手合せ仕儀拝見~祭りの席
遠く階下に見える型演舞のような甲冑武者の長竿による争いは、ひどく重々しい動きで、どうせ寸止めするならもっと軽い寸止めをしやすいものを使えばいいだろうにと思うような動きでもあった。
と思っていると、かなりの勢いで振っていて寸止めのような動きは牽制のための或いは間合いのための動きだった様子だった。
「槍の穂は外している様子だが寸止めじゃないのか」
「どうなんだろう。寸止めじゃない様子ね」
寸止めかそうでないかは、当りもしないものを気にする必要もないわけで実のところその辺の動きを他所から見て判断するのは難しい。寸止めと言ってどのくらい外して止めるべきなのかという約束が在るわけではなく、動きのある中で本当に手のひらの厚み一寸で止めるわけにもゆかず、実際にはかなりいい加減な当てたつもりのヘロヘロとした突きや払いが寸止めのつもりだったり或いは逆に骨に食い込むような寸止めもある。
そう云う中で互いに甲冑を着込んでの試武はそこそこに納得ゆく結果を得られるはずだが、それはそれで鈍い動きになっていた。
「ボクは刃引きをした得物なんか持ってないぞ」
二人の武芸者の動きは遠目には早さがわかりにくいが、打ち合いの響きを考えるとかなりの動きであって音や動きの慎重さから、実際の槍かそれに近い得物であるように感じられた。もちろん穂先の動きを考えれば、迂闊な姿勢で受ければ甲冑を着ていても関係なく人を吹き飛ばすことなぞ容易い。
「そんなの借りればいいじゃない。あなた方自分で持ってきた得物で存分に好きにやるってことだったから、準備もなにもなかったすごいスピード決着だったけど、この人達とか見てたら色々準備してたじゃない」
「槍にてって声は聞こえたが甲冑はどうしていた」
「最初から着てたわね」
「みなそうなのか」
「話を聞くと一戦目はだいたい鎧のお披露目するみたいよ。相手の手の内もわからないし。一回戦目はだいたいそういう感じで、だからあなた達の戦い方は相当割れてたみたい。二人によほど因縁があるのか、とか、殺し合いじゃなかったけど、全部見せないで一気に決着しちゃったじゃない」
「図らずも挑発してしまったのも事実だが、ダラダラとやるつもりが互いになかったのも事実だ」
「そういうのって割りとないんですって。負けちゃった方の見どころなくなっちゃうでしょ。だからさっきまでわりとあったのが、……あ、あれあれ。間をとって水場の中で甲冑脱ぎ始めた。あの水場って基本休憩所というか待ったみたいな場所らしくってさっきのあなたの相手みたいな使い方ってあんまりしないらしいわね」
「戦っていけないという場所でもないらしいけど滑るし踏み込む方が奉行評判悪いとは云っていたな」
「そうらしいけど、どのみち奉行の裁定を待つような戦いはしないでしょ。あなた達の決着は怪我なかったみたいだけど、これまで負けた方だいたい腕か肋か折れてると思うわよ」
「そうなのか」
「そのくらいの覚悟はあるでしょ。だからアナタが打ち下ろしてしばらくここもざわついてたわよ。あんな勢いですっ飛んできてありゃまずくないかって思った相手の攻撃を更にすごい勢いで地べたに叩き落としてるんですもの。久しぶりに死人が出るかと思ったってアイリンさんが」
女性ばかりの席で男三人は背後に座っていたが席の端に座っていたアイリンが名前を聞いてこちらを振り向いた。
「ご無事で何よりでした。別段相手が死んだとして咎める筋のものではありませんが、一回戦からでは後の戦いにも障りますから」
「あの皮の鞘みたいなのいいわねってその時に話になって、あれこちらで売ったら売れるわよ」
「もう作り方教えたよ。材料は簡単だし。こっちでも実は似たような感じの物が突剣の稽古用であるんだ。それを少し作り方を変えただけだよ。少し変えれば槍の稽古用の物も作れる」
「ですって。残念儲け損なっちゃった」
いたずらっぽくリザはアイリンに笑った。
「それが理由か」
「まぁそういうわけでもないんだけどね。……また始まったわね」
見ていると甲冑を脱いだ方の動きが俄然滑らかになっていて、試合の流れが変わっていた。篭手や脛胸甲鉢金など幾らかの部品は残したまま、動きの邪魔になる防具を外すことで、相手を押し込んでいた。
