友人以上恋人未満のほんわか幼馴染を間男で有名なチャラ男先輩から護ったら付き合うことになった

さかきばら

親の顔より見た感じの導入

 文芸部の部室には、俺と春風が使う用の電気ケトルが設置してある。数合わせ部員の横暴にも、部長は何も言わないでいてくれた。


「ふんふふーん」


 べりべりと包装を破いた春風はスチロールのカップにお湯を注いだ。途端にかつおだしの香しい匂いが立ち込めてきた。思わず喉が鳴りそうになるが、自分の推しカップ麺が負けた気になるので我慢する。


「はいどーぞ」

「ありがとう」


 春風はるかぜからケトルを受け取ると、今度はエスニックな香りが湯気に乗って舞い上がった。俺は日清のカレーヌードル。キャンパーから異様な支持を受けているこれは俺的に最強だ。


「よーちゃんテストどうだったー?」

「どうだったって言っても、まだ一学期だろ? 赤点の奴いなかったみたいだし」

「何か一年生の頃の方が難しかったよね。なんだろ、あれ」

「環境に慣れてないからじゃないか? 高校に進学して緊張してたとか、舞い上がってたとか」

「あ、三分経ったよ」

「ういうい」


 彼女が話をぶった切るのはいつものことなので、もう苛立ちすら起こらない。


 園宮そのみや春風との付き合いがどれくらいになるのかわからない。物心ついた時から傍にいたし、何だったら親の代から仲が良かったので、そうなるように仕向けられていたのかもしれない。


 その春風がどのような人物かと問われれば。


「どーんべえ、どーんべえ」


 こういう少女だ。生徒たちからは主に愛玩動物扱いされていて、彼女の周りは平和そのものだった。


「どん兵衛好きだなぁ」

「西の方が美味しいからわざわざアマゾンで取り寄せてるんだよ」

「マジで。すげぇ」


 のり付けされた蓋を剥がすと、慣れ親しんだ味わいが鼻腔に飛び込んできた。男の料理は茶色く、茶色いものは高カロリーで、高カロリーはだいたい美味い。つまり茶色いものは美味いわけで、カレーヌードルは美味しい。


 俺はついでに買った塩にぎりに噛り付いて、そのままカレーヌードルのスープを飲んだ。


「……」

「なんだよ。春風はどん兵衛だろ」

「明日はカレーヌードルにする。しかもBIGだよ。無敵だから」


 決然と宣告する我が幼馴染だが、昨日も同じ内容を誓っていた。


 さて、どん兵衛とカップヌードルでは待ち時間に二分の差が生じる。この二分がミソで、春風は見た目通り食べるのがあまり早くない。俺が若干ゆっくりと食べ進めると、だいたい同じくらいのタイミングで完食できる。


 そういうことを意識しながら爽健美茶の封を切ると、やおら春風は言った。


「そういえばね、この後に先輩から呼び出されたんだぁ」

「先輩から?」


 箸を止める。もはや告白はLINEが主流となった現代に於いて、未だ放課後に呼び出すとは何と古典的な。


「先輩って、どの先輩? 佐山さん? 由紀ちゃん先輩?」

「えーっと、肌が黒くて、金髪で、ソフトモヒカンで、ラップやってそうな人」

「……ふ、ふーん」

「あ、ごめん。時間だ。行くね」

「あ、ちょ、待て春風。おい」

「ごめんっ、本当に時間ないからっ」


 俺の制止も受け付けず、春風は急ぐように走って行った。避難訓練でも歩くような子が、だ。


「……マジかよ」


 春風の挙げた特徴を持つ先輩には心当たりがあった。というか、この学校に所属していて彼を知らない人はいないだろう。


 曰く、女をとっかえひっかえとか。曰く、学生でありながら乱交パーティーを主催した経験があるだとか。曰く、男から奪って飽きたら捨てて人生を台無しに導いたことがあるとか──ほぼ半グレのロクでなし。


 同じ苗字の人間の名誉のため名前は伏せておく。ただずっと代名詞だと不便なので、MO先輩とでも仮称しておこう。


 春風はそのMO先輩に呼び出されたということだ。


「そういえば、バイト先に迷惑な人が来るとか言ってたな……」


 老夫婦の経営する小さな古本屋でバイトしている春風は、前々から嫌がらせまがいの客がいると愚痴っていた。警察を呼ぶにしても物証がなく、また監視カメラも死角だらけの古い店舗じゃ対応しきれないのを狙ったのだろう。


「おおかた、今回の呼び出しに応じたら嫌がらせ辞めるとか……そんなんか?」


 これでMO先輩とまるで無関係だったら侮辱罪とかになりそうだ。

 俺は何となく胸騒ぎがしたので、友人にある一報を入れる。


「ラブアンドピース……」


 もはや幻想となった概念を呟いて、駆け足で春風の後を追った。

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