王座探偵・霞寺仄
@masudo_yuu_kiji
第1話 王座探偵と爆破予告(前)
「なあお前、そんなところで何してるんだ?」
そう問われて、近江朝陽(おうみ あさひ)は困ってしまった。落ち葉が滞留してぬかるんだ噴水に手を突っ込みながら。同時に困ったのは、声をかけてきたその男の様相だった。何回もブリーチをしたような派手な金髪で、しかもやけに顔が整っている。モデルか何かと言われても納得するような、端正な顔立ちだ。ネコ科じみたつり目と八重歯が少しやんちゃな雰囲気を出しているが、それも魅力的に見える。
男は足が悪いのだろうか、車椅子に乗っているのだが……それより何より異様なのは、その頭に王冠が被せられていることだった。王冠? 何故?
人生経験の浅い高校生一年生である近江は困惑した。頭に王冠を乗せた車椅子の男と、噴水に肘まで手を突っ込んでいる自分。傍から見れば異様な光景であった。とりあえず質問に答えようと、近江は水から手を引き抜き、噴水の底を指さして見せる。
「これを拾おうと思っていた」
噴水の底にあったのは、金色の太い指輪だった。男もそれを見て、納得したように頷く。
「誰かが落としたんだろ。お前がそこまでして拾ってやる義務ないと思うけどなー。お前、もしかしてお人好し?」
「よく言われる」
「ふうん。まあ、風邪引かない程度にしろよ」
そう言って、男は去っていった。これが、近江朝陽と『王様』の出会いである。さて、今思うと微かに疑問なことがある。男はなぜ、指輪を「誰かが落とした」と判断したのだろう? 近江が自分で落とした指輪を自分で拾おうとしていたとしても、状況的におかしくはないのに。
かくて、指輪は無事に拾え、交番にも届けることができた。だが、そのせいで学校に遅刻してしまった。しかも情けないことに、近江は今日から私立霞寺(かすみでら)学園の転校生なのだ。転校初日から遅刻とは情けないことこの上ない。遅刻しながらもなんとか午前の授業をこなし、模範的な転校生をやれたと思う。遅刻以外は。
さて、この私立霞寺学園は全寮制である。一年生の近江にも自室が用意されているはずだったのだが、昼休みに職員室に向かうと、担任が渋い顔で衝撃的な事実を伝えてきた。
「申し訳ないんだけどね、寮は今立ち入り禁止なんだ」
「は? ……え、そんなことあっていいんですか」
「よくないんだけどね。うちの寮に爆破予告がされているんだ」
「爆破予告」
物騒な単語である。爆破予告ってもっとこう、市役所とかイベント会場にされるものなんじゃないのか。学校の寮に爆破予告をして、犯人は何の得をするんだろうか。
「だから生徒たちには学園が用意したホテルに泊まってもらっているんだけどね……近江くん、君だけ特別な事情があって……僕もおすすめはしたくないんだけど……」
担任はこれ以上ないくらいの渋面をしている。どんな事情があるのだろうか。まさか急な転校で部屋が用意できないから野宿しろとか言われるんじゃあるまいな。それだったら教室に泊まらせてもらった方がまだましだ。保健室とか、泊まれそうではある。
「俺の部屋に泊まるんだよ!」
王冠を被った派手な金髪が、横からにゅっと顔を出してきた。車椅子をキコキコと鳴らして。
「……お前、あの時の」
そこで大袈裟なリアクションが出来なかったのは、近江の性格だろう。元より、感情が乏しいと言われがちなのだ。内心はとても驚いているし、怒る時は怒る性質なのだが。
教師と近江の間に割り込んできたのは、朝方に噴水で出会った車椅子の男だった。随分着崩しているが、確かにこの学園の制服を着ている。なるほど、この学園の生徒だったわけか。とはいえ、彼の部屋に泊まるとはどういうことなのだろう?
