ビスケス・ツラッカー
第一試合は、日の出の中でおこなわれた。
山の日の出のことで、山の脇から太陽が登る頃には稜線が濃い緑と紫流しの水色とで色分けされ赤く西側の土地を焼く光が却って影深く庭を夜明の灰色に染めていた。
今日も三試合目であるマジンは食事を急げば一試合目を見ることができたのだが、兜ばかりは馴染んだものが必要だと感じたことで二輪自動車用の装具をクライとコワエにステアから取ってきてもらうことを頼んでいたために様々手間取った。
ショアトアとリザはセメエとともに会場で試合の様子を見ている。
奥方様がお城の夜会に出席していたように選手当人は郭から出入りはできないが、武芸改奉行所に申し述べれば武芸改をおこなっている郭からの出入り自体はできないわけではない。
ただ、様々面倒くさく手間がかかるという理由で望んだ時間望んだ試合に間に合うように出入りすることが難しいというだけだ。
得物の話がついていたリクレルとの戦いと違い、型稽古向けの防具では実際の防御機能はともかく視界と動きに慣れていなかった。二輪車用の装具は刃や銃弾にはそれほど期待できないが打撲や擦過あるいは軽度の火炎には実績がある。ファラリエラが自身の二輪用装具で全く問題なく突撃服を着て兵隊たちと一緒に塹壕演習をこなしていた。
昨日の晩のうちにやっておけば、というのはつまり出入りができることを食事の席で知ったくらいの状態だったので、たった今二人の出入りを頼んだ運びだった。
午前中の試武に間に合うかどうか、かなり怪しいところで、ふたりとも端艇の操作もどこになにがあるかもおよそのところは知っているはずだったが、湖の真ん中のステアまで片道一時間でたどり着けるようには思えない。
この試武の基本的な姿勢としては致死性の低い魔術や暗器は当然に使われる。そしてその裁量は選手討手に任される、ということなので、なにをどうあってもそれなりに備える必要がある。
有り体にこういう稽古や器量勝負のようなことをマジンは不得意としていた。
手強い相手を殺しかねない不安があった。
負けるつもりが一毫もないことが手加減の余地を小さくしていて防御の必要を感じさせていた。
別段マジンは自分が劣って負けるつもりはこればかりもなかったが、衆を頼みの賞金首相手ならともかく、それなりに身分も立場も家族もあるらしい武芸者を殺すことをよしとするわけにもゆかなかった。
ああ。なるほど。
マジンは試武に向けた準備をすることにした。
第三試合は槍での腕比べになった。
予定通り二輪車の装具は間に合わなかった。
と云って目元だけメガネで覆えれば、それで最低限のことは足りる。ヘルメットは何枚か使い捨てのフィルムをシールドの上に貼っていて泥はねや飛び石などに対応していたが、不意打ちの一回ともう一回なら手持ちで対応できる。
昼の光には灰色がかった緑に見える重たげな外套も春先には場違いになり始めていたが、この土地ではそうでもないらしい。
相手も黄色と青の縦縞の甲冑用の外套を着て登場していた。
昨日の試合を見ていれば、誰もが派手派手しい格好をしているわけではないのだろうが、昨日見た試合はふたつで四人のうちの一人が派手派手しい格好をしていれば、他にもいてもおかしくはない。
火を吹いたり物を投げたりという試合の勝者である火を噴く方が相手であることは知っていたから、木剣用の防具では目元が防げないということで防具の必要を感じていたわけであったが、魔術だか暗器だかを小器用に使って槍もそこそこに使える派手な戦いをする騎士であることはわかっていた。
実際にどう戦うのかということはおいて、昨晩見たカレオンよりも鼻先一つ劣っている、という評も聞いていれば、この大会での本来の戦いかたの初心者編というべき相手でもある。名前はドロップスかビスケッツかどちらかであることはわかっているのだが、どちらが勝ったのかを確かめるのを忘れていた。
「ゲリエ殿。ときに拳銃はお忘れにならずお持ちか」
マジンが昨日より多少離れた間合いから木簡を投げ込もうとしたところで相手が問いかけた。
「持っているが」
うそつき卑怯者呼ばわりされるのは心外だったので、素直に答えた。
「存分に使われよ。と言いたいところだがお手前の拳銃はご勘弁願おう。昨日拝見した拳銃は世間の物に比べ少々厄介に過ぎる様子だ」
昨日陣屋を訪れていた中に目の前の人物がいたかどうか思い出せないが、彼の同門なり配下なりが様子を探りに来ていたとしておかしくはない。
拳銃を吊るしたベルトをまとめて外して見せて二三歩進んでわかりやすく離れてやって木簡を投げ込んだ。
