決着の朝

 十番勝負は朝には決着した。

 誰も死ななかった。

 不具も避けられた。

 紆余曲折というべき些事はあったが、マジンが望んだ通り様々を無事と言っていい範囲で収めることが出来たということでもある。


 それは有耶無耶というよりは出来レースのような型に嵌めた展開で、マジンもその家人も奇妙にギクシャクした雰囲気だったが、マジンの隣りに座るマリールと彼女の母親たちはニコヤカにしていた。

 マリールの父は、全く場の主にふさわしく落ち着いた態度であったが、それがどういう内心であるのかはわからないし、十数名いるはずのマリールの兄弟姉妹はこの席にはいなかった。

 こちらのお城の奥方様たちが話しているのは、生まれてくるだろうマリールの子供の名前についての検討で、ある意味でマジンの望んだとおり有耶無耶ということではあったが、その展開は全く型にはめられたというしかない展開であった。

「それで婿殿はどの名前がいいと思う。私は多分次は男だと思うのだけど、デアモンとかどうかしら」

 等と奥方様たちに気の早いことを云われていたが、マリールは間違いなくタネがついたと確信していたし、アーシュラの時とは感じが違うから男の子であると主張していた。

 そんな何年も前のことが区別が付くほどわかるものかとマジンは思っていたが、工房で扱ったことのある鉱石なら握って成分やら苦労工夫を様々思い出すことなど割と容易いことでもあったので、そんな馬鹿なことが、と一言云ってみて追求は諦めた。

 常在臨戦の将家の倣いとして、子供が多いに越したことはないが、別段子供が今すぐ必要ということもなく、家督とも直接関わりのない一旦は既に鬼籍に入った娘の扱いは、単に周囲の評判という以上の意味がない。


 そのマリールの帰郷について今回の騒ぎになったのは、ステアが郷の上空をウロウロと彷徨ったことでマリールの帰郷が様々に知られることになったのと、父上の跳ね返りに対する気分の問題だけで、それも実はマジンが謁見の間の扉に掛けた斧槍を裁ち切ってみせたことで、まぁいいかという気分になっていた。

 それでも武芸改を開くことになったのは、ステアの件の詳細を求めて家々のお歴々が人を走らせていたこともあったが、マリールが自分の男を見せびらかしたいと言い出したことと、謁見の間を内側からといえ押し破られた衛兵の責任を有耶無耶にするためでもある。


 マジンの振る舞いは藩王陛下の気分の上で品評は終わっていても、練兵官兵務御役目怪シ気ニ付キ待役申シ渡ス以後出仕能ワズ、と衛士総代の騎士に対する事実上の極刑を宣するか否かの判断を求められてもいた。


 単純明快な城内規則に則れば、登城初日のあの瞬間にルテタブルはあの場でマリール一行を血風に散らすことが求められていたということでもある。

 それがなせるか、そこに意味があるかはそれとして、今回の試武改に至った理由はおよそそういうことである。

 衛兵の判断として意味と実効は極めて微妙だが、役目の上では身を挺してもマジンを留めるべきで、いきなり戸口に向かい打ち破ってみせたマジンの技量は並外れてはいたが、郷の者にも幾らかは似たことができる者はおり、そういう何者かがより明確な成行きとして害意を持って打ち破ることはありえた。

 衛兵一隊を始末するか、練兵官を始末するべきか、始末するとして待役か転任か、或いは放逐か。いずれ叱責は免れない、それでは不足する不祥事ではあるが、その判断には平時特有の色とりどりの幅がある。

 無作法の仕儀の言い分はゲリエ卿は既に自らその場で口にしていて、物的被害は大扉の閂一組と観音開きの戸口の合わせの巻銅で、いずれどうとでもなる代物であった。

 最も屋外に近い城内の一室にある大仰で武張った造りの扉であったから、もちろん定期的に手を入れてはあるが、歴戦の傷も多い。戸板には傷が増えなかったが、厚み五シリカの銅の合せ板がざっくり削がれてしまったのは、斬鉄の妙技と合わせて腕の程を示す剣跡であった。

 そういう様々の絡んだ武芸改の勝ち負けの結果なぞ、男の器量を示せばそれで事が足りることで、勝とうが負けようが試武の場に出てくればそれでどうとでもなることだったのを見事に勝ってみせたことは全く重畳であったが、まぁそれもどうでもよく、マリールの扱いが悪かったとはいえ魔族の甲冑を凌いで押し切ったマジンの技量は一門郎党共々文句もなく、家督に関係ない外戚という扱いであれば、全く頼もしい、と歓迎された。


 全くの急展開にマジンを含めゲリエ家の一党は今ひとつ状況が飲み込めないまま、歓迎されているらしい朝食の席に招かれていた。

 まさかの深夜に呼び出されたマジンは薄寝ぼけていたクライを置いて、ひとりで二番目の勝負に臨むことになった。

 と云ってどの道戦うのは自分一人で朝には舟から予備の資材も届くことで、一回勝ち負け分からず、もう一回ねじ込まれても朝に勝てばいいことで、と皮算用をして訪れた立会人は女性の声だった。

 問題はマリールが薄衣一枚の全裸だったことだった。

 今日を逃せばまた男児出産が遠のくからお情けを、それで十番勝負全部負けますからと、熱惚けたマリールに言い寄られ、男児ができるかどうかは、むしろ男にかかっているんだが等とぼんやり考えたマジンが応じて、というよりも、奇妙な場の空気に異常を感じるまもなく勢いで盛っていたのだが、後で考えるとアレは聖堂の機能を油断してやられたような気もしている。