「ここで話すのもなんだしさ、食堂行こうぜ。あそこなら騒がしくしても何も言われねえし」
近江が返す暇もなく、車椅子の男は車椅子を漕いで職員室を出ていってしまう。担任の方を見ると諦めたような顔をしていたので、近江も諦めて彼について行くことにした。
「やーまさか、あの指輪を警察に届けるなんてなあ。このご時世に、大した善人がいたもんだよ」
学食でパフェとサンドイッチを注文して、男はけらけら笑う。……近江が指輪を警察に届けたことを知っている? 何故かと男を注視して見ると、その右手には朝方の指輪が嵌っていた。太めの金の指輪は、磨き直されたのだろうか、ぴかぴかと光っている。
「その指輪、お前のだったのか」
「そ。普通さ、盗まれるかそのまま放置されるのがオチじゃね? まさか律儀に警察に届くとはね」
男はげらげらと笑って、偉そうに頬杖をつく。王冠はまだ頭の上に乗ったままだった。王冠も、改造した制服も確実に校則違反だろうが、校則はどうなっているんだろう。
「で、そろそろ自己紹介しとくけど……俺は霞寺仄(かすみでら ほのか)。この学園の王様」
霞寺。……この学園は私立霞寺学園。同じ名前だ。
「苗字でわかる通り、俺はこの学園の理事長の息子なんだよ。だから俺はここを統べる義務があるってわけ」
「だから王様か」
「そ。俺は王様で、この車椅子は玉座。足が悪いのは本当だけどな」
どうやら、本当に変人らしい。しかし霞に仄とは、この男に似つかわしくない名前だ。こんな触れれば消えてしまいそうな名前、存在感増し増しの男につける名前ではないだろう。
近江としては仄の素性より、自分が彼と一緒に住むことになりそうなことが気にかかっていた。頼むから勘弁して欲しい。仄は確実に厄介者だろう。転校でドタバタしているというのに、わざわざ厄介者と同居する趣味はなかった。保健室にでも泊まった方がまだマシだ。
「で、なんで俺はお前と一緒に住むんだ。話が見えてこないんだが」
「んー? お前のことが気になったからだよ。他に理由とか必要か?」
「必要だろうどう考えても……!」
「なんだよお前、全てのことには理由が必要だと思ってるタイプか? 俺より探偵向いてるんじゃねえの?」
「探偵?」
いきなり出てきたワードに首を傾げる。まさかこいつホームズに憧れているタイプか。厄介すぎる。関わり合いになりたくない。近江は困っている人を助けずにはいられない性質だが、厄介な相手に関してはスルーしておきたいタイプなのだ。
「そうだよ。俺は王様で探偵。王座探偵、霞寺仄ってな」
「肩書きが混乱しすぎていないか。なんで探偵なんだ」
「へ? いやだってかっこいいだろ探偵。一度は憧れねえ?」
もう聞くだけ無駄だと判断し、とりあえず今のところ一番重要そうな案件に触れることにした。
「で、なんで俺はお前の部屋に泊まれるんだ。爆破予告が出ているんじゃないのか」
「ああ、俺の部屋は寮にはないんだよ。理事長室だからな」
「理事長室?」
「そ。俺、こんなんでも理事長代理だからな。忙しいお父様の代わりに住み込みで理事長やってるってわけよ」
高校生に理事長代理をやらせるな。どんな高校なんだここは。転校したことを後悔してきた。
「……正直、お前と一緒に住みたくはない。他の生徒のように、ホテルじゃ駄目なのか」
「駄目。俺がつまらない」
「……どうしてそこまで俺に執着するんだ……指輪を拾って届けたくらいの縁しかないだろう」
「それだよ」
仄がにやりと笑う。チェシャ猫のような、嫌味ったらしい笑みだった。思わずぞっとする。顔が整っているから、そういう顔をすると恐ろしく見える。
「俺はさ、人間の善性に興味があるんだよ。だから、指輪をわざと噴水に落として、見つけたやつが指輪を盗まないか試した。……そしたらお前は盗むどころか警察に届けるときた! 驚愕したね、これが奉仕の精神、無償の愛かと思ったよ」
