幼獣の挽歌(仮題)

卯月二一

第1話 真っ赤な空

 丘の上から見える空は、夜なのに一面真っ赤に染まっていた。祖父が俺の肩に手を乗せて呟く。


「もう耐えられなかったようだ。人はある程度まで我慢できるもんじゃが、これも仕方のないことかの」


「爺ちゃん、戦争なの?」


 祖父はまっすぐ、火に包まれる市街地を見つめながら静かに答える。


「まあ、似たようなものじゃの。これは同じ国民同士の戦い、内戦といったらいいかの。共和国の支配体制は厳しかったから、みんな嫌だと拳を振り上げたんじゃよ」


 俺は街から離れたこの山の上で祖父と静かに暮らしている。この十四になるまで、退役軍人である祖父からいろんなことを学んだが、その中にはこの国の歴史も含まれてはいた。しかしあまり興味を持てなかったのでその知識は断片的だ。かつてはこの島国は世界でも有数の先進国だったが、海を挟んだ大国による侵攻を受け敗北。国家の形は維持してはいたが、傀儡の政府を作られてほぼ植民地といってもよい状況だった。国の運営を行う貴族階級以外は三等国民とされ、皆日々困窮した生活を余儀なくされているということは知っている。


「でも、戦車やミサイルを持ってる軍隊相手に無茶だよ……」


「そうじゃな……。だが、武器は連中も持っておるぞ。レジスタンスがきっとかき集めたんじゃろうな、でなければあそこまで激しくは戦えておらんからの。国の内部も腐っておるらしいから、武器の横流しもあったんじゃろ。人の欲や醜さもこの内戦を後押しするのじゃろうな」


 祖父の口調からはなんの感情も読み取れなかった。


「あそこに暮らしている人たち、大丈夫かな……」


「リクトは優しいんじゃの。あの街に住んでいるのは、儂らを追い出した心の狭い連中なのにのお」


「だってさ……」


 これ以上は祖父の機嫌が悪くなると思った俺は口をつぐむ。俺と祖父はとある理由で四年前に街を追われた。コミュニティから外された人間は最低限ではあるが国からの援助を受けられなくなる。祖父のサバイバル術のお陰で俺は運良く自給自足ができている。脚の悪い祖父の代わりに実践するのは主に俺ではあるがいまのところ問題はない。この知識や行動力を持たない人間には絶望的な環境らしい。そんな逞しく生きている俺達は、三等国民ですらなくもはや国民の頭数にすら入ってもいないのだけど。


「さて、夕食にしようかの。ここまでは戦火も及ぶまいて」


 そう言うと祖父は杖をつきながら悪い右脚を引き摺って小屋へと帰っていく。俺はもう一度燃える街の様子を複雑な気持ちで見たあと祖父を追って走り出す。



 食事を終え後片付けを終えた俺は、祖父がもう眠ってしまったのを確認すると自室へ入る。ベッドの下から大切にしているラジオを引っ張り出す。街のゴミ捨て場で拾った手回し式の充電ラジオである。国の統制で個人の放送行為は厳しく取り締まられているはずなのだが、ラジオなんてものを誰も聴かないのか、どこかの放送局から流れてくる電波を毎晩俺はひろっていた。毛布を被ってその中で電源をつける。ダイヤルを回して放送を探す。見つけた! 何かの曲が終わったところのようだった。


『Hey、みんなご機嫌かーい! この放送を聴いてるアンタは砲弾の飛び交う中、運良く生きてたHappyなリスナーだってことだ。神サマにでも感謝するんだな。でも俺はそんなの信じてないけどな!』


 いつもの陽気な声だった。何分か前後するがこの時間に彼、ヒロっちの放送が始まる。たいてい日常生活の中の出来事や気づきについて語っているのだが、反体制的で三等国民の気持ちに寄り添ったものだった。それに現在、禁止されている大戦前の国内外の楽曲が流れてくるのも俺にとっては魅力的だった。このDJヒロっちが何者なのかは大いに謎なのだが、一般人じゃないことだけは明らかだった。


 彼によると今日の夕方4時、同時多発的に国内の各主要都市で蜂起が起こったらしい。すべてはレジスタンスが計画していたことで、民衆への協力を呼びかけていた。かなりの数の死傷者が双方に出たようだが、戦闘員よりも民間人の犠牲者が多く出たことに彼は憤っていた。国は住民の避難指示も救急活動も行わなかったのだと非難していた。ヒロっちは国への文句をさんざん語ったあと、いつもの締めの曲紹介に入る。


『こんな状況で、俺もいつまでこの放送を続けられっかわかんねえが、真の自由を勝ち取るその日まで、みんな生き残ろうぜ! じゃあ、今日はこれだな。まだ自由の国なんて呼ばれてたアメリカが存在していた時代の曲だ。Green DayでMinority』


 外国の言葉の意味は分からなかったが、俺は陽気な感じのサウンドに心躍った。たぶんギターという楽器の音なのだろうけど、実際に実物を見たことはもちろん無かった。曲が終わると同時に放送も途切れる。俺はいつものように他に放送がないか探すが見つからなかった。やはり個人ではできないものなのだろうか。俺の推測ではこのヒロっちは例のレジスタンスの一員だと考えているのだがどうなのだろう。曲の余韻に浸りながら、いつものようにこのラジオDJに想いを馳せて眠りにつくのだった。

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