第23話 ハンターとマスター
買い物を俺たち三人の前に突然現れた謎の男。中折れ帽を目深に被り、黒いコートをしっかり着込んだ真夏に相応しくない服装が目を引く。が、それよりも男が纏う異様な雰囲気が気になった。男の動きに反応できるよう身構えながら、下手に刺激しないよう慎重に言葉を選んで返答する。
「失礼ですが、どちら様でしょうか。私の名前をご存知ということは、以前どこかでお会いしましたか……?」
「いえ、直接お会いするのは今日が初めてです。最も、私の方は一方的に貴方のことを知っていましたがねッ!!!」
予備動作も無しに、黒コートの男が鋭い右ジャブを打ってきた。ほぼ反射的に体を半身下げ、寸での所でそれをかわす。
「随分な挨拶だなぁオイ!」
「失礼。珍しいモノをお持ちだったので、私にも見せてもらおうかと」
どう考えても嘘である。つかいきなり不意打ちしてくるとか何だコイツは!探索者というのは個人差はあれど、総じて荒くれ者が多い。並の人間より断然強い分、力を誇示したい輩がわんさかいるのだと思われる。だから探索者が集うこのアキチカでも、喧嘩なんていうのは日常茶飯事だ。現に今も……
「なんだァ、喧嘩か?」
「いいぞ~、やれやれ~~~!」
野次馬根性で見に来たギャラリーが周囲を埋め、俺たちをはやし立てる。これはいつもの光景なので気にする必要はない。問題は目の前の黒コート男の態度である。
「あらあら、人が集まり始めちゃいましたね」
「アンタのせいだろ」
敬語をやめて文句を言うが、男は肩をすくめるだけである。そう、コイツは探索者が喧嘩をする時にありがちな、力試しをしたい欲だとか、酒に酔った勢いといった兆候が見られない。極めて冷静に、俺に襲い掛かってきたのである。目的は何だ?正体不明の違和感が、男の不気味さをより加速させていた。
「それもそうですね。では、手早く済ませましょうか」
涼しい顔をしながら、今度は右脚の鋭い蹴りが飛んでくる。また不意打ちかよ!心の中で悪態をつきつつも、左腕でそれをガード。蹴りを防いだことで僅かに生まれた動作の溜めを利用し、一歩踏み出して相手に接近。ボディーブローを狙うが、黒コートはすぐさま後方に下がって距離を取る。間合いの管理が上手いな。明らかに戦い慣れたヤツの動きだ。俺は警戒意識をもう一段階上げた。
「中々やりますね。なら、こういうのはいかがでしょう」
黒コートは軽く左に頭を振ったかと思うと、俺の後ろにいた日向さんを目掛け、逆方向に体を走らせた。クソッ、フェイントか!
「悪いね、お嬢さん」
「ひっ……!」
目標にされた日向さんの目に涙が光る。させるかよクソ野郎。大きな怪我をさせるつもりはなかったが、周りの人間を巻き込もうとするなら話は別だ。短く呼吸をし、全力をお見舞いするための準備を終える。
刹那、俺の横を抜けようと駆ける黒コート。その体が完全に通り過ぎる直前。ガラ空きの脇腹目掛け、渾身の回し蹴りを放った。
「オラァ!!!」
「グッ……」
右かかとが突き刺さり、黒コートの体がくの字に曲がって倒れ込む。この隙を逃すわけにはいかない。俺はヤツに近づき、拘束を試みる。
「それはご容赦いただきたいですねぇ」
「!?」
先ほどまで地面に伏していた黒コートが、突如バネ仕掛けのオモチャのように跳ね起きた。俺の蹴りが効いてないのか?脇腹に攻撃を受けたとは思えない身軽な動きに、一瞬動揺してしまう。それが仇となった。視界から黒コートが消え、気づけば背後を取られていた。
「しまっ――――」
「おっと、そうはさせないよ」
黒コートと俺の間に、今度は別の人物が割り込んできた。さすがにこれは予想していなかったのか、男の目が驚愕した様子で見開かれる。
「ヨロズ!」
「はいよー姐さん!コイツを喰らえ~~~」
