デュラオス城 大参門馬構
四頭立て馬車五両を連ねてのダビアス家の入城は十六番目。試武の立会に赴く家としては最後になった。城内の椀状の曲輪に囲まれた一角には武家家門の代官屋敷をつらねた広場があり、全く祭りの様相を呈した露店商が市を連ねていた。
万の桁の人をひとつの城門馬揃えに雑然と集めるとなるとかなりの広さそしてかなりの賑わいになる。
あくまでここはデュラオス城の曲輪の最外縁の一角、この城に幾つかある師団規模の兵が閲兵をおこなえる、つまりこの邦のほぼ全力の兵が整然と並べる広さを持った馬出のひとつその最も大きな物だった。
実際の実用としてはどこかの土地から焼きだされた者たちやそういう者たちを支えるための一時留めの野営地で、帝国や共和国との戦争ではかつて幾度か難民で埋め尽くされ代官所を通じて様々な便宜が図られる白砂の場でもあった。
デュラオス城は戦闘正面の城塞というよりは、再編成拠点や流通拠点としての性格の強い構えの城塞で立地上外見上必ずしも戦闘機能を優先してはいない建造物であるが、そうは言っても守りやすい大きさ広さというものと兵の質装備戦術などという兼ね合いがあるはずで、どういう理由であってもデカートの天蓋ほどの広がりを数万という規模の人々で守れるはずはない。その倍から十倍の間の人々が必要になる。
デュラオス城の地積そのものはデカートの天蓋ほどの大きさを持たないとしても、建物の高さや入り組みを考えれば決して侮れるほどに小さくはない。そしてデカートとは異なりその地積の大部分は平野の水利を生かした農地というわけではない。
兵站という言葉が兵粮と流通の掛け算として現れるとして、広大と云って良い共和国と山間の藩王国では一括りに出来ない。
山間の土地であれば多少水が豊かで日照りがあろうと、この城を守るに足るだけの人の生業が支えられるはずはない。
はずはないのだが、それを敢えて必要とする広さや高さ連なりを持っているデュラオス城という軍事建造物集積体を考えると、彼らがどういう心持ちで代を経ていたかの一端なりと想像が及ぶ。
むやみに広大な曲輪の内側の広場が永久的な建物を拒否され、また山間で貴重な平たい土地から人々を閉めだし牧場でも農地でもない用途を定めるという意図は、人なり物なりを集めることを前提にしている意外に考えにくく、そのようなものが突然に城の中にあるということは、これだけの人々を一時に扱う必要があるということだった。
もちろん郭の内であるから敵を引き込むことも覚悟のうちではあるはずだが、そのような事態になればここに集う行き場のないうろたえるばかりの者たちを諸共に轢き殺して敵と戦う、最後の一片の砂子の選り別けの場だった。
事実上の最終防衛線後方の最終拠点、戦線と兵站の連絡が一本化なった後を前提にした謂わばかつての絶望の産物としてデュラオス城は様々な遺構とむやみに大雑把なそしてあちこちに精緻な仕掛けを備えていた。
それは数千年に及ぶ歴史のうちに幾度か不要になり再びまたやはり必要になり、という溜息と嘆息が固まり、しかし歳月に負け形を維持することはなく残された生きた遺跡である。
有事においては、それぞれ郭には相応の人々が必要に応じ整然と或いは雑然と隊伍を組んで往来するはずだが、今この場に見える風景は謁見の間で口上の使者を迎えたときのような武張った秩序整然としたものではなく、全く気ままな人々の興味をそそるままの雑然とした混沌とした往来であった。
曲輪の内側に奇妙に広々と整えられた土地のあちこちにはかつては機能していただろう、或いは今も機能するのかもしれない井戸や水道のようなものがあり、実際に噴水や小さな流れになっていて、埋められたのか蓋がされているのか地下に何やら暗渠なりがありそうな溝からの引き込みの仕掛けがある。人の集まるところならばと探してみれば、厠で用を足したと思しき者が出入りしている小さな小屋というか覆いのようなものが溝をまたぐように立っていて、確かめるまでもなく流れ残なった汚穢がいくらか溜まっている。
整理されたというほどではないが、見かけほどには雑然としていない屋台の並び方は、相応に地下のなにやらを意識したかのように区画割りされていて、雑然と混沌としているものの往来の流れは妨げられることはない。
その混沌は役目に追われた者たちの動きではなく、誰もがおよそ役目を持たないことでフワフワと場の流れに流される春の野の風の綿毛のような有様であった。
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