「そうするとこれは事実上の三本勝負なのか」
「まぁさっきからの流れを見ているとそういうことみたい」
「なんか、少し騒がしいな。甲冑の側の動きが変だ」
甲冑をまだ着ている側、さっきまで押していた側の動きに余計なものが増えている。
手数とはまた別に堅いものが当たる音がする。
「多分、魔法とか暗器とか使い始めたのね」
「脱いだ方は使って良いってことか」
「そういうルールが有るわけでもないらしいのよね。お客が物を投げ込んでも特に咎立されないような風習だし、よしんばお客に殺されてもそれはそれってことみたいよ。ちょっと驚いたけど」
そう云ってリザがアイリンに視線を送るとアイリンが頷いた。
「鎧兜のたぐいは動きを狭めますから。使えないわけではもちろんないのですが、やはりないほうが使えます」
アイリンの説明はつまりルールがどうあれ好きにやってよろしいということである様子だった。
「二回戦目は派手だったわよ。最後片方が火を吹いてもう片方がそこいらの物を投げ散らかして。最後は火を吹いていたほうが一気に間を詰めて槍で押し込んで決着だったけど、なんか遠目からだと舞台を見ているみたいだった」
「なんか暗器の話で思ったんだが忍者みたいだな」
「忍者ってなによ」
スルリとマジンの口から出た言葉にリザが質した。
「む。ん。こう、暗殺とか斥候とか相手の町中に入り込んで諜報や破壊工作を中心にした不正規戦を仕掛けたり、そういうもので防御線を張ったりするような連中。罠とか仕掛けとかを準備しておいて小物の類で出し抜いて見せたりする兵科というか御役目」
単語の説明にマジンは少し詰まった。
「我らの戦いはだいたいそういうものになりがちですな。もちろん衆を募って槍衾を推したて陣を支え火砲を集めないと結局大兵は倒せないのですが、なにせ山中の寡兵ですから、自然戦いやすいところは限られますし、決戦に至るまで或いはその後にそういう少人数の精鋭による工作やら武勇やらが必要になります。騎士などと名乗っておりますが、馬で一気に駆け抜けるような平地はそれぞれの庄の他は少ないので者共が駆けたほうが却って早いくらいです。そこのメルブなどは早駆けでは馬に劣りますが、一日通しての道程では並の馬の倍ほども駆けます。大酒大食ではありますが馬ほど飲み食いするわけではありませんし、荷も馬ほど運べます」
若いアイバがマジンの言葉にかぶせた。
ミョルナの山間などで痩せた女性の行商などが自分の体重を上回るほどの大荷物を行李に背負って細い山道を歩いている光景はよく見るわけではあったが、改めて紹介されると驚くような話であった。
マジンがすっと視線をアイバに向けた隙に試合の決着がついた。
途中まで押していた甲冑を脱いだ方の騎士の勢いが途切れたところで立て直した甲冑武者が備えをそのまま有利に使い、甲冑武者の牽制に腰の入らない相手の突きを肩口で敢えて受け更に押しこむようにして倒し胸元に槍先を突き付けて決着した。
手数が進むに連れて甲冑を脱いだ側の押し込みが減っていたので息切れの兆候はしばしば見えていていずれ負けるかという展開ではあったが、決着はむしろ武芸鮮やかであった。
「こんなことなら突撃服持ってくればよかったわね。こちらでも当世具足で大喜びだったんじゃない」
「ボクのはおまえが訓練で撃って壊したろ」
「会社でも幾らか使ってるじゃない」
「全部で千もないし、余らせているってわけじゃない。まぁ二輪用の装具はステアに積んではいるが、今更取りにはいけないだろうな。まぁ気密服みたいなちょっと別用途の鎧風のものならあるわけだけど」
突撃服は暑いだの重いだの手入れだのと様々に不評もあるが、それでも他を圧するわかりやすい存在感というものは荒事の身分証明において、腕を振るわず事を収めるのに都合がよろしくもあった。
実際、拳銃くらい短刀くらいは脇の甘いところに食らってもどうということはない作りであると無造作に暴力騒ぎを収めることができて、僅かな人員の特別班は各地の警備隊の活動を支えていたのだが、便利な人員が当然にそうであるように仕事も増えていた。
刺又と盾以外の武器を必要としないまま敵を制圧できる特別班は駅周辺の事件にも借り出されることがあった。
子供たちにも人気の職種ではあったが、猛烈に体力を使う職場でもあって、英雄の苦労のにじむ職場でもある。