乱入者とは別の声がしたかと思うと、周囲がいきなり濃密な霧に包まれた。霧は黒コートどころか観戦していた群衆まで覆い隠してしまう。
「うお!なんだよコレ!」
「ナイスだヨロ!今の内に逃げるよ、エプロンニキ!連れの二人はアタシの相棒が逃がすから安心して!」
「え!?あっ、はい!」
訳が分からないが、とりあえず差し出された手を取り、乱入者に引っ張られるようにして俺は濃霧の中を脱出した。
***
黒コートとの戦いに乱入した二人組によって、俺たち三人は何とかアキチカの外に脱出することができた。
「あー、酷い目にあったぁ。二人ともごめんな。ケガとかしてないか?」
「わ、私は大丈夫です!」
「俺、は、久しぶり、に、走っ、て、限界、だ……」
少し息が乱れながらも気丈に答える日向さんと、近くの自販機を支えにしてぜぇぜぇと息を吐く勇。二人とも全力ダッシュの疲れはあるものの、特に外傷などは無さそうなので安心した。
「先輩、助けていただいてありがとうございました」
「いやいや、俺は別に。お礼ならそちらのお二人にね」
「そうそう!って言いたいけど、アタシらは最後にちょろっとお邪魔しただけだけどね。それに偶然居合わせたとはいえ、可愛い後輩のお兄さんが困ってたら助けるのは当然でしょ」
こちらを助けてくれたにも関わらず、謙遜して自然に接してくれる二人。いきなり乱入された時は驚いたが、ラッキーなことに善い人たちに出会えたようだ。いや待て、可愛い後輩のお兄さん……?
「あの、もしかしてお二人は?」
「ごめん、自己紹介がまだだったね。アタシの名前は木村
「うっす、
「「「えぇ~~~~~!!!」」」
思わぬビックネームの登場に、さねふく組が揃って声を上げてしまった。
まず、最初に割り込んで俺を助けてくれた【秋風カエデ】。三つ編みをシニヨンヘアにアレンジしたのが特徴的な彼女は、バルジャンさんと並んでセブンナイツが誇るトップ配信者である。迷宮内の希少なモンスターや素材を探す配信内容で人気を博し、ファンから“トレジャーハンター”と呼ばれている。
そして、彼女の横に立つ中性的な顔立ちの男性【YOROZU】も、セブンナイツ所属の迷宮配信者の一人である。俺が購入したダンジョンブーツのような探索者向けのアイテムに造詣が深く、アイテムのレビュー動画のアップや実際に商品を使用して性能を確かめる配信をしていることから、“アイテムマスター”の愛称で知られている。
二人合わせてourtubeのチャンネル登録者数なんと百万!肩書き通りの人気配信者コンビである。
「どうりで見覚えがあると思ったら、お二人とも自身の顔に似せた
「ご丁寧にどーも。Ayuちゃんが話してくれる通り、誠実って感じの人だね」
「そうッスね。お気に入りの“霧貝スプレー”を使って助けた甲斐があるッスよ」
有名な二人に直接人柄を褒められると、何か照れるな。てか優里よ、お前は事務所の先輩方に俺をどう話しているんだ?お兄ちゃんとっても気になります。兄じゃなくて従兄だけど。
「にしても、ニキ君は災難だったねぇ。何だか面倒そうな人に絡まれてたけど、心当たりとかあるの?」
「いえ、そんな事は全く。そもそも初対面でしたし」
秋風コンビとの出会いで忘れかけたが、いきなり襲ってきたアイツは何だったのだろう。真夏とは思えないクソ暑い格好をしていて――
「あれ、そういやどんな姿をしていたっけ?」
思い出そうとすると、記憶にモヤがかかったような感覚になる。結局怪しい男の姿は思い出せずに終わってしまったが、この日からしばらく経って俺は恐ろしい事実を知った。アキチカで対峙した男は、自身に“認識阻害魔法”をかけていたのだと。
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