相手の木簡が選ばれたのは相手の木簡が表だったためらしい。
相手の木簡も手から離れた後は空中で回転していたが、滑るような回転で石の上でしばらく風車のようにカラカラと音を立て回転していた。
ああなるほど、こういう手際もあるのかとちょっとばかり感心していると武芸改方の代官が水場を覗き込んで、拳銃勝負を宣言した。
「流石にあの拳銃を握った名うての拳銃稼業の賞金稼ぎに勝てるとは思い上がっていない」
相手は如何にも謙遜するようにそう云ったが、表情は如何にも得意げでもあった。
代官が持ってきた拳銃は見事な彫刻の入った美術品のような代物で、しかしシリンダー式の連発拳銃だった。雷管式の連発銃であることは安心したがハンマーを上げただけでは回転せず手で回して正しい位置にシリンダを手で送りハンマーを上げるとシリンダーが固定されるという少々古い型できちんとした位置にシリンダーの薬室と銃身を揃えないとハンマーが上がらず、引き金を引いて撃鉄を落とすとその衝撃でシリンダーがズレるために弾が真っすぐ飛ばないという難物で、連発が出来るのは確かなのだが、その発射が確実かどうかは整備と管理と装填と射手にそれぞれかかっていて、多くの場合射手の負担が最も大きい。
不発も弾が出ないというだけなら良いのだが、雷管と撃鉄がきちんと仕事をした挙句火薬に火が回った衝撃で銃身と薬室の位置がずれて火薬がとんでもない方向に炎と衝撃を撒き散らすということは割とよくある。
大口径の銃弾は鉛球というよりは青弾のような陶器のような奇妙な軽さ滑らかさと硬さがあるもので、釘や石塊よりは危なくないかな、というものだった。
実際、前装拳銃の殆どは実弾を使ったとして肋や手足をおるのはそれとして急所に当たらなければ一撃で死ねるほどのことはない。
それは、荒野の武器としてはある意味それで十分で止めを求めるかお縄に服すかという生死問わずの賞金稼ぎにはちょうどいい威力ということも出来る。
その生死問わずの武器から少々命の危険を少なくしたような武器であるのは確かだが、当たらない武器を使って戦うというのはどうなのか、というところで不満顔がでたが、弾丸をこちらで選び、奉行がそれを装填し火薬と雷管を詰めて、五発の装填のうち一発を拳銃の使い方の説明で操作して見せて、空に向かって撃った。
相手の側も一発を空に向けて放った。
こちらの従兵が気を利かせて拳銃を拾い上げないでくれたのを、改め代官が咎めて持ち去られてしまった。
観衆にもここまでのやりとりが伝わった様子ではあったが、おおかたの雰囲気として相手の狡猾を咎めるというよりは新人の迂闊とここからの展開を期待するような、負けてもしょうがないから頑張れ、というような生温い拍手と笑いが多かった。
どうせ見て大笑いしているんだろうな、と昨日いた建物を探してみると、手を振っているむこうのリザといきなり目があった。
「お、こっちみた。あ。やっぱハメられてんだ。あっはっはっはは。あら。つながった」
むこうの大笑いの声がいきなり耳元で聞こえた。
むこうの状況はわかった。試武に向き直るといきなり静かになった。
ナタで薪を割り落としたようなあっさりとした気配の様子は逆に気にはなったが、賑やか気なリザの気配を一瞬背中に感じ、相手に向き直り動き始めるとその気配も消えた。
日はまだ天頂には至っていないが、相手に影を落としというほどに低いわけもなく、必中を期すなら踏み込んで刃の間合いに入ったほうがマシな拳銃ではあった。
だが、流石に初弾が篭った状態で飛び込めば、動きの少ないほうが機械のトラブルが少ない。
外すを承知で一発撃って相手の飛び込んでくるのに間に合わせて機械を操作し、できれば外させ撃ち返す、というところが妥当な狙いだろう。
こんな距離で人間の大きさの的なぞ子供でも当たる、といかないのがこの種の武器の面倒なところで半チャージどころか四分の一くらいのところ、せいぜい二三十キュビットの距離を楕円上の仮想の軌道を描いて歩き回っていた。
魚の縄張り争いのような雰囲気だったが、先に手を打ったのは相手だった。拳銃を突き出すように構え、引き金を引いてみせ、マジンの応射を誘った。
相手の動きに射程に入ったと勘違いしてこちらは素直に打ち返したが、相手の空撃ちによる誘いだった。
その弾丸はとんでもないスピンがかかっていて腹を狙ったはずが相手の肩口の更に上を飛んでいった。手で投げたほうが当たるんじゃないかというようなハズレだった。
理由はいくらも考えられるが、鉛球の弾丸を前提にした拳銃の構造と火薬の量で、鉛球よりも遥かに軽い弾丸を使っていることが理由の一つであるのは間違いない。