中の人は亜人と帝国人の退役軍人が多いのは公然の秘密で巷間には微妙にややこしい勘違いもあったが、別段制限があるわけではない。しかし怪我は負わないもののほぼ一方的に撃たれる職場なので適性試験が厳しいというのは事実である。
「そういえば私の装具はどうしたろ」
「持って帰ってきましたよ。私のと一緒に」
ショアトアがリザの言葉に答えた。
「そう。そしたらショアトア、私としばらく段平の稽古しましょう」
ショアトアはあからさまに嫌な顔をした。
「それはご命令ですか」
「違うけど。嫌なの」
「そうじゃないですけど、リザ様、そういうの手加減しないじゃないですか」
文句をいうショアトアを見下すような目でリザは笑った。
「手加減したら身につかないじゃない」
「それはそうですけど、倒れたらオシマイってやめましょうよ。軍隊の命令なら兵隊にとってそりゃ必要かもですけど、そんなんじゃお家のことできませんよ」
「バカねぇ。習い事なんて最初は倒れるまでやって飽きたら辞めればいいのよ。どうせ身になる商売にするつもりないんだから」
リザが全く乱暴を言うのにショアトアはパクパクと言葉が告げないまま口を動かした。
「ショアトアはまだ成長終わってないんだから、あんまり無理をさせるなよ。服だって毎年変わってるじゃないか。ゆるく余るくらいに作ってたはずの突撃服もいつの間にか動きにくいくらいキツ目になってたし。あんまりゆるく作ると良くなかったんだが、そんなに頻繁に変えられるものでもないしな」
流石に自分も途中で投げ出すつもりのことで面白半分に付き合わせるということであれば、マジンも口を挟んだ。
「そういえば子供のうちにあんまり無理させると背が伸びるの止まるって云うわね。あれ本当なの」
「まぁ突撃服みたいな重たいものを着せられてずっと締め付けられていると、あまり身体には良くないだろうな。どれくらいってのはわからないけど背が伸びてる時は骨も削れたり組み立てたりを繰り返しているから、外からおしつけられていればクセができちゃうかもしれない。職人とかで左右の腕の長さが違う連中確かにいるしな」
マジンのその言葉にリザはショアトアのあちこちを測るように見下ろして鼻息をついた。
「流石にそれは可哀想ね。いいわ。ショアトアしばらくアナタはあんまり激しい運動はしないように」
「お姉様、それはなんか違います。旦那様の云ってるのは身体に合わない防具が体に悪いってことです」
「いいわ。あんまり体に悪いコトして、寸詰まりのちびっ子のままおっぱい膨らまないままじゃ可哀想だもんね」
成長期が終わると節々の長さが変わることは殆ど無いわけだが、それでも太さは増えたり縮んだりということは当然によくあって、末端まで重さのある突撃服を着ていたことで多くの将兵の体型にも変化があったから成長期がまだ終わっていないショアトアの身体には良かろうはずもなかったが、リザの言っているのはもちろん誂いであった。
挑発されたショアトアがリザの足を勢い良く踏みそれを合図に二人がつかみ合い揉み合った。
周りが騒がしい中、気にする者も多くない様子だったが、ラッパが吹かれると流石にリザの頭を掴んで止めた。ショアトアはしばらく暴れていたがリザが鉄のような腕力で檻のように拘束すると腕に噛み付いていたがおとなしくなった。
六戦目はルテタブルの試合だった。
空は日が傾き次第に空が朱色に染まっていたことで、会場のあちこちには篝火が準備され、建物の壁のあちこちにも金属の板や白塗りの壁の前に篝火が灯されていた。朱と灰色の際立つ会場の色合いは奇妙に沸き立つ雰囲気になっていた。
幾らかの篝火は油脂に火薬の類を混ぜているらしく明るく白く燃えているものもあったが、やはり電灯の光に慣れ始めているマジンの目には全体に暗い。
一頭格抜けていると云われるルテタブルは手足に甲はつけていたが他は喉宛と鉢金だけで胴丸と兜はなしだった。
試合は盾と木剣だったが、動きはルテタブルが終始圧倒していた。
