんとD組・E組は相部屋なのだ。(C組から個室を貰える。そして言うまでもなく、上のクラスになるほど個室のグレードは上がっていく……らしい)


 そしてどうやら俺と相部屋になるのはD組の男子。


 どんなにランキングを上げたとしても、クラス替えまではE組を脱出することはできない。

 つまり、ここで相部屋になったヤツとは強制的に1年間、同じ部屋で暮らすことになる。


「ぶっちゃけガチャだよな……いいヤツでありますように」


 俺は自室の前までやってくると、祈るように扉を開けた。

 部屋は広めの1Kになっているらしく、廊下と併設されるようにキッチンそして反対側にはトイレと小さいシャワー室に脱衣所がある。ベランダがないからか、洗濯機はドラム式乾燥機。すげぇ!


 軽く感動しつつ奥に進む。


 8畳ほどの部屋の両サイドに学習机とシングルベッドが置かれており、簡易的だが生活空間が別れている。

 そして、家から送ってきたダンボールがいくつか置かれた部屋の真ん中に、先に到着していたルームメイトがいた。


「ええと……」


 思わず言葉に詰まる。

 部屋でくつろいでいるのは俺がこれまでの人生であまり関わってこなかったタイプの人種だ。

 金髪の中性的なイケメンで、顔の下半分を黒いマスクで隠している。

 両耳にはエグい量のピアスをつけていて、滅茶苦茶威圧感がある。


 すごい勝手なイメージだけどメンヘラな女にすごいモテそう……。


 うわぁ。金大寺みたいなオラオラ系は中学にも沢山いたから慣れてるんだけど、こういうのは初めてだな。

 ちょっと怖そうだが……とりあえず挨拶をしよう。


「お疲れ。俺はE組の朝倉澪里。これから一年よろしくな」


 俺の挨拶にビクんと体を震わせ、金髪ピアスくんも口を(マスクで見えないが)開いた。


「忍崎ふたり……D組です。よ、よ、よろしくです」

「はは。タメ口でいいよ」


 ふたりって変わった名前だねと言おうとしてやめた。

 なんかメッチャ挙動不審だし。

 目とかすごい泳いでて全然合わないし。指とかもじもじしてるし。

 見かけによらず人見知りなのだろうか?


