馬寄ダビアス家陣所

「ふう。とりあえず、片はついた。か。危うく面倒くさいことになるところだったが、ともかくひとまず落ち着いた。すまんな。面倒くさい男で」

「結果として話がついた様子でよかった。必要なのは衆目の前で三戦勝ち抜けることで一戦一戦の内容そのものはみっともなくない程度に形になっていれば宜しいという意味では互いに木剣と云うのは悪くない。勝ちを譲れ、で下手な八百長の手打ちが衆目にさらされるのでは上手くもないしな」

「しかし、アヤツめ。相手を侮りすぎだ。あの迂闊が様々に足をすくわれているというのに。自分でなにを見てきたか、頭に血が上って忘れたか」

「相手に拘らない若さといえば全く心強い」

 話の流れがひとまずまとまったこととは別に己の配下の若武者の振る舞いに愚痴をこぼすグレオスルをダビアスが慰めた。

「なにしに他所の陣屋に出向いたのやら。相手の技の試しを見て得物を確かめに来たのだろうに。血を頭に上らせたまま……段平は大小それぞれ刀身の厚みに違いがあるが、すごい色だな。これはゲリエ殿が鍛えたものなのかな。鉄の色はともかく全体の印象を云えば帝国のものに似ている。共和国でこういう造りの刀剣を使っているとは知らなかったが。連中のはもっとこう重たげで、こういう剃刀を大きくした感じではなくハサミを武器に研ぎ出したような感じだ。突き刺すには向いているが、斬るにはいまいちで、潰すとかもぐ感じになるな」

 グレオスルは愚痴を零しながら、配下の目で確かめたかっただろう陣屋の前に広げられた、マジンの得物を眺め口を開いた。

「連中の刃物は果物や野菜なんぞ切っているのか潰しているのかわからないようなことがある。それでも安いから使っておるが。剃刀なぞよほど研いでも毎回切れ味研ぎ味が変わるのでヒゲを剃るのが怖くてかなわん。思うに刃の付け方というか形が良くないのだ」

 段平の鍛えを興味深く眺めながら二人の武将は話を切り替えた。

「しかし、こんなもので鉄が切れるとしてどうやるのだ」

「ペーパーナイフで手紙の封を切るように、などというわけでもあるまいが。さて。宝石の目を探すようにするのだろうか」

「いえ。およそ紙を切るのと同じ要領です。斜めに刃を走らせながら食い込んだところの速度と角度を合わせて一気に引き切る。体重をかけるのはそれとして、力を焦ると却って潰れてめくれ堅くなるのでコツは早さと角度を引手で調整ですね。ケーキやパンを綺麗に切ったり果物や野菜の皮をつなげて斬るのと基本は一緒です。刃を食い込ませ滑りこませるまでに少々力がいるのと、変形が殆ど無いのでその感触を理解するのが難しいですが、概要としては縁をボロボロにしないように紙を裂くのと変わりありません。目が細かい分、掴めれば簡単かもしれません」

 説明が奇妙に細かいのに二人の将帥は驚いたように呆れたような顔になる。

「斬鉄を魔法なしにおこなうというのか。断ち落としたのは鎧兜や剣ではなく、細工物とは言えごつい斧の身だぞ」

 呆れたようなグレオスルの言葉に面白げな顔でダビアスがマジンに目を向け言葉を促す。

「魔法、といういわれ方はどういう感じかわかりませんが、動きがない相手であれば食い込んだ後は早さと力である程度は切れます。件の戸口はそれぞれ片持ちでしたので斧の重さも味方でした。自慢ではありませんが、クセを知っているよく切れる刃物をクセのとおりに使う、という塩梅です」

「石を切る話はよくあるが、そういうのとは違う様子だな。本当に切っている感触があるのか」

「割ると斬るは似ていますが、牛と馬ほども違う現象なので、手応えで云えば違います」

「奴め。この話を聞きに来たのだろうにな」

 グレオスルが溜息と共に愚痴をつくように口にした。

「互いに死ななければまた後でゆっくり話をする機会もあるだろう」

「しかし奴め。億万打ち込む話で、寸止めする気は毛頭なくなっている様子だったぞ」

「木剣であれば防具をつけて尚貫くということは難しかろう。頭や喉には一応延金の裏打ちもあることだし」

「そうであればよい。というつもりで準備された防具だからな。真実果たし合いに防具がどれほど役に立つかは軍場に立てばわかることで、役に立つように討手双方が撃ちあうことが前提になる。防具は相応に程度の良い物を持ってくるだろうが、万全というよりは寸止めの一寸くらいに考えていただいてあまり期待していただかないほうが良かろう。型試合には強いが演舞を超えての他流試合ではおよそ意味が無いし、防具の隙間を狙うような戦い方も世間には多い」