当初は互角に見えた両者だったが、動きに余裕のあるルテタブルの防御を崩し切れず反対にルテタブルの牽制に立て直すので相手は精一杯で、牽制の突きの鋭さと狙いが甘くなり、動きの差から突き返される頻度が高くなるとルテタブルの手数が次第に攻撃と防御を切り分けることが少なくなり始め、相手の動きが防御一辺倒になり始めると防御の剣を巻き上げた隙に盾で押し込み股の間に踏み込むようにして水場に倒れた相手に木剣を突き付けて終いになった。
特段なにがあるというわけでなく、全く儀式通りの流れではあったが、それなりに二人の技量が見やすく見えて、見応えがあるということもできた。
「なんか、強いけど余裕あるっていうかムカつく勝ち方ね」
「そうか」
「相手の土俵に乗ってやった、というか、稽古をつけてやった、というか。もっとスッと勝てたんじゃないの、あの人」
「こちらのお城の筆頭で格上らしいからな。そう云う風に見えるんじゃないか」
リザの理屈はわかるが、盾を持っている相手に一気呵成に押しきれるのはよほどの差がある時くらいで、こちらにあとがない時はともかく怪我をしないためにはある程度相手の手数を吐き出させたほうがよい。盾そのものが体力を削ることになるから、体力技量に差があるなら上手の者は待ったほうが楽になる。
防具を重く固くする度に体力が必要になるから、負けているところが多い者はあまり防具に頼る意味は無い。同じ耐える戦いでも相手に歩かせ動かせるような戦いをするほうが、走る歩くの技量のほうが武芸の技量よりも差が小さいことを活かせる。
とはいえ、結局はその場の組み合わせその場の判断で武芸の技量が劣るということは受ける打たれる技量も劣ることが多く、身がすくむよりは重いほうが、と考えるのも間違いではない。
「相手も相手よね。ああいう流れなら最初から手持ち全部使えばいいのに」
「なんか負けそうになってから釘みたいなの投げてましたよね。全部盾で受けられていたけど」
ショアトアが言った。
「あんた見えてたの」
「見えてたっていうか。なんか砂かなぁっと思ったら釘みたいって感じでしたけど。黒錆色のなんか。あんまり多くなかったんじゃないですか」
「あんた目がいいのね」
「それ何度目ですか。部隊にいた時も何度も云われたんですけど。もうボケてるんじゃないですか。ああそういえば一回死んだんだか死にかけたんだかされたんでしたね。オツムの中身が腐ってらっしゃるならしょうがありませんね」
さっきの仕返しとばかりにショアトアがリザを誂った。
「良いじゃないのよ。素直に褒められときなさいよ」
とても倍あまりも年の離れている二人の喧嘩には見えないが、リザに圧倒的な膂力があることを知っているはずのショアトアがリザを恐れないことはいいことだとマジンは思った。
七戦目本日の最後はそこらじゅうから花吹雪や黄色い歓声が沸き起こるちょっとばかり特殊な雰囲気の試合だった。
メラーカレオンはとてつもない人気だった。
マジンも別段自分の容姿を気にするほどの興味が有るわけではなく、せいぜいが仕事を汚さぬために身奇麗にしておけよ、という意味で服装や身の回りに色々と云うわけだが、彼カレオンは明らかにそういう狙いとは全く違う、身を売り身を立てるために身を飾っている男の一人だった。
だが、カレオンの入場を見るに、そしてその観客の反応を見るにマジンは自分が如何にも山出しで場を楽しませることをせずに勝負だけに血道を上げていたかのように引け目を感じずにはいられなかった。
メラーカレオンは明らかに戦場の実戦とは異なる装いでこの試武に挑んでいた。
十五キュビットもあるような二階屋の柱を突き立てる様な長槍には黄色と赤と緑の房がはためいていて、幾らかの房の先にはその先には白と黒の球がぶら下がっていた。その球が光っているのは電球でも或いは発光性の薬品でもできるが、ちょっとばかりばらつきのある不思議な色合いで、魔法だ、とこの地では云ったほうがいいような不思議な白い光だった。
肩を母衣のように膨らませた紅白のダンダラの服は遠目からも下に防具をつけていることはわかるが、それを支えに広く動き裾を膨らませ重そうには見えない。長めのケープのような肩から溢れる布は肩から下をゆるく隠し足元までざっくりと覆っているが、腰から長くつきだした段平の柄と踵の後ろに伸びた鞘は山間を歩く兵のものとも思えない長さを持っている。密集槍兵のようなひどく長い槍と騎兵が使いそうな大きくふくらんだ五角形の盾は大きく黄色の水仙の文様が入っていた。
