ダビアス城 前庭謁見の間
使者というものは、当然に口上を通達するのみで非常に一方的なものになるわけだが、それにしても見事に一方的な内容で、決闘の申し入れという門前の物々しい響きとともに現れた使者の気迫に流石に騎士総長の立場といえ、瞬間身じろぎをして礼節に乗っ取り間を開けて使者に三度言葉を繰り返させた。
「マリールミラォスデゥラォンアシュレイを立会人にバリステラスラハルルテタブルがゲリエマキシマジンに決闘を申し込む。応じぬ場合、バリステラスラハルルテタブルとマリールミラォスデゥラォンアシュレイとの結婚を執り行う。またアーシュラエラゲリエアシュレイの親権に従ってゲリエ卿とアーシュラの接触の一切を拒絶する。またゲリエ卿のデゥラォン郷への立ち入りを禁ず。藩王国領内におけるローゼンヘン工業の一切の商業活動を禁ず」
使者は堂々とした体格の威丈夫で、こちらの土地の男性らしいと言える巻き上がり肩幅まで広がった兜の鍬形のような角先といい、その重たげな徴を支える首から肩のなだらかな太さといい、殴られたら痛そうな石割の玄能のような腕といい、こういう武夫が一万だかそこら山中に潜んでいるなら、如何な帝国軍でも易々と好きには出来まいという風情の人物らしく、太く豊かな声量は轟々としかし明瞭な言葉を告げた。
「ご返答や如何に」
伝令の言葉に身なりを整えた騎士総長ダビアスは礼則に従った身振りで発言の割り込みを示した。
「ゲリエ卿、当地の風習に縁なき卿に述べるなら、期日がないところを見ると卿が留保して立ち去るという返答もこの場合はある様子だ。一般的には返答は日没までまたは日の出までということになっている。それをすぎれば里の者は家に泊めることが許されん。返答の期限は日没までということで宜しいな、使者殿」
「如何にも」
使者が短く答えた。
「返答を留保した場合には如何様に」
一応留保という選択肢があることにマジンは城の主に尋ねた。
「次に卿がこの地に立ち入った時は自動的に決闘を受けるということになる。大方の場合は郷の者は軍勢として迎え撃つ準備をして出迎える。戦か決闘かということだな。当地での兵事とあれば当然余の預かるところの任になる」
ダビアスは念を押すように手の内の赤と緑の玻璃の張られた騎士総長の軍配を示した。
鋼張りの小手の中で軍配がかすれた鉦の音を静かに立てる。
「なかなか優雅だが物々しい。決闘の方法は聞いたとて留保は出来るのだろうか」
「木簡にて互いに望みの得物を書き、それを投げて選ぶ」
「得物がわからないのでは受けたとしてボクの苦労が増えるだけの気がする。……使者殿が立会人に伝言をお伝えいただくことを条件に受けよう」
「伝言承ろう」
マジンが細かいところを気にせず受けたのを使者が頷いた。
「ゲリエマキシマジンがマリールミラォスデゥラォンアシュレイに決闘を申し込む。挙手空手にて十番勝負。立会人はそちらにお任せする。こちらが賭け求めるものは特にない。ただ覚悟のみ望む」
「ゲリエマキシマジンがマリールミラォスデゥラォンアシュレイに決闘を申し込む。挙手空手にて十番勝負。立会人はそちらにお任せする。こちらが賭け求めるものは特にない。ただ覚悟のみ望む。……確かに伝言承った。そちらはマリール姫殿下、こちらはゲリエ卿でよろしいな」
使者は全く静かに復唱を返したが、内容に謁見の間にいた者たちが息をついたのがわかる。
「その通りに」
「しかと」
使者はこういうこともあるという程度に全く落ち着いた様子で伝令の御役目の場を下がった。
控えの間を経由して廊下を進むとダビアス老が窓の外を眺めて使者の背を見送っていた。
「だいぶ腹を立てているようじゃの」
「嵌められた、とは感じていますが、マリールであればやるかな、とも。つまりはアレはボクと使者殿との結婚を両天秤にかけたという意味ですね。当然に彼女はデカートでのボクの立場も理解している」
「それであの伝言か。ヌシも相当碌でなしよな」
ダビアス老は責めるでもなく笑った。
「マリールも喜々としてかかって来ると思いますが」
「まぁそうじゃろう。ウチとアチラのそう云うところを煮詰めたような娘じゃ。聞けばそこそこに軍才もあるという。全く女でなければと思う」
「それで共和国軍にということですか」
多少気になっていたことをマジンは訊ねてみた。
「半分はそう云うところだ。邦では腕がたっても女は騎士にはなれん。軍場に立つ女が過去にいなかったわけではないが、それはあくまで家の男の穴埋め代役であって、身分ある女が軍場に立つことは嫌われておった。兵糧矢玉の仕込みや馬具武具の手入れとか傷病弔いの世話とか工事の差配手当等、実のところ女の戦仕事はいくらでもあるわけで、軍場にあって女が忙しくしていないわけはないが、槍鉾を持って矢面に立たれると男仕事を奪うなということになる。といって、子供に最初に武芸を仕込むのも女の仕事だったりするので、並の男より腕の立つ女も多い。役目柄口には出せんが、わしより武芸達者なオナゴは十人では足りん。面倒くさい土地の因習と思ってくれて構わんよ。共和国と盟を結んだあと、ワシラが一族絶滅を気にしなくなった割合と最近の風習だというのも忘れている者も多いが事実だ」