「しかし、ゲリエ殿は正面とおっしゃった。いわゆる鉢割を目指して頭頂から額を打ち割るということであれば、およそ刺突を求めないということだろう」

「わかりやすく死の影を互いに感じられるかと。おかしかったでしょうか」

 二人の軍将は顔を見合わせた。

「おかしくはない。得物を見ればゲリエ殿の得意が斬刀にあるのはわかる。切っ先鋭く刺突も考えた見事な作りの片刃に長さのある両手持ちの柄だが、長いほうが重ね薄く身幅広く笠置に反りやや踏ん張り効かせ、短いほうが重ね厚く身幅狭く先反り浅く作られているところから、およその好みも推察できる。踏み込みと姿勢で間合いを作り、斬る突くも考えた大刀と、威力確実に刀身の痛みも気にせず一刀こじわる踏み込みとが見える。相対二三人を想定した造りで、相応の長丁場を考えた上で必殺を考えている。全く我らとしては好ましい剣術で尚正面と云ってよこしたところを考えるに一対一の必殺も考えているのだろう。ただ推して歩み寄せ殺し、必殺に砕く。こう見えてかなり力押しの真っ直ぐな戦いが好みと見える。戦場で流行るとも思えんが、好む者は多かろう」

 グレオスルが得物を見てマジンの好みの戦いの想像を述べた。

「道具の好みと戦いの筋の好みはまた別だし、観て面白いかどうかもまた別だ。ゲリエ殿は賞金稼ぎとしても身を立てられていたことがあるということだ。相手を圧倒してみせるに突剣よりは斬刀のほうが動きからして違う」

「斬刀での刺突は突剣のそれと違って確実に相手の何処かをもぐからな。こういう帝国風の大きな剃刀で突っかかれば、コチラの膝が崩れたとして、切っ先が相手に至れば重みで相手にも深手を追わせることが出来る。山間でさえ砲火銃火で先魁の時の声の代わりにするようなご時世ではなかなか流行らんが、世が落ち着くまでは斬刀のほうが使い道は多い。だがなぁ」

「だがなんだ」

「斬刀の稽古は木剣を使ってさえ尚怪我が多い。まぁ突剣もないとはいわんがほれ、アチラには割いた葦とわらしべを束ねた摸造剣があるだろう」

「よく出来ているとオマエも褒めていたな」

「それはそうだが、あれは振り回すとすぐにバラける。高いものではないのでそれはいいのだが、掃除は面倒だ。それに軽いのでな。尋常といえん振り下ろしになって、どっちが勝ったかわかりにくい。突剣の刺突は基本歩みと捻りを継がんからアチラは動きが早くても勝ち負けがわかりやすい。有り体に脚さばき腰さばきと切っ先とを追う助審を立てておけばそれでおよそ事足りる。それで事足りないことがないわけではないが、まぁそれはそれというか、突剣の稽古としてはそこそこに使えるし、実戦を意識してそこから組討に持ってゆくとしてもまぁ痛むことはあっても、金的目潰しを禁ずると云うだけで大方の面倒にはつながらない。手袋と足袋に多少余計な当てものをすれば、寸止めも容易だしな」

「突剣から組討か。数の迫った乱戦では割りとある流れだな」

「突剣が実戦的でないという気は毛頭ない。むしろ組討への繋ぎを考えれば、敵味方を眼前に辺りに容赦なく使える技としては突剣も必要だし、多人数への対処が工夫された技の繋ぎもいくらもある。だがしかしそれでも結局突剣というものは半端な性質の武器になりがちだ」

「なにがいいたい。さっさと結論をはっきり言え」

「木槍や棒術の寸止めが難しいことをゲリエ殿は口にしていたが、実を云えば木剣であってもそれは同じだ、ということだよ」

「随分間が抜けている様子だな」

「それはそうだ。いきなり結論を求められたからな」

「訓練の話であれば防具があるだろう」

「視界が限られ耳が塞がれ頭頂から肩までを覆い首が回らない、指先から肘までを覆う都合で振りかぶる邪魔になるつま先から膝までの動きを固め腹から腰までを樽のようにして踏み込みと振りを阻害する防具がな」

