試武改決着

 ガラスの壜のような万華鏡のような空間に閉じ込められようとしていることを悟り、マジンは外套を脱ぎ捨て足場に定め一気に跳躍した。

 時間と感覚を奇妙に引き伸ばされた下方向に落下し崩れてゆく空間の中で目の前のルテタブルが見上げるような動作をするのを飛び抜けるように感じる中でマジンはリザを探し呼んだ。


「はぁ。ノミかなんかみたいに跳ねたわね。あの人あんな飛べるんだ。む、慣れないわね。この感じは」

 鼻で笑うような面白がるようなステアの気配を捕まえた。


「目を貸してくれ」

 魔術で見ているはずのステアの感覚を求める。


 魔術空間の奇妙な時間感覚は時間の整合を怪しくする。

 ルテタブルの作った奇妙な魔術空間の効果か、単に場の勢いか、主観時間ではかなり長い落下感に襲われていたが、ステアの視界の中の自分は数十キュビットも跳ね上がりまだ空に登っているところだった。 

 歪んでいた風景の音が観客の歓声であることがわかる。

 ルテタブルの姿を探すと間合いを詰めようと右手から駆け寄ったところで一気に跳ねたマジンを見上げていた。

 突然周辺の風景が元に戻り、マジンの主観が術から抜けた手応えになった。


 空に跳ねたことでルテタブルの術の間合いから抜けられた。

 だが、つまり百キュビットを超えている。おそらく試武場すべてが間合いだったのだろう。

 マジンの運動能力なら理屈では雲の上まで一気に跳べるとして、墜ちる先が狙える自信はないし、その後どうなるのかということまで試したことがない。

 腰を捻った位置にいるルテタブルに空中のマジンは手が出せない。

 拳銃を握っていれば互いに必殺であった。


 マジンが地上に落ちてしまえば、再びルテタブルは間合いを一気に詰めてきた。

 当然に膝をつくまでもない動きでマジンはいなすが、木剣のほうが硬い分、受け流しはすべらせるとしてもやや難しいし、突き返せる程にはルテタブルの手筋は容易くない。


 マジンにはルテタブルに勝てるだけの手筋や技量というものはなかった。


 膠着。


 だが、これはある種楽しいひとときでもあった。

 単に早い強いだけでは足りない領域がある。

 ということを目の前の男は教えていたし、先程の魔術もおそらくはカレオンの技も強者を捉えるための技であることは間違いない。


 そう思った瞬間に、マジンの右足がぬかるんだ。

 空いた左足で宙へ逃げる。

 引きつったような右足の感覚が宙を舞ううちに消える。


 ルテタブルの技は相手全体を捉える必要はない。

 そういうことらしい。


 カレオンと違ってルテタブルは技量も見切りも充分にマジンに追いついている。

 木剣寸止めでマジンが勝てる相手ではないということだ。


 全力が出せる相手だということらしい。


 地上に落ちたマジンに詰め寄って、ルテタブルはその速度が上がったことにすぐに気がついた間合いの取り方がこれまでと違う。

 だが手遅れだ。

 マジンは一気に間合いを詰める。

 フットワークを使ってルテタブルを多方向二連撃を放つつもりが、ルテタブルが別方向にいることに気がついた。


「失礼した。卿がこれほどとは思わなかった。果し合いならともかく試武でこれほどに苦労をしたのは久方振りだ」

 ルテタブルが口を開いた。見るとルテタブルが増えている。


「――ここからは互いに本気とゆこうか」

 四人のルテタブルがマジンに語る。


「四対一でよくも言う」

「まだまだ増えるぞ」

 マジンが苦笑して言うと八人のルテタブルが答えた。


 マジンが十二連撃を放つ間にまた八人のルテタブルがまた増えている。

 そもそもマジンがつむじ風のように打ち踏み込んで消えたルテタブルは四人だけだった。


 風に流した糸でルテタブルの分身を釣ろうとしたが、逆に糸が切られた。

 ルテタブルの分身たちは必ずしも残像ではない。

 魔族のもつ奇妙な膜のようなもので出来ている。


 数が増えてくるとさすがのルテタブルも技を総身に張り巡らせることは難しくなるようで、マジンとの間合いを適切に管理できるのは六人かそこらくらいまでであるらしい。

 そこに影のような質を持つ分身が十体ほど加わる。


 既にマジンは体のあちこちに空気の壁を感じる速さで動いている。

 どこまでやるか。

 結局のところ、政治だというならそういう考えが頭をもたげだ。


「ルテタブル殿。御身はあの日の手前の斬鉄を直にご覧になったか」

「無論拝見した。あの場に並んでいたことに武門の屈辱ではあると理解しているが、不思議と悔しさはない。我が術中で既にこれだけ動く男を里に連れ帰ったとあればマリール姫も鼻高々であろう」


 マジンが語る間にルテタブルの分身は増え、マジンが動く間に数を減らす。

 幾度か実体のルテタブルとも切っ先を交わしたらしくマジンの袋葦刀も焦げたような擦り傷が増えている。


「御身は我が斬鉄をその木刀で受けられるとお考えか」

「なるほど。それが貴殿の軛となっていたか」


 ルテタブルは奇妙な納得をして微笑んだ。

 次の瞬間、マジンの周囲のすべてのルテタブルは全身炎に包まれた。

 それが単なる発光ではなく放射する熱を伴っていることはすぐに分かった。

 糸を飛ばしてた糸巻きがルテタブルの分身を絡めることなく焼き切れた。


「打ち込んで参られよ」

「参る」


 ルテタブルの今は二十八人の分身の小手をマジンは全力で同時に打った。

 ルテタブルの術でいくらかマジンの体は拘束されていたが、向きと程度がわかれば気合の問題でしかない。

 マジンの狙いを悟ったルテタブルが一瞬の判断で身を引くが、そのまま構わず打ち込むと、模造刀同士が接触の瞬間、狭間の空気が大爆発を起こした。

 ルテタブルが爆発で姿勢を崩したまま弾き飛ばされていた。


、武芸改奉行がラッパを命じた。


 勝っちゃったわね。


 と、いうステアの感想になんと答えて良いものか困っていると気配が消えた。

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