暴れん坊青年録

ドラコニア

第1話 目が悪い


角田かくた、お前いい眼科とか知ってる?」


 丸屋まるやは粉くずをぽろぽろとテーブルの上に落としながら、向かいの席でノートPCと睨めっこしている瓶底眼鏡をかけた男にそう訊ねた。


「どうしたんだ、やぶからぼうに。目でも悪くなったのか」


 角田は顔は上げずに、チラと視線だけ送りながら訊ね返す。


「ああ。最近入れた《チックタック》見てるとよ、目ぇ霞むんだ。画面に白い靄がかかったみたいにさ。そんで白内障ってやつじゃねーかなと思ってよ」


「なんで僕に聞くんだ。ネットで口コミでも調べて適当に行けばいいだろ」


「お前眼鏡だから」


「小学生じゃあるまいに。それに僕は眼鏡こそかけてはいるが、別に定期的に眼科にかかってるわけじゃあない。今も霞むのか」


 角田はふんと鼻を鳴らして短絡的な眼鏡イコール眼科理論を一蹴しながらも、丸屋の目の調子を気遣う様子を見せる。


「いや、《チックタック》を見てる時だけだ。唯我独尊ちゃんっているだろ、ダンス動画とかで人気の。 あの子の動画見てる時は百パーなるぜ」


「……わかったよ、原因」


 角田はノートPCをそっと閉じる。


「えっ、まじ? ていうかなんでいま自分倒置法やったん?」


「まじだ。お前もなんで関西出身じゃないのに関西弁使ってるんだ」


 角田はスマホのロックを解除すると、ホーム画面にある《チックタック》のアプリを起動させる。一瞬間の画面の暗転の後、流行りの音楽に合わせて、カラフルなポニーテルを振り乱して笑顔で踊る女性の動画が表示される。


「お、噂をすればじゃねえか」


 丸屋が食いかけのプロテインバーでスマホの画面を指し、食いかけの断面からバラバラッと粉が落ちる。角田はチッと、あからさまに大きく舌打ちをする。


 唯我独尊ちゃん。《チックタック》でのフォロワー数は脅威の三百万人を誇る超人気インフルエンサー。色白な小顔に加え、露出度の高い衣装でたわわなHカップをぶるんぶるんと揺らしながらのキレのあるダンスで一躍有名となった。


「やっぱり画面、白く靄がかかってるみたいになってるか」


「うん。てか唯我独尊ちゃん、おっぱいデカいなやっぱ」


 動画が終わり、ループ再生される。


「これはな丸屋、加工エフェクトだ」


「は?」


「チックタックでビジュが良いインフルエンサーなんてな、たいてい過度な加工でみんな似たり寄ったりなんだよ。霧深い沼地で撮ってるのかと勘違いするくらい画面が白みがかってるものなんだ。だから別にお前の目が病気になったわけじゃあないんだ」


「バカめ。角田、バカめ。写真じゃないんだから動画が加工できるわけないだろうが」


 プロテインバーに口の中の水分を奪われたのか、丸屋はつっかえつっかえそう言い終わると、テーブルの上のペットボトルに慌てた様子で手を伸ばした。


「バカじゃないし嘘でもない。お前が僕と同じ令和に生きる若者であるという事実のほうがよっぽど疑わしい」


「嘘だね! 俺は信じないぞ。不安な病人の心に付け込んでそういうこと言うのはよくない! 断じて反対する!」


「令和に生きる若者のくせして頭の柔軟性まで無いのかお前は。変な陰謀論にハマらないかちょっとだけ心配だ」


 角田はそう言いながら、チックタック内の動画撮影モードを起動する。ピポンッという軽快な電子音と共に、画面がスマホの内カメラからの映像に切り替わる。角田は腕を伸ばしながら、ちょうど二人が画角に収まるようにスマホの位置を調整する。


「何だよ気持ちわりーな。俺は可愛くておっぱいデカい女としかツーショは撮らねえんだ」


「うるさい、黙って見てろ」


 角田は画面の下にある、〈フィルター〉の項目から、小顔フィルターを選択する。丸屋と角田の顔の輪郭とその周辺の空間が一瞬グニョンと歪にたわみ、そしてまた一瞬のうちに丸屋と角田の耳から顎にかけての輪郭がシャープなものとなり、頭全体の大きさもコンパクトなものになる。


「ま、魔術師!」


「中世?」


 続いて角田が色白フィルターという項目をタップすると、丸太と角田の肌のトーンが白飛びするほどにアップし、二人を囲む景色もその明度をアップさせ、画面内を濃い霧が覆っているような様相を呈する。


「は、はぁ~!?」


 丸屋は信じられないといった様子で、顔を左右に振ったり手をぶんぶん振ったりしながら加工という名の現実誤認魔法を堪能する。


「これでわかっただろ。お前が白内障と勘違いしてたのはチックタックのフィルター加工だ」


「まじか……」


 丸屋は画面と角田の顔とを交互に見ながら呟く。


「まじだ」


「唯我独尊ちゃんのHカップも加工なのかなぁ……」


「Hカップフィルターかもな」





 







 

 

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