ハッピーバースデー・ToDo
武井稲介
トドオカ会議
私がレンタル会議室に入った時には、既に三人が席に腰を下ろしていた。
スーツ姿の老人、性別不明のトドの面、それに調理服の男性。正方形を形作った長机のそれぞれ一辺に座っている。
「既にお揃いでしたか。では、早速始められますね、トドオカ会議を」
「いや、待て。四人ではない」
老人が私の言葉を遮った。
「トドオカが五人いる」
私が疑問に思っていると、青年は部屋の隅を指さした。そこには、フレームがむき出しになったロボットが一機立ち尽くしている。
「ワタシもトドオカです」
電子音声で、ロボットが告げた。
「おわかりでしょう? 本来四人しかいないはずのトドオカが五人います。これは問題ですよ」
調理服の男性がそう告げた。
「我々の中に、偽物のトドオカがいます」
トドオカ計画……Team dominators of knotweedを略して、TDOK。
見えざる支配者たちという意味を冠された、裏から支配する一団である。
情報技術の発展に伴って、人類は様々なトラブルを抱えるようになった。その情報化社会におけるトラブルを、自身が避雷針になり自ら炎上することで吸収し大問題になることを避ける。そのことを主目的とした特殊組織である。
構成員はお互いの名前も知らない。顔も知らない。
トドオカの活動においては虫食、読書感想、VTuber活動、少年誌の宣教などを介して、トラブルを防いできた。本来ならば一人でできるはずもない複数のジャンル活動を難なくこなしてきたのは、複数の人間からなるユニットだからに他ならない。
そして、この組織に外部からの異物が発生したことは、かつてない危機である。
私たちは、なんとししてもこの事態を乗り越えなければならない。
なにしろ、トドオカ会議に潜り込んだ偽物というのは私なのだから。
どんな手を使ってでもこの場を切り抜けて、トドオカになりすます必要がある。
大丈夫。今までも問題なくトドオカ活動をしてきたし、構成員に気取られたことはない。問題はない。
「本当さあ、嫌になるよね」
唐突に、トドの面をかぶったトドオカが言った。
「せっかく仮面で顔を隠してきたのに、メンバーの数は多いし、ロボットはいるし
インパクトなんてあったもんじゃない」
声が女性のものだったので驚いた。
いや、もちろん、トドオカ構成員に女性がいたところでなんの疑問もないのだが。
「こんばんは。美容系YouTuberのトドオカです」
YouTuberのトドオカは仮面を外して、横ピースをする。見覚えはないが、それ以上の説明はなかったから知名度に自信があるに違いない。
なんとなく流れで、それぞれのトドオカに愛称がついた。
老人が《長老》、調理服が《シェフ》、YouTuberとロボットはそのまま《YouTuber》と《ロボ》。
「私の表向きの仕事は教師です」
「じゃ、先生だね」
そう名乗ったので、私の愛称は自然と《先生》になった。
「だから、儂は言ったのだよ、顔を合わせての会議なんて反対だと」
偽物探しが始まると、長老はこれ見よがしにため息をついた。
「相互の情報が漏れて良きことなどない」
「決まったことに今更言っても仕方なくない?」
《YouTuber》に指摘されて、《長老》はむうと押し黙った。
「それを言ったら、一番怪しいのは《ロボ》じゃないですか」
《シェフ》はとりなすようにして二人の会話に分け入った。
「《ロボ》が人じゃないのは明白なんですから」
「お言葉デスが、《シェフ》、それはロボ差別デス」
《ロボ》は電子音声で反論した。
「人ではないカラ怪しいなんていう価値観ではトドオカは務まりませんヨ。そうでショウ、《先生》」
「確かに、今まで電子でしかやりとりしていない以上、機械でも問題なく務まりますね」
できれば《ロボ》に偽物の役目を被せてやりたい。だが、一旦ここは《ロボ》に同調しておく。
「むしろトドオカさんはロボットだったほうがそれらしい感じはあります」
「そもそも、仮に偽物がいたとしても問題なくない?」
流れを無視した提案をするのは《YouTuber》だ。
「今まで、問題なくトドオカの一端を担えていたんでしょ。ここに来た、つまり連絡がいっている時点で全員がトドオカ活動していたのは間違いない」
「仮にそうだとして、今後もそうだとは限らぬ」
《長老》は叱責するように言った。
「トドオカ会議に潜り込んでいる時点で、なんらかの狙いがあることは明白」
「デハ、これまでの活動について述べてハ。偽物は自然と見抜けるはずデス」
「それくらいで潔白の証明ができるなら私はいいですよ」
この流れは私にとっては好都合だった。なにしろ、トドオカ活動については誰よりも知悉している。私が何か忘れているということは、絶対にない。
「初期の生放送でしたことといえば」
「……なんだっけ、耳舐め?」
「感想でバズったなろう小説を一つあげよ」
「たくさんあるけど……無職が一番思い出深いですね」
「初期のXアイコンはなんだった?」
「フリー素材のトド。熱心に活動している人が同じアイコンだったから変えたね」
「さなぎを食べた際のメニューは」
「カレー。中身を潰したのがよくなかった」
「好きな打ち切り漫画は」
「アイアンナイト……デス」
こうしたやりとりを十分ほど繰り返してから、《長老》が
「このやりとりに意味はあるのかのう」
と鼻を鳴らした。
「自分たちのやってきたことだ。覚えていて当然だ」
「イイエ。そんなことはありまセン」
そう答える《ロボ》はどこか得意げだった。
「簡単なことデス。トドオカは記憶に欠乏がなければならナイ」
《ロボ》の言葉に僕は自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。《ロボ》は最初からこれを狙っていたのだ。
トドオカが記憶力に乏しいことは周知の事実。ワンピースを毎週読んでいるのにカタクリを忘れていたほどだ。
にもかかわらず、私は流暢に対応してしまった……!