「甲冑でも同じことだろう」

「甲冑が廃れた理由を考えたことがあるか」

「役に立たん面倒くさいというところだろう。だが木剣用に作った防具であれば」

「リクレルな。リリビットの腕を折ったのは、防具の上から木剣で試合作法通り型どおりにただ寸止めを僅かに疎かにした。一寸どころか一毫食い込めば人の骨を折ることなぞ造作も無い。だが一回の試技とはいえリリビットの代役を務める腕があると認めるだけの技量も示した。リリビットに死力を振るう気構えがなかったと云えばそれまでだが、油断と云うには些かややこしい。実力が伯仲すれば、勝ち負けを求めてなお手を抜くことはできない。二人の実力は掌が入るほどの差もないというところに迫りなお勝ち負けとなればなおさらな。それ故に謹慎はさせなかった。裁くとして裁かないとしてどうするかというところも含め今のところは宙ブラよ」

「私が聞いてよかった話ですか」

「聞かせておるのよ。これは自慢だが、奴はここに集える騎士共のうちでも二十歳に手のかかる者達の中では槍働きで一頭抜けている。その分脳足りんところはあるが、名前で見たところ槍や木剣組討などで戦うとあって尋常な立会であれば奴は決勝まで進める。幾人かは手強いが、そういう者の勝ちも負けも見せているからな。立会は初見でも死力も奥義も振るうような場でなければ、体術型通りとして十分通用する。本当ならもう四五年はこういう場に出さないままにしておきたかった。木剣と侮れば、型通りの打ち込みだけで防具の有無なぞ関係なく相手を打ちのめすことなぞ造作も無い」

「大事にしておられるご家来なのですね」

「正直こういう面倒な話ということであれば、別の者を当てればよかったとも思っているし、全く面倒な絵図を描いた者はどいつだという気分だが、とりあえずゲリエ殿が無事切り抜けることを願っている。どういう仕儀になるか見当もつかないが、これはこの通り済んだことと無事凌いでいただくためにもご油断めさるなよ」

 苦い顔のまま睨むようにグレオスルは言った。

「お殿様。露店を妹達と冷やかしてまいります。女だけで巡ったとして特段咎められるということもない様子なので」

 リザが気取った様子でマジンに言った。

「気をつけてゆけよ」

「アイバ。アイリンとメルブを連れて方々ご案内せよ。アイリン頼んだぞ」

 陣屋についていたアイバと呼ばれた若い騎士が華やかな装いの女と年かさの男性とともにリザたちの案内に付くことになった。

「あのアイリンという女性。相当の方ですか」

「分かるのか」

「わかるというか、動きがただの女官ではないというか」

「槍働きは男の誉れと云っても、女の方が使えることも多いし、女でないと出来ない仕事や、男が入れないところも多い。マリール嬢ちゃんとどっちが強いか知らないが、腕の立つ女はときに騎士以上に重要な戦力になる」

「女性が武芸を披露することもあるのですか」

「邑邦をまたいでということは殆どないな。だが、どこの城でもやってはいる。城の守方は女と鉄砲大砲が多いからな。自然女の鉄砲名人も多いし、大砲方も女官の仕切りが入ることが多い。それに仕掛けに時間が掛けられることで城を基点にした魔術の殆どを女任せにしている家もある。城の価値は戦術戦略とともに歳々削られているのは事実だが、戦力を伏せたままに様々出来る拠点というものは、どう戦うかを差し引けば結局城塞ということになる。男が攻手にかかるなら守手の多くは女が含まれることになる。女の武芸も馬鹿にはできん。

 お前さんの舟を空に足止めした魔法も、そもそも空に小城のようななにやらうろついていることを察したのも、帝国の城塞を吹き飛ばした話と結びつけたのもこちらの城の女官共だ。およそ共和国軍がやっている魔導行軍管制と同じようなものになっているが、こちらのほうが戦区と軍勢が小さく後方が大きいから使い方が少し違うが。……な。外でマリール姫からどういう話を聞いてきたか知らんが、今になってマリール姫が帰ってきて大騒ぎになっている理由がわかるじゃろ」