「あ、あの……!」


 しばらくして、忍崎が意を決したように言った。


「い、いじめないでください」

「はぁ!?」

「ひっ……!?」


 思わず大きな声を出してしまった俺に、再び忍崎が怯えてしまう。


「あ、悪い。ってかいじめなんてしないよ。ルームメイトなんだし。ってかそんな風に見えないだろう?」

「で……でも試験官が気に入らないからって、入試の時に第二ホールを爆破したんだろう? 噂になってるよ」

「……え?」

「あの金大寺家のお坊ちゃんにも決闘で勝っちゃうし……怖い人なのかなって」

「誤解だから! どっちも事故みたいなものだから! そうだ! もう時間だし、食堂に行って夕飯食おうぜ!」


 食事を共にして、誤解を解こうと思った。


「うん……ああきっとボクの大事な食事、全部奪われちゃうんだ。不良漫画みたいに」

「取らねぇよ!」


 妙にビビられながらも、夕食を食べ終わる頃にはなんとか打ち解けた。


 そして夕飯なのだが、金大寺との決闘で約束した「今日の夕飯を交換する」が適用されているらしく、滅茶苦茶豪華なメニューの中から好きな物を選ぶことができた。


「ど……どうせなら……これ頼んでいいかな?」


 俺が頼んだのは特上寿司。

 高級感溢れる黒いトレイに詰められた寿司を見て、俺は気を失いかけた。


 震える手で、まずはマグロを頂く。


 口に入れた瞬間、まるで心臓が止まったかのような衝撃。そして別の世界に足を踏み入れたような感覚が口の中に広がった。

 米と魚の合体攻撃がここまですごいとは想像していなかった。


 酢飯の程よい酸味と極上の新鮮なマグロの旨味が一瞬で舌に染み込む。

 そんな新しい体験を、新しいネタを口にする度に味わった。


 これが……寿司。


「寿司なんかで泣いてる人、初めてみたよ……」


 隣でたこ焼きを頬張る忍崎に若干引かれながらも、俺は勝利の味を満喫した。

 そして、いつか家族にも食べさせてやりたいと、心に誓うのだった。


 ***


 その後、忍崎と一緒に大浴場に向かい背中を流し合う。


「いやしかし、男の身体に女の顔が乗ってるのは気味が悪いね」

「俺からしたら風呂でもマスク外さないお前の方が意味わかんないけどな」

「裸見られるより素顔見られる方が恥ずかしいんだよね……」


 なんて軽口言うくらいには打ち解けられた。


「それにしても、すごい量の荷物だな」

「う、うん……ちょっとね」


 風呂から上がりラウンジで他のクラスメイトたちを交えて雑談して、部屋に戻ってきた俺たちは、家から送った荷物を開封していた。

 とはいっても俺のは私服くらいだが。


「あ、凜のやつこんなもの勝手に入れやがって」


 あとは妹の凜が作ったぬいぐるみが入っていた。魚かと思ったが、どうやらシャチのぬいぐるみのようだ。

『寂しくなったらこの子を私だと思って抱きしめてあげてね』というメッセージがついている。

 可愛い奴め。お兄ちゃん、一瞬でホームシックになっちゃったぞ。


「妹さんの手作り? いいね。でもどうしてシャチ?」

「なんか林間学校で千葉行ったときに見て、感動したらしい」


 足立区の小学生の林間学校、鋸南行きがちだからな。シーワールドとか牧場とか行くんだ。


「って、もうこんな時間か。荷ほどきはまた明日やるとして。そろそろ寝ようか?」

「う、うん。そうだね。おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 消灯し、ベッドに入る。

 入学初日ということで、疲れていたんだろう。


「ベッド……ふかふかだなぁ」


 なんて呟きながら、俺は眠りに落ちた。


 ……。


 ……。


 頭の中に何かが流れ込んでくる。

 あの入試の時と同じ感覚。

 何かを脳みそがダウンロードしているようなあの感覚。

 今日の戦いでの金大寺の様子が思い出される。


「ああ……なるほど。そういう理屈でキーホルダーが巨大化してたのね……あ~強度はあんま変わんないのか。でも重くはなるんだな……案外使いづらい魔法だな」


 金大寺の使った魔法がどんな魔法なのか。

 その仕組みが……その魔法式が頭の中に焼き付いていく。


「あれ……でも……なんで固有魔法の魔法式が?」


 そんな疑問が浮かんでは消える。そして、夢の時間は終わりを告げ、俺の意識は目覚める。


『ヌーン……ヌーン』


 スマホのアラームが鳴る。止めようと思って手を伸ばしたとき、何か暖かいものに触れた。


「んん……ベッドが……狭い?」


 なんかスゲェ変な夢を見ていた気がする。頭が重い。

 ってかベッドが狭いし暑い。

 どうやら誰かが俺のベッドに潜り込んできたようだ。


 いや、誰かなんて決まっている。忍崎だ。


 おそらく寝ぼけたまま夜トイレに起きて、間違えて俺の方に入ってきたのだろう。


 まぁ初日だし仕方がない。とはいえ、男が同じベッドに入り込んでいるというのはあまり気持ちのいいものではない。


「おい忍崎……寝るなら自分のベッドで……ん?」


 そこでようやく、俺は今自分が掴んでいるやわらかいものの正体に気づいた。


「んん? んんんんん?」


 しばらくそのやわらかく暖かい何か? を揉んでみて確信する。

 これはおっぱいだと。ということはコイツは……女?


「うわあああ!? 誰!? 誰!? マジで誰!?」


 ベッドから飛び降りて、横たわっている女を見る。


「むにゃ……」


 乱れた金髪の髪。顔半分を隠す黒いマスクとエグい量のピアス穴の空いた耳。

 そして桃色のはだけたパジャマから覗く白くて細い肢体と豊満な胸部。

 女体化忍崎といった風貌の女が俺のベッドで気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。


「えっと……昨日風呂に入った時は確かにチ○コついてたよな? おっぱいはなかったよな? ということは……性別を変換する魔術師?」


 自分で言っていて訳がわからなくなるが、そうとしか考えられない。

 だが俺の予想はどうやらハズレのようだった。

 何故なら。


「うるさいなぁ。朝は静かに起きようよ」


 背後では男版の忍崎が目をこすりながら起き上がってきたからだ。


「いや……いやいやいや」


 じゃあこの女……誰だよ!


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