これはもちろん事実上の初弾でどういう弾道をとっているかを見きれるマジンだから射手のせいではないと言い切れるが、会場では大はしゃぎで、ひと~つ、と叫ぶ者達の声があった。
ついていたのは相手が後の先を目的に踏み込んで撃った弾丸も似たようなランダムスピンで今度は左の方に飛んでいっていた。彼は両手を伸ばしながら操作してシリンダーを抑えながら撃っていたが、マジンが彼の右手側に体を開くのに合わせて引き金を絞ったために弾丸に妙な癖がついていた。
マジンは踏み込みながら片手でシリンダーを送りつつハンマーをあげようとするが、ズレているらしく引っかかる。仕方なく開けていた手でシリンダーを探りながらハンマーを上げる間に相手がもう一発放った。
今度は互いの位置が近づいていたこととマジンが敢えてまっすぐ踏み込んでいたことで、マジンの身体にはあたりそこなったもののかなり近いところをかすめていた。
ハズレを悟ったら右か左に素早く跳ぶのがこの勝負の動きであろうに相手は奇妙にまっすぐと下がった。
印象やたらと煤の多い硝煙の雲の中で打ち返したマジンの拳銃が炎に包まれた。
驚きとともにマジンは拳銃を捨てつつ、後ろに転がり四つん這いで跳ぶように一気に距離をとった。
初速の遅い弾丸は不安定な銃口で狙いが定まらず何処かへ飛ぶはずだが、マジンめがけて飛んだのではなさそうだった。
予期せぬ暴発であれば、むこうも距離を取るはずが、マジンが身を縮めて転がり立ち上がるまで拳銃の撃鉄を操作しこちらを狙っていた。
「暴発とは運が無い。あの勢いで銃をつきつけられてしまえば、拳銃の弾丸の威力なぞ関係なく降参するしかなかったところだが」
左腕の下の布地に開いた穴を示してから、油断なく左手でマジンの捨てた拳銃を拾った。
「一応聞くが、武器を失ってもこちらの負けではないのか」
これまでの試武を見るに得物を捨てる行為そのものは特に咎められていない様子だったが、手元の準備のためにマジンは尋ねた。
「まだ拳銃には合わせて四発の銃弾が残っている。やる気があるなら続けられるが」
こちらに飛び道具のない安心からか、面頬を上げて相手が答えた。
「それは重畳」
そう云ってマジンは穴あき金貨を相手の顔に投げつけた。
鈍く金属が響く速さで投げつけたが、予想していた相手も素早く面頬を下げ篭手の甲で受けた。
マジンは相手が面頬を下ろしたのも構わず穴あきを投げつけ続ける。
一気に飛び込んだ槍の間合いに相手が飛び退くように拳銃にこだわった一瞬に勝負はついていた。
相手のうろたえ弾の一発は既に十分間合いに入っていたから面頬を上げたままなら間違いなくあたっていただろう。
走りこみながら外套を脱いでいたから、こちらの動き方と合わせればあたりどころによっては死なぬまでも地に伏せることになる。
それで勝ちか負けかというとこの武芸改の立会、ひどく怪しくもあったが、立会奉行の差配でラッパが鳴ってしまえばマジンの負けは決まる。
相手の開いた左手から爆炎が放たれたが、熱の勢いがどれほどであろうと既に勢いのついた重みのある難燃耐火素材の外套を押し返せるほどの火力ではなかった。
最後の銃弾を相手が放った瞬間にマジンは振り回していた外套で相手の身体を薙いだ。
相手は片手で操作できるほどに拳銃に慣れていた様子ではあったが、銃弾は既に速度を得始めていた外套に巻き取られるように速度を失った。
外套を炎よけのめくらまし程度に思っていたところに、少年少女と同じような重さの鈍器の一撃をうけ相手は空になった拳銃を手放しよろけ尻餅をついた。
マジンは奪った拳銃に二十五シリカの黄弾をねじ込み雷管の代わりに釘を突っ込み、尻餅をついたままの相手に向けて、銃口をビスケスの肩口の上にずらし放った。黄球は銃口から遠目にもわかりやすく巨大な爆炎となって拳銃の中で支えを失った釘は甲高い音で石畳を割った。
「どうやら撃てるらしい。これでこちらの弾丸の蓄えは百を超える。やる気があるなら続けられるが」
そう言ってチョッキの弾倉をビスケスに示す。
銃口から出た瞬間には弗化樹脂の粉末と高温燃焼性の気体と種火の混合になっている黄弾はともかく曲がりなりにも塊である青弾が打てるかはかなり怪しかったし、仮に打てて銃弾はともかくこんな使い方で道具が保つとも思えなかったが、相手が諦めた。
外套の一撃で倒れたときに足を傷めたらしい。
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