「彼女に将軍をやらせるとかそう云う意味でしょうか」

「それはない。が、まぁそれより重要なことをやらせようとしている可能性はあるし、そうでなくとも娘がついてくるということであれば二倍お得だ」

「先ほどの女官がおこなったという行軍管制というのはどこでもやっていることなのですか」

「いや。組織だってやっているのはこちらのお城とウチくらいか。コヤツのところも始めたようだが勝手が違ってうまく進んでいない様子だ。他にもお試しでやっているところはあるが、色々あってな」

「オヌシの娘子が傷病兵を家族ごとまとめて二百も連れて帰ってきた時には何事かと思ったが、あれが三十年も掛けて実ったな」

「どちらかと言えば、婿殿の手腕だ。阿呆な嫁の言い分を丸呑みしてくださった婿殿の度量に敬服するのみよ」

「しかし、魔導師としては半端というか石塊と変わらんような連中を使ってみせる共和国軍の手法。騎士の立場を危うくするな」

「騎士の立場なぞ、東部戦線の状況を見れば明日にも消し飛んでおかしくない。だからオヌシもゲリエ殿の無事を望むのだろうが」

 皮肉交じりと云うには韜晦が不足している様子でダビアスが言った。

「それはそうだがそうだとして、この策にオヌシの娘子が絡んでいるとしてどう落とし前を求める」

「落とし前というほどのことを考えていないから今回の騒ぎになったのだろうと考えておる。せいぜいがゲリエ殿が負けたときに様々申し付けるための前段だろう。勝てば勝ったでマリール嬢ちゃんを妾として預ける理由にできるし、負ければまぁ色々難癖をつける手付になる」

「勝ったところがマリール姫と娘をよこせと云ったら」

 一番の懸念をグレオスルが尋ねた。

「それは法に縛られていないということであればマリール姫次第だろう。我等とてそうであるように共和国とは相応に節理を尽くした関係を求めている。これは別段、ゲリエ殿が共和国軍の強力な兵站協力者だからというわけではない。オヌシはどう考えているかは知らないが、ゲリエ殿が倒れることになったとしてマリール姫との娘を取られたとして、共和国との互いの盟を破る理由にはならない。ゲリエ殿のご家中が手前の私兵を繰り出してくることはもちろんありえるが、それこそ共和国に物申すべき事態だ。私人の成行きで国事が振り回されるようではなんのための盟約協定かわからん。中世の暗愚に逆戻りだ」

 ダビアスの誰の味方もしないというような言葉にグレオスルは真意を探すように言葉を途切れさせたダビアスを一呼吸待った。

「空飛ぶ軍船については」

「そういうものでこちらの城のいくつが焼かれたとしてだな、それは一時のことだし先のことだ。それにな、そんな乱暴がまかり通るようなことを許すとしてそれは我らの意気地の問題だ。それこそ武門の名折れだろう。党首が倒れたとして女子供を奪われたとして騒ぎになった等というのは別段珍しいことでもないし、それで戦争に至る争いになることも旧来紐解けばそれはそれは多いわけだが、千人万人殺したとして道理人倫が覆るわけではない。覆るとしてそれは当地の性根の問題だ。別段、ゲリエ殿が一人倒れようが倒れまいが、或いはゲリエ殿が身内になるとしてだな、結局のところいずれ争いは起きる。どういう形になるかはともかくな」

 満腹してしまえばどれもこれも同じと手の中の食べ残しを包んで捨てるようなダビアスの言い分にグレオスルは眉をひそめる。

「それはそうだろうが。すると、ゲリエ殿が決闘までゆかなくても良いということか」

 先ほどのやりとりはなんだったのかとグレオスルは言葉にしなかったが問いかけた。

「行った方が面倒は少ないだろうが、今ここで勝った負けたの想像くらいで大騒ぎをするまでもないということだ。空をとぶ軍船についてもあれほどとは思わなかったが、物見に使っている小さな物は共和国軍がすでに幾らか使っているのは知っている。小さすぎて風に抗うほどの力もない様子だが、ともかく兵を乗せ空を飛ぶ、ということは既におこなわれている。いずれ何かの使い道ができるだろう」