およそ派手な天幕のような装いに長く目立つ槍と腰のものと大きな盾を備えた重騎士という印象だ。
馬試合ならともかく徒士試合で一体どういうつもりかとも思うが、長い槍の取り回しを無視するだけのなにかを持った男なのだろう。
ダビアス翁がこの場にいる武芸者で賭場を建てるとして五分を建てるもののほうが少ないという事実を考えれば、軽やかな笑顔が決して軽薄によるものだけでないとみえる。
その男前を晒し鍔の長く鉢の広い孔雀の飾り羽のついた帽子を阿弥陀にかぶり、四方の建物を見渡し手を振る者を見つけるとひどく長い槍を肩に預け落ち着けて立ち止まり、手を振り返し口吻を投げと相手の仕草を真似して返して、陣屋からゆっくりと広間に進みながら観衆に応えていた。
「すごい人気ね。彼」
明らかに衝撃を受けているマジンを笑うようにリザが言った。
「しかしあの槍で戦うのか」
「過去幾度かそういうこともありましたが、やはりあの槍では勝てない様子ですね。槍自慢との槍勝負ではあらかた負けています。大群の槍衾と違って立会ではいくらでも躱しようがあります」
肩をすくめるように笑うようにアイバが言った。
「するとあれは看板みたいなものですか」
「まさにそうで、あそこにぶら下がっている球が彼の勝ち負けでそれを示すためにもあの槍は捨てないそうです。幾度か槍を賭けての決闘もあったようですがそれは全て勝っているとか」
「するとやはり強いのですか」
「強い弱いで云えばいくらでも強い方はいますが、これだけ華やかであれば、多少の負けは花の散るらむ等と風流に流されてしまいます。狡猾ではあっても卑怯ではない方なので、勝っても負けても鮮やかに飾られますから」
羨むようにアイバが言った。
「すると得意は腰の大刀ですか。かなり長い様子ですが。左右両方長いというのは珍しい」
「まぁ、あれも一種の飾りですな。ここからですと大剣のような挿し方ですが実は右は弓でして。軍場での弓上手は間違いないのですが、大剣が得意かというとそれも勝る者はいくらもおりますが、つまりはそういう方ですので、どう戦ってもそこそこ以上に戦われまして」
「相手の方はどういう方ですか」
「モールカーバイン殿ですか。槍の上手ですね。弓でも名うてですがこちらも多芸な方です。特に糸紐を使った縄術を絡めた組打ちは定評があります。バイン殿はかつてルテタブル殿に組打ちで土をつけたことがありまして、そういう意味ではややバイン殿のほうが上かという者もおりますが、相性という意味ではカレオン殿のほうがという者もおりますし、そのくらいに伯仲の一戦です。過去は木剣と槍とで六勝五敗でカレオン殿が優勢です」
アイバが説明をしようとしたところで歓声が上がった。遠目にはどちらの木簡が選ばれたのかわからないが、槍の勝負になったらしい。
「本日槍上手のバイン殿に挑み、この槍とて使いみちがあることをお示しする。皆々様ご照覧あれ」
カレオンのその声に女の悲鳴が応えた。
流石に二人の表情まではこの位置からでは見えないが、バインの動きの様子から多少納得いかないものを感じる。
途中まで槍を従者に返そうと動いていたところから見て、槍の木簡を投げ選ばれたのはカレオンである様子だった。
槍の間合いが長いとして天秤の腕が長すぎると釣り合いが取りにくいように、長い槍は細かく動くことが難しくなる。密集槍兵の長槍は結局、数を頼りに振り下ろす鍬や籾こきの叩き棒のようなもので前列の上げ下ろしを後列の槍が間合いに入らせないという攻防一体の分担を持っていて初めて意味のあるものだったから、密集槍兵の訓練の困難と、長槍の兵器としての訓練の困難はよく似たものだった。
槍兵の方陣が地形や行軍距離或いは騎兵や弓兵の戦術や装備の変化によって変化し、火砲の登場で一旦完全に崩壊したように、背丈の倍を超えるような長すぎる槍を個人の武芸とする流行ははるか昔に終わっていた。
それは狙わず振り落とす、狙わず突きこむ大軍同士のぶつかり合いであれば実に瑣末なことで一人避けようと他の一人刺されば一人叩けばそれで良いが、一対一の立会では致命的な遅れになる。
そして長い槍の切り返しは相応に力を使う。
バインは敢えて急がずカレオンの体力を削ぎに来た。
