転生魔術師のゼロから学ぶ現代魔法
瀧岡くるじ
第1話 難関入試
令和の世から約1000年前。とある地下室。
天井まで続く本棚に囲まれた薄暗い部屋で、一人の男が必死に何かを書いていた。
ずっと書き続けていたのだろう。手に巻かれた包帯は血が痛々しく滲んでいた。
その男の名は
己の人生のほとんど全ての時間を魔法研究に捧げた、魔術師である。
数百を超える魔法を習得し、数千の魔法を開発した彼は、いつしか他の魔術師たちから「最強の魔術師」と呼ばれるようになっていた。
しかし彼は満足していなかった。
これまで作り上げてきた魔法はすべて「究極の魔法」のための実験に過ぎない。
来たるべき滅びの日の為に、一刻も早く完成させなくてはならない。
だが彼には、寿命というタイムリミットが迫っていた。
究極の魔法に至るには、人間の人生はあまりに短すぎたのだ。
「ようやく完成した……ゴホッ」
書きあがった本……魔導書を閉じ、よろよろと作業に移る。
千ページを優に超える魔導書を13冊、床に円形に並べる。
この沢山の魔導書には、余すところなく魔法式が書き込まれている。
たった一つ魔法を発動するためだけに彼によって作られたものだった。
その魔法とは転生魔法。
輪廻転生の時に自らの記憶を来世に引き継ぐ禁断の魔法である。
「若返りの魔法も死を克服する魔法も、私には作ることができなかった。だが、これならば……」
究極の魔法へ至るための時間を得ることができる。
「私の命が尽きると同時に……魔法は発動する。果たして、上手くいくかどうか」
転生魔法は彼にとっての賭けだった。
その性質上、使ってみなければ成功かどうかはわからない。
「とはいえ、必ず成功させる。私は、世界を救わなくてはならないのだ」
彼はそう言うと、ゆっくりと椅子に腰かけた。
「願わくば……来世でも魔法の研究を……」
最後にそう呟き、老人は眠るように息を引き取った。
老人の亡骸から魔力が溢れ出し、魔導書に溶けるように吸い込まれていく。
そして――転生魔法が起動した。
***
***
***
「あと10分」
「はっ……」
試験監督の言葉で、俺は我に返った。
現在、高校入試の二時間目。数学の真っ最中。
50人近くの学生が詰め込まれた教室は独特の熱気に包まれている。
ていうか。
う、嘘だろ……俺、いま寝てた?
『朝倉澪里(あさくら みおり)』という自分の名と数問しか答えが書かれていない答案用紙に目を落とし、ゾッとした。
人生逆転を賭けたこの入学試験。その最中に居眠り。しかも夢まで見て……。
何が魔法だ。何が転生だ。そんなことより目の前の試験だろ。
そう。人生逆転を賭けているのである。
俺が受検しているこの
多様性を重視する世論とは真逆を行く、超徹底的な競争主義。
生徒一人一人が明確にランキング付けされ、それに応じて待遇が変わるという厳しい学校だ。
だがその分、勝ち上がり、ランキング上位で卒業できれば恩恵も絶大。
望む大学に無料で進学できる他、その先の就職活動も手厚くフォローしてくれる。
政治の世界や経済界、芸能界など、一般人には手の届かない世界の重鎮たちとのコネも得ることができるという。
この学園で勝ち上がることイコール、人生の勝者になることと同意なのだ。
それに、学年トップで卒業できなかったとしても、卒業生たちの多くは年収数千万を超える職業に就いているという。
入学するだけで圧倒的に人生を有利に進めることができる。それこそが七星学園なのである。
恥ずかしながら俺は、中流以下の貧困家庭の出身だ。我が朝倉家の世帯年収は300万に届いていないだろう。
所謂底辺ってやつだ。
もしこの学校に入ることができなければ、高校へは進学せずに中卒で働くことになっている。
だが、そんな底辺出身の俺でも人生逆転の可能性があるのが、この七星学園への入学だ。
なにより学費や諸経費が全て免除というのが素晴らしい。
この学校に入るため、俺は中学の三年間を全て勉強に捧げてきた。
それなのに……。
「あと5分」
試験監督から放たれる無慈悲な言葉。
とにかく、一つでも多く問題を解かないと……ぐっ。だめだ。頭が痛くて全く集中できない。
この試験のために、体調管理には注意してきたのに……この試験会場に入った途端、急に頭痛がして……。
はじめは緊張のせいかと思っていたが、目覚めてから全身が熱い……。インフルにでもかかったか? まるで頭の中をかき混ぜられているような激しい痛みと不快感だ。
とてもじゃないが、数学の問題を解くようなコンディションじゃない。
くそ……どうして今日に限って……。
いや弱音を吐くな。まだ終わった訳じゃない。
こういうときは問題用紙をざっと流し見して、解けそうな問題から……ん?