使者の姿が見えなくなったのを見送って、ダビアス老は皮肉げに笑っていた。
「聞いていた話ではマリールの父上は穏やかな方ということでしたが」
「性根は今も穏やかさね。ただ御役目の求めはそうはゆかぬものじゃから、天然と違って折り合いがつかぬ。そして全く難儀なことに得難く強く賢い御仁である上に公明と慈愛を尊ぶ天秤を得た宰領だからな。いささか気の毒ではあっても揺らいでもらっては困る。それに驚きもしたが、マリール嬢ちゃんが言い出したことだろうというのは有り得る話ではある。ワシラの一族の女どもの面倒くさい性を思えば、オヌシがそこそこ以上に腕の立つ賞金稼ぎというのはわかる。マリール嬢ちゃんを孕ませたというなら尚更よな。自分の男を見せびらかしたかったんじゃろ」
「面倒な性根ですな」
「それは仕方がない。それで尚子供が出来たというなら、そこはますます諦めるしかない。まぁ冗談でないと逃げるのも判断だが、そうする気もないのだろ」
ダビアス老の言葉にマジンは頷いた。
「アーシュラがなんというか考えれば、子供に顔向け出来ない親というモノにはなりたくないですな」
マジンの言葉にダビアス老も頷いて応えた。
「我が婿殿も似たようなことを考えたのだろう。身を削って子供を生んだ女が気楽というわけもなかろうが、男親というものもなかなかに面倒くさいものだよ」
「気楽そうにしているバカを殴りたいと考えるのはみっともない事だったでしょうか」
先達の言葉を求めるようにマジンは尋ねた。
「その程度でバカの性根が治るとも思えんが、それでも殴りたい気分はわかる。孫娘のことだから手加減はして欲しいと思うが、殺すつもりもないのだろう」
「アーシュラの母親ですから」
短いマジンの言葉にダビアス老は頷いた。
「片端になったらなったでうるさかろうから、殺すのでなければ半年ばかりおとなしくさせるくらいが関の山だろうが、夫婦の痴話喧嘩は適当に収めておくのが良いだろうな」
「むこうの申し出の決闘の内容がわかりませんが、そちら次第でしょうね」
ダビアス老はマジンを城の一室に誘った。
夫人方のいる閨房とは別の郭で南向きではあったが森の一角をそのまま郭で囲ったような棟になっている。
城の中ではあまり戦闘向きでない作りになっていて、建物の印象も大きく違う。
郭に囲まれた森はひどく丁寧に手入れをされた雰囲気で落ち葉や枯れ落ちた枝の見苦しさが棟からは見えない。つまりは相当に手を入れられた木々である。郭の中の森のせいで棟の作りがわかりにくい。登ったりおりたりということを繰り返している印象ばかりがあって、それほど広くない建物であるはずなのだが、わかりにくい道順でさっき登った階段を降りたりしている。
そして広くはないが、明るく森の木立が見える一室にたどり着いた。
「ここはどういう場所ですか」
「まぁ、客分の保護や軟禁に使う区画だな。別段お前さんをどうしたいどうしようと云うこともないのだが、決闘騒ぎと相成ったからには屋上やら書庫やらをウロウロされるのも困る。人目があるところで騒ぎになるのもひと目がないところで何かされていると疑われるのも我らの本意ではないのでな。むこうから迎えが来るまでの逗留だ。オヌシの日課には様々足りないとは思うが、居心地は悪くないはずだ」
老人は全く軽いことのように明かした。
「妻たちには会えますか」
「呼んで会うのは自由だが、客分の関係者は一回入れば出られない。そうなっている」
「それは魔法の仕掛けか何かですか」
「もちろんそういうものもある。そうでないものもある。まぁ我が家の立場を慮ってくれるなら、試さないでくれると助かる。というところか」
秘密でもなんでもないことを藁草のようにバサリと積んでダビアス老は自分の立場を説明した。
「軟禁はどのくらい続くものですか」
「まぁ今頃アチラで決闘の道具立てを揃えているとして、普通は明日の昼前の食事のころには使者が来て、作法通りなら明後日中天正午に日が昇るまでに案内が進むだろう。天気次第というところはあるが、まぁそのくらいの場所に場を設えるくらいの様々はいくつかあるから、どこを選ぶかはわからん。だが、そう云う運びのはずだ。寝て起きたら使者が来るというくらいに構えていれば間違いはない。……何か決闘に際して準備はあるかね」
決闘の内容も明かされていないも同然で手の打ちようがあるとも思えない。
「食事に肉とチーズを多めにしてくださると助かります。こちらの食事はひどく消化がよろしすぎるので身体には良いのでしょうが、明日は長丁場になると思いますので、少し太れる腹持ちの良い物をお願いします」
「そうしよう。この時期だと肉は冬の残りの乾物燻製塩漬けしかなくてな。どちらも量があるというわけでないし、家畜が子離れしていないこの時期に日頃盛大に振る舞うというわけにもゆかんが、客人の決闘ということで口実があれば皆も喜ぶ。家畜を捌くのも今からなら間に合うだろう」
多くの兵を抱えた城主である老人はひどく明るく言った。
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