「それでオマエの真意はどこにある」

 ダビアスの言葉にグレオスルは尋ねた。

「とりあえず、ゲリエ殿を衆目に紹介する場を作りたい。というところだ。此度のこと、どうもだまし討のような有様でワシにとっても不本意ではあるが、オヌシも知っての通り、東部戦線の有様を考えれば、程度はともかくゲリエ殿の協力はいずれ必要になる。勝った負けたのこの祭りの騒ぎの後先はともかく、この地で商売を始める上で名を売るのに武芸の心得があることを衆目に晒すのは面倒が少ない。商いに意気地心意気以上に武芸を求めるのはどうかと思うが、筋がないわけでもない。だから実を云えば、オヌシのところのリクレルのような、腕は立つが名が売れておらず勝ちにこだわり見た目派手な芸もないような武芸者との玄人好みの試武を恐れておった。どうせ踏み込み一躍手前の間合いに入るや一閃撃ち掛かり敵の手数を許さず一揉み押しつぶす式の男だろう」

「それが悪いか」

「悪くない。だが、僅かな格の差や隙の差であっという間に勝負が決まる。勝ちも負けもな。アヤツが勝つとしてゲリエ殿の見せ場がないまま負けるのでは良くない。式次によれば三戦目でアヤツと当たるのがゲリエ殿の初戦だ。そう云う意味で先の成行きは全く望んだところの最低限を果たしている。アヤツが果てなくそれこそ億万押し込んだとして、撃ち疲れてようやくゲリエ殿が正面を決めて勝ったとなってもな」

「むう」

「それに式次には載っていないが、ゲリエ殿はマリール姫との挙手空手による決闘を挑んでいる。男から女への決闘なぞ全くに痴話喧嘩か閨房の睦言かのような有様で公に晒すようなものでもないが、別段見咎めるものでもない。だからある意味で勝とうが負けようが収めどころはいくらもある。ただゲリエ殿の名が売れないまま或いは無様のみが晒されるのが一番困る。我等が例え先を見越して事業の協力をゲリエ殿に求めてだな、それで内々の面倒が起きるのは全く面白くない」

「そう云う絵図の策か」

「仕掛けた者の意図はわからん。仮に我がジャジャ馬娘とその孫娘としてな」

「だが、この仕儀から益を得ようと云うにそれほど間違っていないようにも思う。此度の組み合わせ、ルテタブルの結納程度に考えていたが、成行きを知る者にとっては怪し気な気配もあったからな。ないこともないが郷の外の者をわざわざ組み込む理由も怪し気だった。まぁオヌシの家にゲリエ殿が入るということであれば、それはそれで頼もしげではあるが、筋も見えん」

「思惑は様々できるということで油断もならないが、万端口が閉じ行き止まりというわけでもない」

「その言葉に期待するか。此度の共和国の戦争の成行きを見るに帝国も共和国も旧来の戦い方を捨ててきた。特に因縁ある帝国の戦い方は我らにとって最悪の相性だ。唯衆を持って寡を圧するというだけだが、これまでと二桁違うとなればそれが出来るだけでどうにもならない。共和国も土地があったからたまたま堪えられたが、押し返すに旧来の手があったわけではない。ただ魔導行軍管制の強靭さと周到な軍需品倉庫がどうにか無駄にならなかったというにすぎん。こういう騒ぎになる前にゲリエ殿と渡りをつける術が欲しかったが、アミザムのロータル鉄工は軍需は共和国軍だけしか相手にしないし、ローゼンヘン工業も鉄道では玩具の鉄砲のようなものしか売らんし、憲兵隊は面倒くさく嗅ぎまわるしで難渋した」

 地方聯隊の類からの注文を一切拒んだ理由は様々にあって、およそ地方聯隊こそが無法者に武器を流している樋口であるとしてロータル鉄工には地方聯隊への直接の取引は行っていなかった。結果として共和国軍から地方聯隊に回る武器弾薬までは止められなかったが、それはそれで責任の所在が異なる。他にも支払いと納品の信用の問題などもある。

「――まぁ、ともかく成行きには驚いたが、これを奇貨として付き合いの端緒にすればよろしい、ということだな」

「そうするしかあるまい。ゲリエ殿も不本意ではあろうがこういう成行きであれば、商いの引き合いに呼ばれたくらいに構えていただいて、できれば楽しんでいただきたい」

 二人の軍将の言葉は追従と保身の一般論以上の意味はないわけだが、それでも利益を探すとすればそう云うところに落ち着くはずで、他人事としては他になにを言うべきかというところであった。

「マリールの実家ということで何かあるだろうくらいには考えていましたが、これほどの騒ぎになるとは思っていませんでした。しかし、いずれはとも思っておりましたのでこの期に及んでは楽しませていただく他ありますまい」

 そう聞いてグレオスルはようやく安心したような顔になって立ち去った。

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