第12話 共同クエスト

 「気がついたかね?」


ホームズの声が隣から聞こえてきた。

一瞬の困惑の後、なにが起こったのか思い出した。

私は銃を撃った後、突然の虚脱感に襲われ気絶してしまったのだ。

気絶をしたのはホームズが生きていると知った、「空き家の冒険」以来だ。

周囲には硝煙の匂いが漂っていた。


「あれには僕も驚いた。いつの間に君は銃の改造を施したんだ?」


ホームズは隣でパイプを飲みながら、そう問いかけた。


「いや、分からないな。そもそも改造の域を超えているだろう。」


私は手元の軍用拳銃を眺めながらそう言った。

よく見たら、弾が込められていない。

いったいどういうことなのか。


「ところでワトソン君、夢は見たかね?」


「やけに夢を気にするではないか。いや、見ていない。」


「…そうか。」


私は起き上がり、目の前の光景を見た。

そこには体に大きな穴をあけたツノウサギが横たわっていた。

私があいつを倒したのか?

今でも信じられない。

穴の周囲の灰色の体毛が少し焦げている。

間違いなく焼けている。

戦争でも見たことのない兵器を、私はいま持っているのだ。


「さて、こいつをどうしようか。」


「それについては大丈夫。」


そう言うとホームズはスカイウルフの時に使ったネットをポケットから取り出した。

この男、さては最初から討伐クエストを受けるつもりだったな。

武器とネットを買っているのがいい証拠だ。

まぁ、彼の行動に振り回されるのはいつものことだ。

ネットは収縮しツノウサギを小袋サイズへと変えていった。


「では町へと戻ろうではないか。」


ホームズはそう言い、町の方角へと歩き出した。

太陽はもうすぐ正午を知らせようとしていた。



 「ツノウサギの討伐、終わりましたよサラさん。」


サラさんはギルドの席を一つ占め、私たちを待っていた。

ギルドの中は人であふれかえっていたが、農家の格好をしていたのはサラさんだけだったのですぐに見つけることができた。


「本当ですか?!あのツノウサギをこの短時間で討伐するなんて…。」


「本当ですよ。彼がズドンとやってくれました。」


ホームズの検知がなければそれもできなかったのだが。

彼はここでも自分の行ったことには興味がないようだ。

あくまでも知的探求心を満たすため。

彼はいつもそうだった。


「それでは銀貨5枚。こちら報酬になります。」


サラさんはテーブルの上に銀貨を5枚置いた。


「ありがとう。ワトソン君、これで僕たちの全財産は銀貨5枚になった。」


…ん?

いま何を言った?

ゼンザイサン?


「ホームズ、聞きたいのだが。」


「なんだね?」


「そのステッキ、いくらした?」


「銀貨1枚と銅貨4枚だ。」


「ネットは?」


「銅貨1枚だったな。」


「よし分かったホームズ。今からズドンとするからそこを動くなよ?」


「まったく。このくらいのことで怒るなよ。」


「これからは二人でお金を分けるぞ。でないと、すぐに破産してしまう。」


そう言い私は銀貨を2枚、ポケットに入れた。


「うん、たしかにその通りかもしれないね。君がいるとどうも甘えてしまう。」


こんな言葉にうれしくなり、許してしまう私も甘いのかもしれない。


「お二人は、アレに参加するのですか?」


「そのつもりだ。」


アレ?


「アレとは?」


「ご存じなかったのですか。これから冒険者の共同クエストがあるのですよ。」


「共同クエスト?」


「そう。今日の昼頃からある討伐クエストだよ。」


ホームズは素知らぬ顔でそう言った。

そんな大事なことを隠していたのか。

こいつ…。


「では、今回の討伐対象も知っているのですね!なんせドラゴンなのですから。」


「ほう、それは知らなかったな。」


お前も知らなかったのか…


「ドラゴン?!それは本当に大丈夫なのか?」


「ええ、なんせ冒険者全員で討伐するのですから。それに最近、上級職の方が二人も職業適性で鑑別されたという話ですし!」


それは私たちのことだ。

なんのあてにもならないな。


「僕が楽しみなのは冒険者の戦闘スタイルさ。実にユニークなのだそうだ。興味がある。」


「私たちの国ではいなかったものな。強いて言うなら探検家かな。」


「そう。実に楽しみだ。」


ホームズはそう言い立ち上がった。

気が付いたら周りの席から賑わいが消えていた。

つまり、時間ということか。

正直、まったく現実味がない。


「現実味がないのはここに来てからずっとそうか。」


私は諦めて彼に追随した。


「あの、頑張ってくださいね!!」


私たちはサラさんに見送られながらギルドから出るのだった。



 広場には冒険者が集まっており、各々が武器を手に待ち受けていた。

そもそもの疑問なのだが、なぜドラゴンが今日来ると知っているのだろうか。

町の広場というのも疑問だ。

待ち受けるのなら門ではないのか?