近江が口を挟む間もなく、仄は続ける。
「無償の愛なんて、おとぎ話の中にしか存在しないだろ? そしたらおとぎ話みたいな男が現れたんだ、興味も持つさ」
「……俺はそうは思わないが」
「あ?」
「無償の愛は、あると思って生きている。少なくとも俺は」
仄は目をぱちくりとさせて、お前捨てられた子猫拾うタイプだろ、と笑った。笑うたびに、頭の上の王冠がゆらゆら揺れる。ヘアピンか何かで固定しているのだろうか。しかし、何がおかしくて笑っているのかはよく分からない。
「探偵を名乗るなら、爆破予告についても何か知ってるのか。早く解決したほうがいいんじゃないか」
「まあそう焦るなって。説明してやるからさ」
仄の説明曰く、爆破予告は職員室のパソコンにメールで届いたらしい。『この学園の寮の部屋ののどこかを爆破する』とだけ。そして、これは初耳だったのだが、爆破予告が届いたタイミングで行方不明になっている生徒がいるらしい。行方不明といっても忽然と消えたわけではなく、部屋の机の上には『探さないでください。償いの旅に出ます』と書き置きが残されていたそうな。ほぼ部外者である自分に話してもいいのかと思うくらい、仄は事細かく事件の内容を教えてくれた。だが、犯人を特定できそうな情報は特にない。強いて言うなら行方不明になった男子生徒は怪しいが、彼は巻き込まれただけかもしれず、決め手にはなり得ない。
「……これ、警察には」
「連絡してない。親父がしたがらないんだよ。俺がいるからなんとかなるだろ、の一点張りでさあ。仄ちゃんが優秀な名探偵だからって気ぃ抜きすぎだよな。普段は探偵ごっこはやめろってうるさいくせに」
その瞬間、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「おーし近江、放課後、教室まで迎えに来てやっから。大人しく待ってろよ。野宿する羽目になるのは嫌だろ?」
どうやら、この男と同居することを拒んだら野宿する羽目になるらしい。今は九月で過ごしやすい季節だが、流石に野宿は嫌だった。観念するしかないだろう。
仄と別れて教室まで歩いていると、同じクラスの生徒に話しかけられた。確か、名前は飯田だ。
「なあ、お前さっき霞寺さんと話してたろ? どういう関係なんだよ、あの人と関わるとろくな事ないって話だぞ」
「ああ……まあそうだろうな……」
生気のない顔で返す近江に、飯田は気の毒そうな顔をしている。仄と関わりあいになるとろくな事がない、というのは生徒間での共通認識らしい。仄に気に入られたこと、同居することになったことを話すと、飯田はこれ以上ないくらい気の毒そうな顔になった。人間どうしたらそんなに気の毒そうな顔ができるんだというくらいに。
「気に入られたんだな……お気の毒に……でもあの人、探偵としての腕前はプロ級だからさ! きっと爆破予告もすぐ解決してくれて、お前も寮に住めるって。行方不明の生徒もついでに見つけてくれるんじゃねえの?」
「そんなにすごいのか、あの人。何年生なんだ? 俺たちと同じ一年には見えないが」
「あー、めちゃくちゃ留年してるって聞いたな。授業もほとんど出てないらしい。煙草吸ってるの見たやつがいるらしいから、ギリ成人くらいなんじゃないのか?」
流石に絶句した。そんなに留年していいものなのだろうか。基本的に無遅刻無欠席を貫いていたい近江としては、そんな不真面目な態度は考えられない話だ。同居が始まったら引っ張ってでも授業に連れていこう、と決意する。
「しかし、物騒な事件だよなあ。ロッカーの中に爆弾が仕掛けてあるんだろ? もし知らずに開けてたらドカン! なんて、怖すぎるよな」
「ロッカー?」
仄からは聞かなかった話だ。仄からは、「寮のどこかに爆弾が仕掛けてある」としか聞かなかった。
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