 妙な呪文の詠唱が今も耳に残っていて、マジンとしても決闘騒ぎを有耶無耶にしたいというところで、心理的な隙を突かれた、してやられた気分でもあるのだが、それが悪いかというほどに悪くもないので、納得はゆかないが済んだことだった。

 マリールの肋はやはり五本折れているらしいが、バキバキ全身の骨を折らないでも子供ができるならアーシュラの時よりはだいぶマシだと云うしかない。

 少なくともマリールの父上母上と食事の席に着ける運びになったことは苦労の甲斐があったということであるし、角突き合わせたり平伏したりということなしに雑談で談笑できる立場にたどり着くまでの儀式としては、各地のそれよりも一段手早いものであるとも云えた。


 読みにくい表情の上ではともかく会話の内容とその動きから、藩王殿下が今回の件をそれなりに価値あるものと受け止めていることは間違いなかった。

 幾度か試武改の中の手合のやりとりの一幕について尋ねられることがあった。


「それでゲリエ卿の見解として、今後の共和国の情勢についてデカートではどう考えておられるか」

 既にローゼンヘン工業という巨大なヘビの巣も同然となっているデカートのありさまを、デカートでは、という短い言葉に乗せて藩王が尋ねているのはすぐに分かる。

「困難と混乱を小さくしたいと考えておりますが、避けられない面も多いかと」


 マジンの言葉に藩王はうなずいた。

「それは此度の帝国との戦争の影響かな」


「もちろんそれが大きいと思います。戦争に負けないための施策を様々に準備いたしましたが、なにぶん帝国との戦争に間に合わせるため様々に乱暴いたしましたから、無理が多いのは間違いありません」


「具体的には」

 藩王は短く促す。


「人金物と様々慌ててかき集めすぎました。鉄道で北街道を固めましたが、地域で反応に格差がありますし、まだ繋がっていない土地とはさらに大きな格差があります。

 鉄道事業は今後も急ぎ整備をおこなう予定ですが、そのために金と私財を会社が吸い上げれば地域を窒息枯死させることにもなりかねませんし、会社が持ち込んだとして今度は土地のヒトの心根を腐らせることにもなりかねません。

 現実に鉄道が往来するワイルでは巨大な往来によって地税や住民の動き或いは鉄道の駅周辺とその他地域でわかりやすく住民の文化文物に格差ができました。

 もともと厳しい土地ではあったミョルナの旧街道では商売が立ちゆかない様子です。

 ワイルの時のような脅しつけの騒ぎは好ましい事態ではありませんが、性急に事を進めてゆくにあたってはいずれ避けられない事態でもありました。

 十分に速度をもって共和国全域を席巻するには人材が不足していますし、現場で人を雇おうにも教育も足りません。商品の値付けも見なおしする必要があります。

 今後土地土地によって大きく住みやすさが変わってくるでしょう。戦争そのものはおそらくダラダラと続くと思いますが、帝国がボクとボクの会社を名指しでなにやら云っているという話も聞きました。具体的には知りませんが、いずれ碌でもない言い分でしょう。

 今後の戦争の展開に鉄道事業が必要であるのは共和国内に周知されたことかと思いますが、明暗両面を折り合いつけられるのは当面は私だけかと」


「鉄道か。この地に鉄道を敷くとしてなにが必要か」

 共和国に突然現れ戦争を塗り替えた巨大なヘビについて尋ねた。


「基本的には市があれば鉄道はどこなりと敷けます。ゆってしまえば、日々整備する必要のある街道なので、掛かりがはっきりと出てしまうこととその掛かりを厭うと使えなくなる、という特徴をご理解いただいた上で掛かりの覚悟とそれを押しても稼ぎを作る気概が必要ですが、遠くのものが大量に運べるので、必要な物が明確で手近の商いに足りないということであれば、いつ訪れるつもりなのかも怪し気な隊商に頼るよりは遥かに確実です。鉄道が敷かれ運行が滞り無く順調ならデカートからでも五日はかからないと思いますから、数が余っているようなものであればそれくらいで運べます」


「あの白い飛行船とやらは」

 今回の騒ぎを邑中に知らしめたのりものについて尋ねる。


「どうしてもある程度、風まかせですが、当地からデカートまで丸一日ではやや怪しくおよそ二日というところでしょう。来るときは些か空で迷子になりましたが、そのくらいかと」

「どれくらい運べるものかな」


「およそ五十から百幾らかグレノルの間というところでどういう高さを飛ぶかと天候によって左右されます。天険山脈より尚高いところを飛ぶので、旅客設備はそれなりに準備していますが、千人を超えると少々狭いという感じです。小城のような外見の割には大したことがないという印象でしょうか」


「すると、今回の旅は随分と余裕があるということかな」

 マジンの言葉に藩王は少し皮肉げに口元を歪めた。


「そのとおりです。半ば思いつきで足を向けたので、このような運びになって恐縮ですが、全く望外の展開でした」

 マジンの言葉に皮肉を感じたのか藩王は髭で笑った。


「些か急な話だが、帰路に便乗を望むことは可能だろうか。無論家族水入らずの旅ゆきであることは承知しているが」

「どちらまででしょう」

「鉄道を利用してみたいという者が家中に五十名ほどおる。その者たちをデカートまで運んでくれればたいそう助かる。帰路はこちらで帰れるように陣立をするので心配はご無用だ」

「わかりました」


「ゼフィー。これでいいな」

「はい、我が君」

 ゼフィーと呼ばれた夫人が応えると、藩王は執務に赴いた。

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