春夏秋冬

私の名前は中村冬華。冬の華という何とも可愛らしい名前を貰った私だが、色々な事象に対し「斜め」から向き合おうとする、少しシニカルな大人に育ったと実感している。それは元来、両親から受け継がれて生まれてきた遺伝子的「素養」も多分に影響しているんだなと、今になって少し考える。


父の秋人は頭は良いが、それ故に小回りの利く立ち回りをする、良くも悪くも「クズ」感が滲み出ている「世渡り上手」な天才肌の人であった。

ココで言う「良い意味」でのクズ感というのは、飛び抜けた才能と素敵な笑顔を持ち合わせた放浪人、のようなイメージのことである。同時にいわゆる人たらしでもあり、その儚さと愛くるしさ、それらのミックスによって生まれる「希少さ」をキラキラと振りまき「なんとかなってしまう」タイプの人だった。どうしようもなくフラついても周りからついつい許されてしまう様な…世間とは少し違う世界線にいる感じの人。また彼は同時に奥底知れない未知を内包し、とてもとても深い秘密が有りそうな「危ない」色気のある男でもあった。なんにせよ、それが中村秋人。私の父であり一人の「シンガーソングライター」だ。


そんな父のハートを射止めたのは春子こと私の母親だ。そんな母も「変わり者」部門においては父に負けず劣らず、アウトローなオーラを放つ人間だった。普段から少し奇抜ともいえるお洋服を身に纏い、同時に少し変わった挙動をする人で、そのフォルムのまんま私の授業参観などにも参加していた母。少し周りから人が居なくなりそうな雰囲気(人間関係でなはなく物理的に)もあるにはあったが、何故か悪い噂を聞くことはなかった。


それこそ大人になった今だから解る事が幾つかある。まず彼女の顔は小さく足がとても長い、いわゆる八頭身のモデルスタイルだった事。そのスタイルを存分に生かすべく、手先の先端に向けて細く美しく見せるような、服のディテールへの強いこだわり。更には自分の顔に合ったソツのないメイクや、肌色などを理解し今で言う「イエベ・ブルベ」を意識したチョイスを、服や化粧品などを選ぶ際に当時から取り入れていた事。


そしてこれらの点を駆使した対人における母の立ち回りにも感嘆すべきものがある。初見のファーストインプレッションにおいて、「空間的美しさ」で好印象を「どん!」と植え付けて相手の興味アンテナをコチラに振り向かせる。個性を受け入れてもらえる興味の土台を固めてから、揺るがない美的センス起因の好印象と、あえて単刀直入に表すならばその「不気味さ」を合わせて向こう側に小出しに提出する。すると不思議にもマイナスイメージが先行せずに「キレ者感」や「特異者感」といったプラスにも取れる要素が、ジワジワ見え隠れしてくる。結果ハッキリした理由は明確ではないが、世間に「変」を受け入れて貰う事が出来る。


この様な「人間心理的」哲学みたいなものを、母が理論立てて駆使していたのではないかという事について、大人の女へと成長した私は最近解析し始めた。なので昔よりずっと、母の事を分かってきた気がしているのだ。


二人ともそれはそれは「変」ではあるが計算高くもある。だから言い換えれば、変だけど地頭の良さで一般的というジャンルの人達に巧いこと擬態し、個性を活かして世間で過不足なく生きれるような両親であった。だからこそ変わり者の「冬華ちゃん」もその遺伝子を受け継ぎ「煙たがられず」にココまで生きてこれたのかもしれない。そんなこんなを一人でお酒を飲みながらたまにボーっと考える事が、私の週末ルーティンに最近なっていたりする。


そしてもう一人、私には大切な家族である姉がいる。彼女の名前は夏海といい、物静かで少し不気味と言われる私とは、全く真逆の「The陽キャ」に属するアグレッシブ系女子だ。


歳は1つ違い。容姿については、割と遠くからでも私と夏海が姉妹と解るくらいには似ていると、よく言われる程である。そんな姉は私にとって小さい頃からの憧れであり「スーパーお姉ちゃん」だった。可愛くて明るくて面白くて優しくて…それはそれは人気者。恥ずかしくて誰にも言ったことはないが、中村夏海は私の中の「推し」であり「アイドル」でもあった。


1つ上で今年28歳になる可愛くて面白い人気者。それこそ素敵な旦那さんと結婚して子供を授かって、いわば世間的順風満帆な人生…を夏海は歩んでいるはずであった。彼女がいわば幸せの王道レールから外れるなんて誰も思っていなかったし、当然だが私も例に漏れず「そんな」未来は想像だにしていなかった。



7年か8年ほど前の事だ。私はその当時大学を留年してしまい、少しばかりふらついていた時期だった。ちょっとした若気の至りによる「自己管理の怠惰さ」が原因で、進級に必要な単位を2単位ほど落としてしまった。自暴自棄になりそのあと数ヶ月登校しなくなって、クラスメイトなどに「もうすぐ大学を辞める人」というレッテルを貼られていた私は、なんだかもう布団を被って人間界に迷い込んでいる魔物のように毎日を過ごしていた。そして何より周りと同じようにコツコツと積み重ねることが苦手な事に気付いてしまい、頭の中に自己嫌悪が渦巻くとても鬱陶しくつらい日々を送っていた。その雑音を振り切りたくて、夜の街に当時友人伝いに知り合ったいわゆる「悪友」と繰り出したりもしていた。