長い槍を中ほどに掴み、鐓と穂先をそれぞれ二本の槍の穂先と見立てたカレオンの技は槍の技の中ではそうそう珍しいものではなかったが、長く重たい槍を肩や腰首を軸にそのように振り回してみせるカレオンの鍛錬は無論並大抵とはいえない。
槍の長さのせいで見た目それほど大きく見えない、カレオンの体躯はしかしそれでもその長い槍を正しく真ん中で持たずとも縦横に振り回してみせ、或いは止めて繰り出してみせ間合いをとったバインに頭の上から鐓を振らせて見せと、決して非力矮躯の小兵にできる戦いかたではない。
光る穂先と影のような鐓にバインは踏み込めずしばしば自らの槍以上の間合いを取ることになったが、カレオンが送れる突き手の間合いと天秤の相の手の間合いを読み切るうちに次第にバインは改めて取る間合いを小さく少なくしてきていた。
バインが弾き進ませと或いは弾き遅らせとカレオンの槍を叩いているうちにカレオンの槍の穂の飾りがちぎれ崩れるより先にカレオンの足元がずれた。
バインがそれまでと違い相手の槍の穂先についていた流し飾りを自らの槍に巻きつけカレオンを一気に引き込んだ。
女の絶望的な悲鳴が上がる中、引きずり込まれたたらを踏んだカレオンが槍の手を譲るとバインが爆ぜるようにのけぞった。
カレオンの槍の中程から柄が切られた。
断たれたカレオンの槍の穂先がバインの槍を振り回しやはり仕掛けが、と巻きとったカレオンの槍を切り返して捨てようとしたが、深く絡みすぎて抜けない。
バインが槍を諦め捨てるより早く、踏み込んだカレオンが石づきをバインの喉元に突きつけるのにバインは槍を捨て、槍の間合いの倍ほども一気に下がりそこで降参した。
「槍を捨てたら負けなの」
「そういうわけではありませんが、何かあったのでしょう」
リザの問いにアイバが答えた
「槍を絡めとった後辺りからなんか変だったな」
バインは悔しそうに自らの手元から何かを引き剥がして捨てていた。
「なにかしら。何かの暗器かしら」
「呪符の類でしょうね。カレオン殿の得意技です。降参はアレのせいかもしれませんね」
アイバもよくわかっている様子ではなかったが、他にそれらしい流れもなかった。
穂先についていた五色の流しは流石にほつれ土にまみれていたが、そこにカレオンは白い玉を一つ新たに加えて下げた。そして観客の歓声に応えるようにその長過ぎる槍を振り回してみせて来た時と同じくゆっくりと立ち止まりながら引き上げた。
「派手だな。だが、思ったより正統派だ。まぁ、あの槍の仕掛けはずるいと思ったが、あの長さの槍を運ぼうと思えば当然にある仕掛けだし、それがとっさに使えるのはすごいが、普通だよな。しかしどの瞬間に札が張られたんだろう。槍の間合いではあったわけだけど直に触れる距離じゃなかったな」
「下がった時にはついてなかったわよね」
少しショアトアが考えていた。
「どうやってつけたかはわかりませんけど、槍がふたつに折れた後にはついてましたよ。相手が腰を捻って穂先じゃない方で殴ろうとしたのを下がって避けてたじゃないですか。あの辺のどこかじゃないですかね。紙を貼り付けたようには見えませんでしたけど、なにか放すような仕草はありましたし」
「アナタ見てたの」
リザの言葉に疑いを感じたのかショアトアが嫌そうな顔をする。携帯用の小型の双眼鏡は人数分用意があるが、大きな野戦用双眼鏡や、夜間用のもっと大きな双眼鏡とは当然に違って、単に二枚のレンズを組み合わせただけの簡素な双眼鏡では全体の動きは見やすいがそれほど明るく見えるわけでもなく、倍率も全体の動きが見えることに特化したものだから、舞台の芝居をちょっと見やすくするための道具でしかない。
「見てたっていうか覚えてたっていうか。どこかなぁと思いだしてみただけですけど」
ショアトアが疑いを弁解するように口を開くが彼女にもなにを云うべきなのか、わかってはいない様子だった。
その様子を見てリザがなんだか分からないが自慢気な顔をした。
「結構使えるでしょ。この娘」
「おまえが自慢気な理由がよくわからんが、すごいな」
リザは益々得意げな顔になった。
その後、武芸改方奉行が翌日が昇るまでの武芸改の中断を宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます