ショアトア・マルモッサ

 ショアトア・マルモッサは騎士階級の娘六女として生まれたが家の仕置きのなりゆきが様々流れて、五年前に千人の女たちとともにさらわれてきてローゼンヘン館でゴルデベルグ准将のあるいはローゼンヘン館の姉妹として子供を産んだ。マジンの胤というわけではないが、攫ってきた手前、まとめて認知されている。幾人かいる最年少組の一人だが、おそらくそのなかでも無理矢理のように従軍するために年齢を偽って若い。

 ようやく自称十五才になったが、幼い体で出産などという無理をしたせいか、いまだに体が細く小さい。しかし帝国の騎士階級出身者の多くがそうであるように、目が利き頭の周りが速く折り目正しい動きに切れがある。

 共和国語は帝国語の西部方言の亜種とされることが多く、単語化した膠着した定型的な表現などは独自に発展しているが、さらわれてきた姉妹たちのうちで最も早く慣れたうちのひとりだった。


 ショアトアがマリールの実家への空の旅に同行したのは、とくに意味があるわけではない。

 ゴルデベルグ准将の従兵ということで兵長としての身分はあったものの、部隊配属ではなかったので装甲歩兵旅団に彼女の配置がなかったためでもあった。というのが、説明としては分かりやすいのだろうが、一旦ローゼンヘン館に戻ってきて、軍靴軍装を解いていては従兵勤めもないものだから、なんとなくというしかない。

 そもそも彼女はまともな意味での徴兵基準を満たしておらず、一般部隊に転属したとして身体検査を受けた途端に身長が足りないことが発覚すれば傷病扱いで弾きだされかねず、それも気の毒と思った旅団幹部の計らいで従兵の配置のまま離隊することになり、准将の大元帥府参事拝命に併せ、大元帥府の生温い温情配置によって准将預かり従兵配置を申し付けられて旅団に帰ることはできなくなっていた。

 自分は色々できることを実績として示していたと自認しているショアトアは色々唸ったり地団駄を踏んだりしていたわけだが、共和国軍はそんな程度で横車が押せるような組織ではなく、家に帰ってきたのになんだか上手く腰の落ち着けどころを見つけられないショアトアを眺めてゴルデベルグ准将がつまりはリザが年度明けまで気が変わらないなら軍学校の士官過程に教官配置でねじ込んでやると告げた事で落ち着いた。

 ショアトアを特務少尉として任官配置して軍学校の教官室に突っ込むことくらいは、准将としての身分を得たリザには容易いことだったし、軍学校の教官職は実戦経験のある若い士官下士官を常に求めてもいた。

 ショアトアの全く勝気な譲らなさは教官として衝突が多いのは間違いないが、当然に必要なところでもあって、軍組織の拡張方針を考えても自動車化部隊にいた実際を知るという人材が軍学校に配置されることは当面殆どないはずだったから、部隊長幕僚経験者でなくとも軍学校が喜んで教官の席を与えるだろうというリザの言葉は別段口からの出任せではなかった。

 ゴルデベルグ准将には今後必要とされるだろう軍政上の技術的な改革の研究を指導してもらっては如何かというような意見も参事として大元帥府に席を置くことになったことで軍政本部や参謀本部からは出ていて、それは当然に今日明日というものでもなかったが、ある意味で当然と誰もが考えている共和国軍の改革の中での自然な成行きの一つと考えられてもいた。

 他にもゴルデベルグ准将を名誉旅団長としてデカート駐留聯隊を預けては如何、というような政治的機運もあって、それはそれで一つであったが、ともかくもリザが共和国軍内で宙ぶらりんな扱いになったことで、ショアトアも全く宙ぶらりんの扱いになっていた。

 二三年のうちに身長が伸びれば、旅団で下士官の配置を探してやろう、と現場士官が考えるくらいにはショアトアの働きは優れていたし、そうはあっても便利使いの配置に置くには言い訳が面倒くさすぎるほどに彼女の体格は細く小さかったので、ゴルデベルグ准将預かりというところは旅団主計幹部の総意でもあった。

 それなら会社でも村でも屋敷でも色々やれることやるべきことは多いのだが、ショアトアの気分や周りの雰囲気には噛み合わなかった。

 理不尽な命令以外で自分と周囲の折り合いを自ら見つけるには彼女は幼すぎた、というものが分かりやすい説明だろうか。

 ショアトアとしてはいきなり戦争からはじき出された気分で困った挙句にリザにくっついて、アシュレイ家デゥラォッヘ族の地所に向う旅についたのは、戦争から帰ってくると他の姉妹たちが何やら忙しげにしていて突然仕事がなくなった形のショアトアは宙ぶらりんに仕事がなくなった気分だったからだった。