そんなとある日の平凡な夜更け。私はその友人達とカラオケボックスにおり、一通り歌い終わった後のブレイクタイムを取りながらくつろいでいた。友人といっても小さなコミュニティの中ではあるしメンバーも同じなので、大体歌う曲もマンネリ化してくる。この日も四人で来ていたが、1時間少し歌ったところで多少の飽きが訪れ、グダグダとドリンクバーからジュースとアイスを繰り返し「汲んで」きて、いわゆる「ダベる」サイクルに身を投じていた。


25時過ぎだっただろうか。母から突然の着信。さすがの両親も私の荒廃っぷりには手を焼いていて、ここ数日は自宅にいてもあまり会話をしていなかったのだが…。


「なんだろう…」


ルームには友人もいるし、尚且つカラオケで流れる「◯◯チャンネルー!」という独自チャンネルの音量が流石に大きく感じたので、ひとまず無言で部屋を出る。一回は呼び出しが止まり不在着信の四文字がスマホの画面に映し出されていたのだが、間髪入れずに今度は父親からの着信が入る。もうただごとではない時の「それ」すぎて、内容を知る前から「半泣き」になり、私は父からの電話に出た。


「夏海が検査入院した」

あまり聞いたことのない父親の声のトーン。倒れたのか事故に遭ったのだと勝手に思った。私はとにかく心配で、直ぐに病院の場所と入院の理由を聞いた。すると父からは思ってもない言葉が帰ってきた。


「◯◯駅にある大きな病院の精神科の病棟だ」

「精神…科?」

「冬華、とりあえず一回家に帰ってきなさい」

「…わかった」


私の生きる世の中が、とっても息苦しい冷たい世界に一瞬にして変わった気がした。後述するが正直伏線的な事はあった。だからこそ嫌な予感が的中したことで、私はその先が怖くて怖くて仕方なくなった。季節の色や匂いが全く判らなくなり、大袈裟ではなく世界が何だか白黒になった気がした。


自宅マンションのある閑静な住宅街に向けて自転車をかっ飛ばす。季節は6月の終わり。纏わりつく湿度の影響で、気温以上に蒸し暑い。夜中なので幾分マシではあるが、走り始めて一分ほどでほぼ汗だくになり始めていた。


父親の仕事上、本来私達の自宅にはセキュリティが多少なりとも求められるという事を、大人になるまで私は理解していなかった。何せ「THE高級タワマン」とかいうわけでもなく、友達の家に遊びに行ったりしても、中村家と違う環境の子は基本的にいなかったのだ。なので自分の育った家庭に特別感がすこぶるあるわけではなく、ある意味無神経に周りと同じ大人の階段を登った。


しかし実はこの件についても「大人になった今」だから真相がちゃんと分かる事の一つである。私はただ、父が音楽だけで食べて行けている割に顔が世間にはあまり知れていなかったので、割と一般的な生活ができていたと安直に結論付けていた節がある。


でも、どうやらそれだけでないらしい。それは父が当初から、自分や家族が波風立たないプライベートを過ごすために「有名になりながらも平穏が同居する私生活を過ごす事」を人生の目標の一つして定めていたこと。その為に、そこ定め色々なケアと準備をしながら音楽活動をしていたという、ある意味の「抜け目なさ」によって実現されていたこと。この点が大きかった「らしい」のだ。


含みのある表現になるのは私も直接言われたわけではないし、母から伝え聞いたときも「やんわり」としたニュアンスであったから。でも私はその本質を今になって少しずつ理解して来ている気がする。


そうこうしてる間に自宅の前に着いた。自宅マンションのエントランスは、少し幅のある真っ直ぐな外階段を登った先の2階部分にある。余談だが小さい頃の私は、その光景が神社のお賽銭箱まで登っていくときの導線と被っていたらしく、無意識に階段を登りきった自動ドアの手前で軽くお辞儀をしてから先に進む癖がついていた。特に何かを信じているというよりは、おまじない的行動であったんだな、と思う。



さて、今日も階段横にある例のコインランドリーは、いつもと変わらず「アメリカンな洗剤」の甘い匂いと少しの轟音を立てながら稼働して、付近の住民の生活を支えている。わたしは余裕がないながらも、いつものクセで階段を登りながらコインランドリーを横目に見た。先述したがその先で恒例のお辞儀をする。それがほぼ日課でもあったし、ある意味日常のルーティンにも近いものであった。


すると中には眼鏡をかけたあまり見かけない「塩顔」の大人しそうな男性が、真ん中にあるテーブルの前でスマホを操作しながら、ちょこんと座っていた。


「…あの人は初めて見るな」


当該コインランドリー「ヲタク」と化している私は、彼が常連でないことぐらいは直ぐにわかった。嫌な意味ではなく少し気になったが、私はいつも通り階段を登りきったところで軽くお辞儀をしてから、「白黒の現実」と元気のないであろう両親が待つ自宅玄関に急ぐために、少し年季の入ってきたエレベーターのボタンを押し箱が来るのを待った。

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