問題用紙の最後のページに、うっすらと浮かぶ赤い文字を見つけた。
『七星学園に入学して、貴方が為したいことは何か。解答用紙の余白に記入せよ』
と。
ええと、これって数学の試験だよな? なんだこの問題……?
サービス問題か? それともとんち問題か?
いや、とにかく時間がないんだ。これだけでも書いておこう。
ここは素直に『人生逆転』と力強く記入した。
紛れもない、俺の目標であり願いだったから。
「はい。答案用紙を後ろから回してください。ほらペンを置いて」
そして二時間目の試験は終了する。
「ねぇどうだったー?」
「無理ー。やっぱ七星の入学試験は難しいわー」
あれ?
休憩時間に入り、受験生たちの同中同士での雑談が始まる。(ちなみに俺は同じ教室に
だが不思議と誰も、あの最後の質問に関して話題に出すことはなかった。
「そんなもんか?」
その時は深く考えることなく、次の英語の試験の準備に移った。
「では、今から番号を呼んだ生徒は体育館に移動してください。1001番……1003番……」
理科の試験の終了後。五教科全ての試験が終わり帰り支度をしていると、教室に戻ってきた試験官が叫んだ。
その有無を言わさぬ雰囲気に教室中がざわめいた。当然だ。本来のスケジュールなら今日の日程はここで終了。後は家に帰って、数週間後の合格発表を待つだけなのだから。
「1048番……」
「呼ばれた……」
改めて自分の受験番号を確認。俺は荷物を持って、教室を出る。
恐ろしいほど静まりかえった廊下を抜けて、体育館に向かう。
そこには既に百数名の生徒が既に集まっていた。
そして、俺が到着してから数分、体育館の扉が閉じられた。
これで全員ということだろうか? 見渡すと、困惑しているのは俺だけのようで、他の学生はみな落ち着き払っている。
いやメンタル化け物かよ。こんな予期せぬ事態だというのに。まるで初めから知っていたかのような落ち着きっぷりだ。
ん、初めから知って? いや、まさかな……。
妙な胸騒ぎは、しかし耳をつんざくような機械音によって途切れた。
いつのまにか壇上に立っていた、体格のいいスーツの男がマイクのスイッチを入れたのだ。
『えー新入生諸君。学力試験、ご苦労だった。予定調和とはいえ、いま受けたペーパーテストの結果は入学後の学年ランキングに繁栄される。ちゃんと真面目に解いただろうな?』
冗談ぽく言ったスーツの男の言葉に、一人の学生がこれまた冗談ぽく「マジかよー」と大げさに頭を抱える。
そして、周囲では笑いが起きる。
「いや、なんだこれ……」
違和感。
ここにいる連中全員が持っている共通認識を俺だけが持っていない……そんな違和感。
なんだ? 何がおかしい? 考えろ。頭痛と熱がまだ収まっていないとか甘えるな。
今、壇上の男が言ったことを冷静に思い出す。
『新入生諸君』『予定調和』……そうか。違和感の正体がわかった。
ここに居る連中は何故か、すでに合格することを前提としたやり取りをしている。
いや、なんならもう合格者にするような対応をしているのだ。
しかし、それではおかしいのだ。
本来の予定なら、合格発表は二週間後の3月1日のはず。
そもそも受験者は一万人以上がいたはず。マークシート式じゃないテストをこんなに早く全員分採点できるもんなのか?
ってか、五科目目の理科の試験終わってまだ20分くらいだぞ……?
いや待て。もしかしてあれか? 数学の問題用紙最後に書かれていたあの問い。
休憩時間の雰囲気からどこかおかしいと思っていたが……もしかしてあれがキーなのか?
わからない。そもそも考えていても仕方がない。
俺は、壇上の男の次の言葉を待った。
だが、次に俺の耳に聞こえてきたのは、信じられない言葉だった。
『それでは新入生諸君。これより七星学園現代魔法科の魔力測定試験を行う。番号順に呼び出すから、各自準備をはじめるように』
「は……え……? 魔法……何を言って? 痛てて……」
さっきの言葉よりよっぽど冗談のような台詞なのに……今度は誰も笑わない。
混乱する最中、魔法という言葉に反応するように、俺の頭痛はより一層激しさを増すのだった。
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