 ローゼンヘン館は幾人かの傷病兵となった装甲歩兵旅団の将兵として従軍した者たちが一足先に帰ってきていて、相応に明るい雰囲気を作っていたのだが、ショアトアの今の気分にそぐう場所ではなかった。

 ゴルデベルグ准将閣下は館に帰ってくるなりネコかヘビかというような状態でだらしなくしていたし、縄張りを示すように見せつけていた。

 ローゼンヘン館の人々がきっちりと仕事の割当があるわけではなく、ライアとアミラが館の内々のことを切り盛りして、セントーラが会社のことを差配して、男たちは旦那に頼まれていることを始末する、という以外には特段に仕事の日課や進捗を気にする必要もないのだが、要するにそういう紐の抜けたような感じに若く生真面目なショアトアは耐えられなくなっていた。

 戦争も下火になるだろう中で現役配置を辞する前に、味方を文字通り墓穴から掘り起こし眼前に迫り来る十万の帝国軍を阻止する指揮をとったことで気分良く満足したマリールは軍隊よりも会社のほうがきっと楽しいですよ、等とショアトアに忠告をしてもいた。

 マリール自身は共和国軍の軍歴は楽しむだけ楽しんだし、もう結構、という気分でいたわけだが、彼女の思惑や気分はさておいて、連絡参謀として部隊配置は解かれたものの魔導士官としてのアシュレイ少佐は共和国軍内においては秘密兵器も同然の重要人物であることは否定出来ない。

 公式には共和国軍の命令系統に魔導士官が正規の権限関与することはないとされていたが、かつてそういった宣言がなされる以前にはしばしばあったことだったし、中隊大隊という戦闘単位の危機において、兵科を問わず士官というものが存命健在というだけで権利としてではなく下士官兵より生きのびるための方便として指揮を求められる事は必然でもあった。

 一方で魔導士官が正規の軍令経路から切り離される経緯になった理由は、魔導師の魔術が時に戦況を一転させる大威力の兵器であり、またそれをなした魔導師がおよそまともな指揮を取れる状態ではなくなるという文字通りの使い捨ての必殺兵器という面が知られているからでもある。

 作戦戦況を優先した場合に配下部隊は統率を失い、配下統率を維持した場合作戦は破綻する、という二律背反を指揮官に背負わせる危険を嫌った、という理解が一般的である。

 だがもちろん一般則には例外もある。

 アシュレイ少佐の実績は戦場に在っての根源的な士官の資質のほとんどすべてを二度の大作戦で示していたから、軍令や各種規則といった建前がどうあれ、共和国軍が逓信院が彼女を黙って手放すわけはなかった。

 魔導士官の消耗は使えば磨り減るという以上の把握は逓信院では出来ていなかったし、そういう中で大きな作戦を終えた連絡参謀は部隊の展開が終われば、部隊から切り離された形で長期の休養が与えられるのは当然とも考えられていた。それが贅沢とか怠慢と考えるには魔道士はあまりに貴重な重要兵器であった。

 アシュレイ少佐は心身共に健康であることを当人も含め誰もが認めていたが、こと魔道の根源たる魔力の実存については当の本人さえも確実なことが言えないような性質のものであったから、客観とか主観とかそういう感覚さえも怪しいモノにふさわしく、前例に倣った規則で配置解除と休養が認められた。

 マリールは戦争の終決を予感したことと部隊を指揮して赫々たる大戦果を非公式に上げたことで満足したまま待役手続きをとっていたが、実戦を経た魔導士官が消耗したときに見られる達成感満足感虚脱感や欝症状と看做され、逓信院では休養配置ということになった。

 幾度かの逓信院との健康診断で三ヶ月ばかりのまとまった休みとその後の無任所を手に入れたマリールが実家に赴くことを提案したのは特段に深い意味があったわけではないが、なんとなくの気分としてシャオトアの気分に合致していたから、シャオトアは奇妙に毅然とした態度でマリールの里帰りに同行することを主張した。

 素直に学志館に押し込まれていれば今頃ロゼッタを助けてやれたものを等とマジンは思わないでもないわけだが、反対する材料というわけではなく、ともかくぼんやりと手の空いてしまったショアトアはリザにくっついてローゼンヘン館の姉妹たちの末の妹として空の旅に同行することになった。

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