全身から冷たい汗が噴き出しているのに、顔は燃えるように熱かった。
「ごめんなさいっっ」
勢いよく頭を下げたのは、《YouTuber》だった。
「私、トドオカさんみたいになりたくて……その、会ってみたくて、潜入してしまいました」
僕は目を丸くして、《YouTuber》を見ていた。
「すみません……」
しおれた《YouTuber》はずっと俯いている。
私には、何が起きたのかうまく理解できなかった。私以外にも、偽物のトドオカがいたというのか?
「違います」
自然と、そんな言葉が口をついて出ていた。
「私が偽物のトドオカです」
動機は《YouTuber》と同じ。トドオカさんへのリスペクトから、トドオカさんになりすましたのが私だ。
トドオカさんに迷惑をかけた以上、どんな責めを受けても仕方がない。
私は深々と頭を下げた。
「お二方が、悪気があったわけじゃないことはわかりますよ」
《シェフ》はうろたえつつも言った。
「先ほどだって、《先生》は《ロボ》が偽物だと責めることができたのにそうはしなかったですし、それにトドオカ活動について詳しいのは事実ですからね。しかし、二人も偽物がいたとは……」
「二人ではないな」
《長老》が重々しく言った。
「儂も偽物だよ、本物は《シェフ》と《ロボ》だけか」
まさか、《長老》まで偽物? 私は無遠慮にじろじろと《長老》を見つめてしまった。こんな老人までもがなりすましを?
「いや、それがですね……」
決まり悪そうに、《シェフ》は言う。
「僕も同じです。トドオカさんみたいになりたくって、つい……」
《シェフ》は呆れたように《ロボ》を見た。
「SF映画さながらですね、トドオカさんは本当はロボットだったなんて」
「残念ナガラ……ワタシはトドオカさんではありまセン」
《ロボ》の声はこれまで通りのはずだが、どこか寂しげな響きが混じっていた。
「過去のトドオカ活動をコピーして再構成したのかワタシです……ワタシもまたトドオカさんのオリジナルではありまセン」
私たちは改めて顔を見合わせた。
トドオカ計画の構成員による会議のはずが、本物のトドオカは誰一人としていないというのか?
まさか、トドオカさんなんて人格は、最初からいなかったとでもいうのか?
「トドオカさんが本当にいたのか、どうなったのかは今となってはわかりようがないね」
《YouTuber》は、息を吐き出しながら言った。
「あたしたちが憧れたトドオカさんなんて、いなかったのかな?」
「そうかもしれないし、そうでないのかもしれない」
「意味がない受け答えしないでよ」
「でも」
と僕は続けた。
「私たちがトドオカさんとして活動しても、楽しかったしみんなに楽しんで貰えていたのは事実なんじゃないか?」
漫画や小説を読んでフォロワーと共有した。
時には罰ゲームめいた活動もした。
誕生日を祝われたこともあった。
今となっては、どれも得がたい経験だった。
「私たちは偽物だけど、でもトドオカさんであり続けたことは本物だよ」
話しているうちに、却って晴れ晴れとしたような気持ちになってきた。
「これからも、活動続けようよ。トドオカさんと、トドオカさんのファンと、自分達のために」
私たちはトドオカさんだったし、これからもトドオカさんであり続ける。
「そういえば、トドオカさんの誕生日は今日であったな」
《長老》がふと思い出したように言った。
「ハッピーバースデー・トドオカさんだね。オリジナルにとっても、私たちの再出発としても」
どこか楽しげに、《YouTuber》が言った。
九月九日。
私たちはトドオカさんとして生まれ変わって、トドオカさんであり続けるために活動を継続する。
ハッピーバースデー・ToDo 武井稲介 @f6d8a9j1
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