「ドラゴンか。」


ホームズはボーっとしながらそう言った。


「どうした?」


「いや、実に興味深いな。正直に言うとワクワクしているよ。この僕がだ。」


ホームズはステッキを取り出しながら目を輝かせた。

周りを見渡すと様々な役職が見受けられた。

前の方には如何にも戦士という甲冑を着た男がいた。

隣には道化師のようなお面をした男、盗賊のよう女に様々だ。

突然、広場が影に覆われた。


「おい!来たぞ!!」


周りから次々と声が上がる。


「アイスシールド 展開。」


「インビジブル。」


「行くぞォ!!お前らァ!!!」


次々と雄叫びが上がる。

私もなにかしたいがすることがない。

なんだか取り残された気分だ。


「Reasoning」


隣から耳慣れた声が聞こえた。

見るとホームズの目の中に文字が見える。

まさか…


「ホームズ!!」


「ああ、これかい?」


そう言いながらホームズは自分の目を指さした。


「言ったろ?認めざるを得ない事象に出くわしたなら、柔軟に考えを変化させる必要がある、と。これは認めざるを得ないだろう?」


それで魔法の存在をすんなりと受け入れていたのか。

納得だ。


「grrrrrrrrr…」


上空ではドラゴンが唸っている。


「ワトソン君。一応君にも言っておこうか。」


ホームズがドラゴンを見ながら声をかけた。


「一旦、離れた方がいい。」


「?」


私は訳も分からず後ろに退いた。

上空を旋回していたドラゴンが急に身震いさせた。


「あいつ…!まさか!!」


前にいる冒険者たちがざわめき始めた。


「シールド 展開!!」


冒険者の一人がそう唱えた瞬間、ドラゴンと冒険者の間に薄い膜が張られた。


「GAaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


ドラゴンは鱗を逆立たせたと思ったら、口から煙を出し、広場に向かい炎を吐いた。

いや、あれは炎というのもおこがましい。

獄炎だ。

シールドはみるみるうちに赤黒くなりヒビが入り始めた。

広場は砂漠のような暑さとなり、汗が噴き出す。


「おい!例年のドラゴンと違うぞ!!」


「いつものは炎なんか吐かなかった!」


「どうなっているんだ?!」


どうやら非常事態のようだ。


「ホームズ!」


「少し待て。」


近くの住民からも悲鳴が聞こえる。

もはや地獄だ。


「魔王は死んだんだろ!!」


「いや、そもそも火を吹くドラゴンがこんなところに来るかよ!!」


「ワトソン君。大至急頼みたいことがある。」


「なんだ!ホームズ!!」


「ツノウサギに撃った銃。あれを取り出してくれ。」


私は急いで軍用拳銃を取り出した。

撃鉄を起こす。


「?!」


撃鉄が動かない!?

なぜだ!


「やはり動かないか。」


ホームズはそんな私を見ながら冷静に言った。


「魔力が切れたな。」


「切れた?」


「君は一度、その銃を撃った。その時、気を失ったね?」


「ああ。」


「私はね、ワトソン君。君が気を失ったのを一度しか見たことがない。そんな君が気を失ったのだ。つまり。」


「魔力が尽きると、気を失うということか。」


「その通り。それを見越して少し拝借した。」


見ると、ホームズの手には紫の液体の入った小瓶が握られていた。


「そんなものをいつの間に。」


「さっきの騒動に紛れて、少々ね。おそらく回復の小瓶だろう。」


迷う暇はない。

私はすぐに小瓶を飲み干した。

するとみるみる汗は引いていき、消耗していた体力が戻ってきた。

しかし。


「ホームズ、それは本当に魔力を回復するのか?未だに撃鉄が動かないのだが。」


「ああ、体力の回復だったのかな?君の体の変化を見ると、おそれくそうなのだろう。」


そう言いホームズは小瓶をもう一つ、私に手渡した。

それは赤色の液体が入った小瓶だった。


「二つも盗んでいたのか。」


「二種類あったからね。念のためどちらも頂いた。」


前方で大きな音がとどろいた。

様々な色の光がドラゴンに向けて放たれている。

それに、石造のようなものも動いている。

だが、ドラゴンに効いている様子はない。


「ワトソン君、早く飲みたまえ!」


私は言われるがまま飲み干した。

銃を握る手に力を入れる。

ガチャリと、金属の音が聞こえた。


「ホームズ。」


「ああ。万事予定通りだ。」


ホームズと私は広場へと歩を進めた。














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